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三 女神降臨

                     §



 「うううっ、寒い……!」

全く、何なんだよっ、この衣装は!


 直垂ひたたれ、とか言ったよな、確か。

この真冬にこんなぴらぴらすかすかした着物じゃ、寒くてたまらない。

「昔の御先祖様はいつもこういう着物を着ていたんだからな。おまえは今日一日だけなんだから、そう思えばどうって事ないだろう?」

目の前にいる父さんが真面目な顔で言う。


 「……父さん」

「ん?」

「父さんも中二でやったんだよな、元服式」

「ああ、やった」

「感想は?」

と、父さんはにやりとして。


 「『誰がこんなしきたり作ったんだ馬鹿野郎』」

「……だろうっ!やっぱり!ちくしょうっ!」


 俺が勢いこんで叫ぶのに、父さんはあははは……と笑いだした。

「やっぱりおまえもそう思うか?」

「思う!思うっ!何でここまでやらなくちゃならないんだよっ!」


 元服式、なんて名前からして、えらく時代がかった古くさい儀式だと覚悟はしていたけれど。

まさかここまで徹底しているとは、さすがに考えもしなかった。

「おまえの気持ちは、父さんよーくわかるけどな」

かつての経験者は、くすくす笑いながら言った。

「これも本家の総領息子に生まれた男の義務だと思って、我慢するんだな」



 夜中の三時に、俺は母さんに叩き起こされた。

訳の判らない夢を見て……頭が湧いてるのか?と思って、水でも浴びたら冷静になるかと冗談半分に考えながら風呂場に行ったら。

……本当に『行水』をさせられた。身を清めるためとか何とかで。

お湯を使うなんて反則はさせてもらえない。

肩から水をぶっかけられた時は、冷静になるを通り越して……冷凍になって死ぬかと思った。

そして更に、信じられない事に。

歯をがちがちさせながら風呂場を出てきた俺を待っていたものは、

「ふんどし」

だった。

いくら昔通りのしきたりに従うからって、ここまでやる事はないだろうっ!

……と、抗議したけれど、無駄だった。

で。

寝不足の空きっ腹に水浴びまでしてふらふらの俺は今、風通しのいい直垂とやらを着せられて、だだっ広い広間のど真ん中に鎮座させられているという訳だ。

寒いわ、腹はぐうぐう鳴るわ、おまけに恥ずかしいわで、たまらない。



 「でもな、美矢」

むくれている俺をなだめるような口調で、

「おまえはまだましだよ。ゆんちゃんに比べれば」

父さんはそう言った。

「ゆんちゃん?確か一週間前から潔斎してるって聞いたけど?」

「巫女さんだからな。かなり厳しい潔斎をしてるはずだ。父さんの時は凪子なぎこが巫女になったけれど、あいつは確か……一週間位前から、肉や魚は一切食べさせてもらえなかったな」

