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第4話 

 ――食卓せんじょうには、もはや食べ残し(チリ)ひとつ残っていない。


 鍋いっぱいあったスープは、シンバがあの後、実にあっさりと全て平らげてみせた。自分の作ったカラフル料理をよく食べる、その健啖ぶりに気を良くしたアウロ。保存していた干し肉を豪快に使用した炒め物や、大事にとっておいた珍しい調味料をふんだんに使用し、料理を追加していった。

 その結果この家にある、およそ三日は賄える食材を使い切ったわけだが、この小さい体のどこに、そんな量が入るのだろうか?


「腹はちゃんと膨れたかい? よく食べる小僧だよまったく」


 しばらく少年を嬉しそうに眺めていたが、そのまなざしを真剣なものにして、思考にふける。……口元はまだゆるんだままだが。


「さて……、どうしようかね?」


 アウロが考えているのは、シンバの今後について。


(あのまま見捨てたんじゃ夢見が悪いんで、思わず拾っちまったが……)


 助けた後のことを一切考えていなかったアウロ。いっそこのまま追い出す手もあっただろうが、それは彼女にはできない。


(ウィキに約束させられちまったしね……ああ、めんどくさい)   


 こめかみを指で押さえ、痛そうにするアウロ。ひとまずシンバに色々聞いてみようとする。


「のう、小僧。何か断片的にでもいいから、思い出せることはないかね? 住んでいた場所の風景とかさ?」


 シンバに覚えていることがないか、聞いてみる。


「……ふう、け?」


 名前と同じ、風景の意味も忘れているシンバ。


「ダメかい……」

 

  期待はしていなかったのだろう。アウロは早々に諦め、より深く思考に潜る。


(とはいえ、人間どもの住処なんか『聖都』ぐらいだろうよ。伝手もあるし、連れていくよう頼んでもいい……けどねぇ)


 アウロはシンバの身形をみて、少年がけっして恵まれた場所にいたわけではないと察した。肌には年相応のハリがなく。目は落ち窪み、力なくこちらを見ている。怪我が一つも見当たらないのが不思議なくらいである。


(下手に聖都に戻せば、今度こそ死ぬだろうね……そうなると、後は……)


 魔法をかけてまで消したい記憶。想像しただけで、ろくでもないものが浮かぶ。 


「とりあえず、朝になったら麓にある村まで案内してあげるよ」


 考え疲れたアウロは、先ほど考えた伝手を頼ることにした。だがそれは聖都とやらに連れて行かせるためではない。


「……む、ら?」


「そう、村だ。いろんな種族が一緒になって住んでる、小さい村さね。そこの村長が私の知り合いでね」


 脳裏に浮かぶ男性に苦笑を浮かべるアウロ。


「あいつなら、まぁ小僧相手でも悪いようにはしないだろうさ」


 ☆ 


「あれ、アウロさん!」 


 山道を下って来る人影を、目ざとく見つけ。走ってくるウィキ。家の手伝いをしていたのだろう。手に持った荷物を放り、嬉しそうにかけてくる。


「どうしたの村まで下りてくるなんて、珍しいね? ……あっ! もしかして昨日私がお外に出てって言ったから?」


「買い物だよ」


 稲妻が轟く。アウロが何気なくつぶやいた言葉に、衝撃を受けるウィキ。よろよろと数歩後ろに下がり距離を取る。


「……かいもの……買い物? アウロさんが? ……いっつも家にこもって怪しい薬ばっかり作ってる、あのアウロさんが! 食べ物も、お仕事に使う材料も、全部人に持ってこさせて、自分じゃ一歩も家から出ない、あのアウロさんが!!」


 冗談ではなく、割と本心から驚いているウィキは、そこでもう一人の足音を聞いた。アウロの後ろを覗き見ると、そこには昨日見た少年がいる。


「うるさいね……食料の備蓄がなくなっちまってね。それで仕方なく――」


「あっ! その子連れてきてくれたんだ!」


 言葉を遮り、嬉しそうにはしゃぐウィキ。アウロの脇をすり抜けシンバの前までかけていくと、気を付けの姿勢を取り、勢いよく頭を下げた。同時に右手を差し出しながら。シンバはその手を不思議そうに眺めている。


「は、初めまして! ウィキって言います! お友達になってください!!」


「……はじ、まして」


 いつまでたっても握手に応じないシンバ。ウィキはゆっくりと顔を上げる。小さな瞳はウルウルと、半べそ状態だ。


「アウロさ~ん……わたし、嫌われちゃった~?」


「気にしなさんな。ちと、言葉が不自由なだけさね」


 慰め、ウィキの手を取り、シンバの前でその両手を見せつけるように、目の高さまで上げる。小さな手は、皺だらけの手に包まれている。アウロはその手を上下にゆっくりとゆすった。


