表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

第2話

「へ~……じゃああの子、パパが見つけた穴の中にいたの?」


「…………あぁ、そうだよ……」


 ここはアウロの部屋。調度品の類は一切ない。質素なベッドと棚。そして木で作られた丸い机と椅子が一つずつ。

 ウィキはいつの日か勝手に持ち込んだ、自分専用の足の長い椅子に座り、アウロの説明を聞いていた。

 嫌だ放してと、年頃の女の子特有の高い喚き声を、延々と聞かされ続けたアウロ。疲れたように椅子に寄りかかり、手をだらんと下げている。小さい体の割に力の強い少女を押しとめるのは、老体には堪えたようだ。


(……はあ、疲れた)


 起きてからこの短時間で、もう何度ため息をついただろうかと、どうでもいいことを考える。

 アウロはウィキに向き直ると、床においている袋を力なく、指さした。


「今月分の薬はその袋の中に入ってるよ。一人で持って帰れるね? 下手にウロスの縄張りには近寄るんじゃないよ。分かってるね。じゃあ用事はすんだよ、もう今日は帰りな」


「……アウロさん、なんかいつもより冷たい……」


 口早にいい、ウィキに帰るよう促すアウロ。あまりにも投げやりなそのざまに、ウィキは頬を膨らませて抗議する。

 しかしアウロは、机に力なく突っ伏すと、くぐもった声を出してウィキに反論する。


「……ワシは今日はもう疲れたんだよ……休ませてくれないかい? 頼むから……」


「ちゃんと働いてないから、そんな風になるんだよ? ね~アウロさん。たまには外で一緒に遊んでよ~……」


 机の上でアウロの手を握り、遊ぼう、遊ぼうと何度もねだるウィキ。まるで本当の孫と祖母のようである。

 話は変わるが、アウロは所謂、薬屋を営んでいる。ここに家を建てたのも、元々はすぐ近くに、多くの薬草が群生していたからだ。……最近とある事情により、その数は随分と減ってしまったが。 

 この世界の薬は大変高価なものなのだが、アウロはそれを、他とは比較にならぬほど安い値段で、こうして麓の村へと卸している。

 それに感謝した村人が、アウロの家へとよく遊びに行くウィキに、度々食料を持たせてくれるため、この家の保管庫は肉も野菜も豊富にある。……まぁ、そのせいでアウロの出不精が悪化したわけだが。

 しかもその原因の一つであるウィキには、いつも家にいるアウロは、ちゃんと働いていない様に見えるらしい。子供の言葉とは、なかなか残酷である。

 アウロの手を引っ張って遊んでいたウィキ。しかしそれにも飽きたのか、ふと先ほど見つけた生贄――もとい少年のことを思い出す。


「そうだ!アウロさん、さっきの子と一緒に遊びに行ってもいい?」


 そういえばとアウロも思い出す。確かに奥の部屋で寝ている少年は、見た感じ、ウィキと歳も近い。遊ぶには丁度いい相手だろう。しかし、


「……ちとそれは勘弁してやりな。どういうわけか、だいぶ消耗しているようでね。ああやってずっと眠そうにしてるんだよ」


 アウロは少女には教えていない。少年がウルスの亜種に襲われ、叫びもせず、食われるに任せていたことを。

 異常だ。いくらなんでも、あのように小さい少年がとる行動ではない。


(あまりに得体が知れん。今この子を近づけるのは、得策ではないさね)


