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はじまり

「……め、めんどくさい」


 深い霧があたりを覆う山中付近。遠くでは、己の存在を誇示するかのごとく、何頭もの遠吠えが聞こえてくる。自身の足元すら見えぬ現状。だというのに先ほどのやる気のない声の主は、まるで散歩するかのように奥へ、奥へと進んでいく。


「はぁ~~~、……確かこのあたりに……」


 声に覇気はなく、女性のような響きがする。その姿はすっぽりと外套に覆われて、顔を窺うことができない。やがて彼女は何かを探すように、忙しなくあたりを窺い、ふと動きを止めた。そして先の分からぬ霧の向こうへ、見えているかのように右腕を突き出す。


「……これか」


 冷たい風が吹き、前方には岩壁が姿を現す。丁度人ひとりが通れそうな穴の開いたそれは、深く昏く、穴を通る空気がまるで息吹のように聞こえる。まるで化け物の口のように見えるこの穴は、本来この場所には無いはずであった。

 つい最近この周囲を襲った長雨。これにより山肌は削られ、土砂崩れを起こした。それをたまたま立ち寄った狩人が発見し、……そしてあまりの気味の悪さに、せっかくの獲物すら捨て、泡を食ったようにして自分の村へ逃げ帰った。

 いっぱしの狩人からして近寄りがたい場所へ、彼女はやはり散歩するように足を踏み入れる。直後に漂うカビ臭い空気と、それに混ざる……微かな腐臭。


(……本当に化け物でも住んでそうだね)


 彼女は何も持っていないその手を一度握る。そしてゆっくりと開くと、そこには小さな光が浮いていた。それを手に臆することなく進んでいく。するとやがて広い空間へと行き着いた。

 手のひらの光を掲げると、それは音もなく宙へと浮かび上がる。そして一層明るく煌めくと、真昼の如く辺りを明るく照らした。すると彼女は左右、上下と油断なく周囲を見渡す。化け物はもちろん、獣一匹いないことを確認し、やがてゆっくりと警戒を解いた。

 この場に危険はないと判断し、女性はようやく……眼前の問題にあたることにした。


(……人間か?)


 少年がいる。元は黒髪をしていたのであろう。しかし、今はその頭にこんもりと土砂をかぶせ、全体が灰色にくすんでいた。それを払いのけることもせず、ただ黙って座り込んでいる。着ているのは麻の服だろうか? ところどころが朽ちており、それはもはやボロ布としか呼べぬものであったが。

 突然入ってきた侵入者に対して、一切の反応をみせない。目は閉じ、口も閉じ、生きているのか死んでいるかすら、こちらからはうかがえない。


「さて……こんなとこに子供? 死体か? それとも……?」


 少年に近づく彼女。埃と、きつい腐臭。匂いは眼前の少年から漂ってくる。

 もし死んでいるなら墓ぐらいは作ってやるかと思いながら、ゆっくりと声をかけた。


「ちょっと、聞こえているかい?」


 問われ、うっすら開く少年の目。昏く眠そうな眦には、年相応の生きた輝きがない。


「おぉ生きてたか。よかったよ、墓を作る手間がなくなって」


 無言。


「あんた一体どこから来たんだい? ふもとの村じゃないだろ? 見覚えもないし」


 再び、無言。


「……ふむだんまり……と」


 踵を返して出口へ向かう彼女は、少年へ向けて嫌そうに声をかける。


「まぁここに居たいってんなら、好きにすればいい。それも自由さね。ただここいらは魔物が出る。こんな巣に丁度いい場所を、さて……あいつらが放っておくかね?」


 声は届いたのだろうか。光点らぬその目は、見えなくなるまで彼女をずっと捉えていた。

 しばらく何かを考えるように首を傾げ、頭に積もった土砂がパラパラと落ちる。そして少年はやがて、またゆっくりと目を閉じた。


 ☆


 彼女が去ってどれくらいの時間が経っただろうか?岩肌に露出した穴倉、その中で今軽快な足音が響いている。向かう先は……少年いる場所。

 この山には『ウルス』と呼ばれる魔物がいる。黒い狼に似たそれらは単体としては弱く、ゆえに群れでの生活を好む。狩りや移動、食事と、生活の全てを。

だがまれに、群れに中に単体で行動する個体が生まれる。弱さゆえに群れからはじかれた――ではない。その強さゆえの傲慢によって、元々いた群れを縄張りから排し、狩場を己がものにした、いわば主とも呼べるものが。

 少年の前に現れた『ウルスの亜種』は、この近辺の縄張りの主であった。通常のウルスが狼だとすれば、この亜種の体躯は獅子ほどはあるだろう。

 縄張りで妙な匂いがする。確認しに来てみれば、目の前にはめったに口にできないごちそうが転がっている。

 自分を目の前にして逃げもしない餌に対し、亜種は威嚇するように唸る。

 少年はゆっくりと目を開ける。闇の中でも赤く光る、大きな獣の眼差しが自分に注がれている。

 もはや食われるのは、時間の問題。だというのに――少年は再び目を閉じる。身を裂かれ、その血をすすられようと、自分には関係がない、と……。

 獣はもう待たない。

 跳躍。狙いは少年の首。慈悲のない獣は、一撃で小さな命を刈り取らんと、その牙を突き立てようとする。だが、 


 ――風よ


 何処からか聞こえる、鈴の鳴るような声。少年の眼前には首を絶たれ転がる、亜種の姿があった。

 足音がする。怒りを込め一歩一歩、力強く歩いてくる……先ほどの女性。手に持つ光が心情を表すかのごとく、激しく揺らめく。


「~~~クソガキが! 本当に食われるところだったじゃないかい! 洒落の通じない子だね!」


 額から汗を流し、少年を罵倒する声にわずかに疲労が混ざっている。

 彼女が少年に対し突き放すようなことを言ったのは、ああいえば自分について来ると思ったから。しかし、当の少年はいつまでたっても追ってこない。そのため慌てて引き返してきたのだろう。


「ほら立ちな! 何でここに居るのかは知らないけど、とりあえずここを出るよ!」


 腕を掴んで立たせようとする彼女。しかし当の少年は力なく床に倒れるばかり、次第にイライラが募り、そしてつい――手が出てしまった。


「~~~っの! しっかり立たないかい!」


 頭に振り落された拳は、ゴスっと大きな音を立てる。そのまま床に伏せ動かなくなる少年に、「……あ、しまった」と今しがたの行為を思い返し、彼女は気まずそうに頭を掻いた。

 少年の意識を確かめるように足で頭をつついてみる。一切の反応が見られない。やがて大きなため息をつき、天を仰ぐ。すっぽりとかぶったフードが音を立てて外れ、白く輝く髪がパサリと音を立てる。


「あぁ……めんどくさい……」

2話目です。為せば成る、成らなくても、何とかなるさ、何事も。


そうなりゃいいな世の中も。

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