「小僧、これはね握手と言うのさ。あいさつの一つだよ。こうやって手を握ってやりな」


 上下に移動する手を、目で追うシンバ。首を上に、下にふりながら握手を観察する姿は微笑ましいものがある。

 アウロはシンバの様子をしばらく眺めていたが、やがて手を放し、ウィキをシンバの前にそっと押し出す。

 小さく「あっ、あっ」とつぶやく。ウィキは、また先ほどのように拒絶されるのではと、少々心細くなっていた。

 アウロを顔を何度も不安そうに見返し、やがて目をぎゅっとつむりながら、シンバに右手を差し出す。シンバはその手を、まるで確かめるように、柔らかくにぎった。


「……あく、しゅ」


「~~~うん、うん!」


 破顔し、シンバの手を両手で握ったまま、上下に腕を振りまくる。ウィキは嬉しさのあまり、シンバにそのまま抱き着いた。


「わぁ~~~!同い年の友達なんて初めてだからうれしい!よろしくね……えとっ」


「シンバだよ」


 ウィキの頭をなでながら、名前を教えるアウロ。サラサラした髪に、ちょこんと乗った角が可愛らしい。


「変わった名前だね?……シンバ、シンバ、じゃあシーちゃんだね!よろしくね、シーちゃん!」


「……よろ、しく」


 無口なシンバと、よくしゃべるウィキ。ある意味いいコンビではある。

 クルクルと嬉しそうに、シンバの周りを回っているウィキ。その様子を、なぜか痛々しいものを見る目つきで眺めているアウロ。やがて二人に背を向け村へと歩いていく。

 背中から聞こえる二つの足音。ウィキがシンバの手を引いて、小さな足を懸命に動かして走ってくる。

 アウロの横に並んだウィキの頭に手をのせ、声をかける。

 くすぐったそうに、しかし、嬉しそうなウィキ。


「たくさん話しかけてやりな。そうすりゃ、勝手に言葉も覚えていくだろうよ」


「わかった!」


 目的地までは、まだかかる。歩調を落とし、一方的な、子供たちの語らいを傍で楽しみながら、アウロは歩く。

 いい天気だゆっくり行こう。そう独り言ちながら。


 ☆


 ゆっくりし過ぎた。現状はアウロにとって大変厄介なことになっている。


「ねぇ~アウロさん。この子と一緒に遊びに行ってもい~でしょ。ねっねっ?」


「そう何度も同じことを言わないでおくれよ……」


 すっかり馴れたウィキは、両手をシンバの体に回し、後ろから放すものかと抱き留めている。

 話すことが好きなウィキにとっては、歳も近く、自分の話を黙って聞いてくれるシンバから、離れたくないのだろう。

 当のシンバは、これもあいさつの一つと勘違いし、「……よろ、しく」とウィキの腕の中で繰り返している。

 アウロは奇妙な、微笑ましい光景を前に、どうしたものかと困り顔になる。だが、この後の用事にはシンバが必要だ。仕方なく、ウィキからシンバを引っぺがすことにした。


「だから何度も言ってるだろう? これから、ちと村長のところに用事がある。そのあとでよかったら、もう一度誘ってあげな」


 小さいとはいえ『巨きもの』の一人だ。力では敵わないので、説得にかかる。村長と聞き、大事な用があると思ったのか、残念そうに離れるウィキ。しばらくシンバの手を握りうつむいていたが、やがてその手を放し、顔を上げる。 


「……うん。……じゃあ、あとで遊ぼうね、シーちゃん!絶対だよ、またね!」


「……また、ね」


 手を振るウィキに、しっかりと返事をするアウロ。同じように手を振ることも忘れない。

 用事が済むまで近くで待っていようと、ウィキは近くにあった柵に寄りかかる。それを見て、アウロはシンバを促し、村長の家に入ろうとする。

 振り返り進むアウロの背にウィキは、はにかみ顔で声をかけた。


「あっ!ねぇアウロさん」


「うん?なんだい?」


 小さく口元で「えへへ……」と笑うウィキは、今までで一番大きな声で伝える。無垢ゆえに感じた、大切な思いを。


「――今日はいつもより、優しいね!昨日よりも大好きだよ!」


「……そうかい」


 言われ、苦虫を噛み潰したような表情をするアウロ。さっと前を向くが、彼女の耳は真っ赤に染まっていた。


 ☆


「ところでウィキ、荷物を放ったままでよかったのかい?」


「……え゛」


 ウィキは今、手に何も持っていない。そういえば、自分は親から用事を頼まれていたではないか。だというのにその手には何も、持って、いない。

 ふと振り返る。遠く映るのは今日、友人二人が下ってきた山道。その途中には放られ、そのままになっている荷物があるはず。


「なんで教えてくれなかったの? アウロさんの意地悪ババア~~~!」


 半べそをかき、急いで荷物を取りに行くウィキ。親に怒られるのは、この頃の子供にとって何より怖い。


「誰がババアだい。ったく」


 ☆


「おや、アウロ様。どうされました、村のものが怪我でも?」


 村長の家は、その肩書に恥じぬ、相応の大きさをしている。さりげなく配置されている調度品は、自己主張しすぎないように、しかし、価値あるものを置いている。広い室内には、大仰な歓迎の弁が響き渡る。渋く、低い、聞けば背筋のふるえるような声で。

 ……その主は、『小さきもの』と呼ばれる種族の男性。小柄なシンバより、さらに小さい。ミドルガイとは呼べない、スモールガイがそこにいた。

 立派な机の下を立ったままくぐり、近寄ってくる村長。

 その姿は、……姿は……いわゆる……子猫……。かわいい。かわいすぎる! あまりにも!! その姿のどこから、そんな声が出るというのか?!