 せめてあの少年が何処から来たのかくらいは、知っておく必要がある。

 二度のダメ出しに、がっかりするウィキ。


「えぇ~……それもダメ~……」


 二度のダメ出しにがっくりと項垂れる。しかし急にその顔を上げると、「そうだ!」と声を上げて笑顔になる。何が楽しいのか、その口をニマ~っと緩ませながら。


「じゃあさ、アウロさん。あの子が目を覚ましたらさ、私のこと紹介してよ」


「そりゃあ……、なんでだい?」


 紹介ぐらいならと、了承しそうになったアウロ。しかしウィキの顔がよほど不安を誘うものだったため、思わず理由を尋ねた。


「あのね、お友達になりたいの!」


 だがその理由は、年相応の可愛らしいものであった。


「友達なら村にもいるだろう?」


「だってさ、皆私よりもず~っと、年上の人ばっかりだもん。同じ年くらいの子ってさ、いないんだよ」


「同い年ってんなら、あいつがいたろ? 村長の息子の」


「あんなの知らない。だってあいつさ! い~つも私に意地悪ばっかしてくるんだよ! どこに私がいてもさ!」


 知らないと言いながら、ウィキが思い浮かべるのは、何故かいつも顔を合わせる、村の男の子。……恐らくそれは、男性ならば過去に一度くらい体験したであろう。『好きな子ほど』という奴である。

 哀れ、あんなの扱いを受けている子供の事は置いておき、少女の色恋になど興味のないアウロは「そうかい」と、ため息をひとつ吐くと、ウィキの頭を優しくなでる。掌にあたる、小さな角を指で弄りながら。


「……そうだね。近いうちに村に連れて行ってあげるさね。速けりゃ明日には友達になれるんじゃないかい?」


 ウィキはいい子だ。友達になりたいというのは本心。だが、あの少年の姿を見て、幼心ながらに、世話を焼きたくなったのだろう。


「ホント?!」


 喜色満面のていで、アウロを見上げるウィキ。思わず、アウロの体に顔をうずめ、抱き付く力を上げる。


「っ~~~ありがとうアウロさん!!」


「――ぐぉぉ!! こ、これ……、苦しい……、は、離れ……」


 ……ウィキは『巨きもの』と呼ばれる種族の一人。特徴は頭の角、そして他者が見上げるほど成長する巨躯と、怪力。

 小さい少女が、その怪力で意図せずに繰り出したサバ折に、アウロの意識は段々と遠のいていく。


 ☆


「アウロさん、ごめんなさい~。だいじょうぶ?」


「……死ぬかと思ったよ……」


 比喩表現抜きで死にかけていたアウロ。抱きしめられていた腰骨には、未だ違和感が残る。

 年齢の割に、いつもならまっすぐ伸びているアウロの腰は、今は痛みを堪えるため、猫のように丸まっている。


 謝罪は届いているのか、息も絶え絶えになっているアウロ。ウィキは気づかわしげに彼女のそばにいたが、「そうだ!」と何かを思い出すと、玄関まで走っていく。

 間もなく戻ってきたウィキの手には木の容器に入れられた、花束が抱えられていた。


「これね、花を売りに来たお姉さんがくれたんだ。綺麗でしょ~」


 大きな白い花弁が、星の形に見える小さな花。それを支える細い茎は、芯の通ったように力強い。


「っ~~~、このご時世に、花?売れるのかね?」


 花なんて食えもしない。普段そう思っているアウロは、はて、これには何の効果があったかと職業病を発揮する。

 短い時間思案にふけっていたアウロは、ふとウィキを見る。花の影から不安げにこちらを覗いている。まるで母に許しを乞うている、いたずらっ子のようだ。

 アウロはそっとウィキをなでる。腰は痛む。けど今なら我慢できる。我慢する。 


「まぁ、ありがたく頂いとくよ。これでさっきの事は水に流してあげようじゃないかい」


 許され、嬉しそうに笑うウィキ。この老婆は、なんだかんだ言っても少女には勝てないようだ。……物理的にも。これ以上成長したら、今度は本気で腰骨が砕けるかもしれない。内心で真っ二つに裂かれる自分を想像し、そうなる前にどうにか手加減を教えよう。そう決心するアウロであった。


 ☆


「じゃあね~アウロさ~ん。少しは村にも来てね~」


 夕暮れの山道を、麓に向け歩いていくウィキ。その背が見えなくなるまで見送ると、アウロは「さて」と気合を入れる。


「食事の用意でもするかね。小僧の事はそのあとにしよう」


 面倒事はあと一つ。その前にまずは腹ごしらえ。アウロはそう独り言ち、少年のことを思い浮かべた。


辛いことも、悲しいことも、寂しいことも、まとめて今は忘れよう。


いいじゃない、そんな緩い時間が必要なんだよ、この世界には。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