 とはいえ、一部の特殊な層は置いておき、何度もこの村長にあっているアウロは、特に表情を変えない。珍しく、なぜか固まっているシンバを置いておいて、要件をさっさと切り出す。


「違うよ。ちょっと面倒なことになってね、相談しに来たんだよ」


「相談、ですか?」


 チラッと、つぶらな猫目でシンバを見る村長(ダンディ)


「その子のこと、ですね?」


 頷く。


「名前はシンバ。昨日山で拾った」


 シンバに近づき、全身をつぶさに観察する村長。その眼は価値ある美術品を見つけた、鑑定士のそれに変わっていく。


「これは……、ずいぶん整った顔をされていますね。……おや、人間の子でしたか?」


 村長は小さく驚く。その少女のようにも見える顔に、そして、アウロが嫌いな人間といることに。

 そこでふと差し出されるシンバの右手。その手を村長は握り返す。


「……はじ、まして」


「はい、はじめまして。シンバさん。私はこの村の長をしている、ボウザといいます。どうぞお見知り置きを」


 誰に何を言われずとも、挨拶を交わすジンバ。それに対して紳士的な対応をとる村長改めボウザ。

 彼は今度はアウロを見る。何も語らず、ただアウロが次の言葉を発するのを待っている。

 肩を竦め、ため息をつくアウロ。


「訳ありでね。色々と不自由なのさ。……どうも魔法で記憶を消されてるようでね」


「……なんと……酷いことを……」


 つぶやき、痛ましげにジンバを見やるボウザ。歳は自分の息子ほどだろうか?


「ただまぁ、素直な子だよ。ほら、狩人の娘でウィキって子がいたろ?あの子と歳も近いし、……さっきそこで会って、すぐ仲良くなったんだよ。あの子はどうも小僧を気に入ったようでね、遊ぶ約束をして、今も外で待ってるのさ。……ほら、最近若いのが何人か都に出ちまっただろ?この村の働き手もだいぶ少なく――」


 矢継ぎ早に語り、妙にシンバをほめるアウロ。その姿はまるで商人。問題のある商品を、意地になって他人に売りつけようとする商人のようであった。


「ア、アウロ様?」


 どう考えても面倒事にしかならないシンバを、さっさと村に預けて帰ろうとするアウロ。褒めちぎり、いかに村に貢献できるかをオッザに訴える。


「――だからさ、この村に住まわせてあげてくれないかい?」


  その言葉を言った瞬間、アウロはオッザが息をのんだのを聞いた。


「人間の子を、この村にですか……?」


 問われ、アウロは返事をしない。オッザの瞳をただ見返す。

 オッザはゆっくり、シンバを見た。陰鬱な印象は受けるが間違いなく少年だ。

 そう……人間の、少年だ。そしてこの村に今、人間はいない。

 この村には以前、ウィキのような『巨きもの』や、オッザのように『小さきもの』をはじめとした、多様な種族たち、その中に確かに人間の姿もあった。

 だが、今はいない。他ならぬアウロ自身が、この村に長年住んでいた人間たち全てを追放した。

 オッザは一度、何かを考えるようにうつむく。再び顔を上げるとそこには元通りの彼の顔があった。


「では、広いですし、この家に――」


「それはダメだ。そんなことしたら、面倒なことになる。村の離れに、帝国に店を構えた夫婦の家があったろ?あそこでいい」


「わかりました。……アウロ様は?」


「私のねぐらは、あそこさね」


「では、そのように」


 短いやり取りを終え、それ以上何も語らないアウロとオッザ。


「相変わらず、苦労を掛けてすまんね」


 かつての事件でも、散々オッザには苦労を掛けたのだ。その上またこんな厄介ごとを持ち込んだアウロは、心からの労いの言葉をかけた。

 オッザはアウロの言葉を聞き、静かに首をふる。


「他ならぬアウロ様の頼み、聞かぬわけにはいきませんよ。何より、あのことはアウロ様に非などありません。あれは住民たちの心を見抜けなかった、私の不徳ゆえに起きたことなのですから」


 

皆さんは猫派ですか?犬派ですか?


ちなみに私の実家では両方を飼っています。


いつもぼんやり、おばちゃん犬「クロ」

どっしり貫禄、ボス猫「シロ」

恥ずかしがりや?いえ警戒してるだけです、黒猫「クロ」

新参、流れのシャム猫「チビ」


……あれ?犬の名前と猫の名前、一緒だ

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