「げーっ!マジ?」


 凪子叔母さんは、父さんや次郎叔父さん――弓佳の父さん――の下の妹。

総領の父さんに一番血が近い女の人という事になる。

「男は兄弟も親も、近づいちゃいけないって事で、あいつ、トイレと風呂以外は自分の部屋から出してもらえなかったんだ。部屋の中に注連縄しめなわ張り巡らされて」

……想像するだけでめまいがしそうだ。

「だって、叔母さんってその頃まだ、十歳くらいだろう?よく我慢できたな……」

と、父さんはそうだなあ……と呟いた後

「確か、おばあちゃんに巫女になるって聞かされてから、ずっと楽しみにしていたって言ってたな。むしろ喜んでやっていたようだったよ」

「楽しみ……って、何で……」

注連縄で封印された部屋から殆ど出してもらえず、肉も魚も食べさせてもらえなくて、多分今日の俺と同じような目に遭わされて。

十歳の女の子にとって、それのどこが楽しみなのかさっぱり理解出来なくて、首を傾げると

「まあ、腹をくくったら男より女の方が強いって言うしなあ」

父さんはそう言って、そして

「元服式の巫女さんは、昔だったら一族と総領の護り神、だからな、強いわけだよ」

付け足して、穏やかに笑った。



――イツキヒメ。


 呪文のような、

言葉自体が何か、神秘な力を宿しているような、

そんな言葉を、ふっと、思い出した。


 昔だったら、一族の護り神。

昔だったら、総領の護り神。

イツキヒメ――斎姫。



 「あ、ここにいたのよっちゃん!」

慌ただしい足音と共に、母さんが部屋に入ってきた。

手には何やら黒い束を持っている。

「絹子……何だそれ?」

父さんが怪訝そうな顔で尋ねると、

「ええ、これね。よっちゃんの一世一代の晴れ舞台だし、どうせならとことん本格的にこだわりたいなと思って。丁度いいと思ってもらってきたの。まだ時間あるよね」

「って、母さん……?」

「折角の烏帽子がその坊ちゃんカットじゃ冴えないでしょ。ちゃんとそれらしくしたいじゃない」

その言葉と同時に、後ろからぐいっと髪を引っ張られた。

「うわーっ!何っ……いてててて!母さんやめてっ!」

横で、父さんのため息が洩れた。

「俺は……そこまでは、やらなかったぞ……流石に」



                    § §


 寒い。

着物の隙間ばかりか、ひっつめたうなじにまで、冷たい風がこたえる。


 身支度を終えて、元服式会場の氏神様の神社まで来たのはいいけれど。

俺は拝殿の裏手の階段の陰に、身体を隠すようにして寄りかかっていた。

下手に友達にでも見られたら……と、思っただけで、怖い。

全く、何で今日の主役が、こんな所で寒さをこらえていなくちゃならないんだよ。

こんなミョーな頭にしやがって。

恨むぜ母さん……。


 「……よっ、ちゃん?」

いきなり頭の上から、聞き慣れた声が降ってきた。


 ……ちくしょう。

どうやら俺は、一番見られたくない奴に、真っ先に見つかってしまった、らしい。


 「よっちゃん、だよね?」

しょうがない。

覚悟を決めて、声の方向を振り仰いで、

「そ……」


……うだよっ!、と。

言いかけた言葉が、止まった。



 女神が、いた。


 流れる黒髪。

白い鉢巻きを後ろへなびかせて。

打ち掛けた白の着物の間に、濃い臙脂えんじ色の袴がのぞく。

両腕から肩にかけた、軽く透けそうな長い布。

まるで羽根の様に、ふわりと、風にあおられて……



――イツキヒメ!



 声にならない言葉が、頭の中ではじけた。


 俺を護る女神が、確かにそこに居る。俺を静かに見下ろしている。

朱を点じた唇が……微かに動く。


 神が、彼女の唇を借りて何かを語ろうとしている。

厳かな気持ちで……俺は、待つ。

紅い口許が紡ぐ、言葉を――。



 「やっだーっ、何それっ!どしたのよっちゃん!」


 ……神の言葉ならぬ、弓佳の素っ頓狂な叫び声と。

それに続くものすごい馬鹿笑いで、俺は我に返った。



 「そっ、その髪っ!うそっ……うそでしょうっ!フツーそこまで、やるっ!」

ひーひー笑いながら切れ切れに言う弓佳に、

「……付け毛だよ。母さんにやられた」

俺はむすっと、応えた。


 ……一瞬でもこいつの巫女姿に惑わされた自分が馬鹿だった、と。

心の底から思いっ切り、後悔しながら。


 俺の髪型は、昔の武士の子風にとことんこだわる、という母さんの大義名分のもとに、ひっつめて上げた根元に付け毛を付けて垂らすという……わかりやすく言えば、ポニーテールにされてしまったわけだ。

「ゆんちゃんでこれじゃ、クラスの奴等なんかに見られたら何言われるか……くっそーっ!」

上村が今日を待たずに引っ越してくれて良かったと、今更ながらつくづく思う。

彼女にはこんな姿は絶対に見られたくない。恥もいいとこだ。


 「でも、ねえ、よっちゃん」

ひとしきり笑って満足したのか、弓佳は普通の声音に戻って、

「そこまでやるってのは、やっぱり総領の家の元服だから、だよね。すごいね」

言いながら、階段を足取りも軽く、降りてきた。

……こいつ、袴履いていて、歩きにくくないんだろうか?

普通の袴の俺だって足さばきが不自由なのに、弓佳が履いているのは足の先が出ない長いやつだから、普通に歩くのも大変だと思うんだけど。

と。

同じ目線に立ってみて、今まで気づかなかった事に、俺は気付いた。


 「……俺はさ、ゆんちゃん」

「何?」

「自分の髪でそういうカッコが出来るおまえの方が、すごいと思うけどな……」


 ……素直な感想だった。

肩のあたりと、胸のあたりに、短めの髪を二段に垂らして、後は後ろへ流して結んでいる。

付け毛もかつらも必要ないって位、長い長い髪。

それは本当に、弓佳の格好にぴったり、ハマっていた。


 『こいつはもしかしてこの日の為に髪を伸ばしていたんじゃないか?』


 あまりにも似合いすぎていて、一瞬そんな事を考えて。

だけどすぐに、その想像を打ち消した。

……いくらこいつでも、そこまでしないよな。

それだけの為に、小学校の頃からずっと髪を伸ばすなんて面倒な事、するはずがない。

前髪すら『ぜっったいに切らない!全部そろえて伸ばすんだから!』なんて、むきになって大事に大事に伸ばしてきたんだから。

今日のこの格好の為だけにしては、大袈裟過ぎる。


 「あ、そっか、わかった!」

突然、弓佳がはた、と手を打った。

「何だよ?」

「さっき絹子伯母さんが、切った髪の毛見て『これちょうだい』って持って行ったの。何する気かなあって思ったら、それね」

「これ?」

弓佳の指先は、俺の頭のてっぺんを指していた。

「それ、わたしの髪だわ」


 ……え?


 言われてみれば……よくよく、見れば。

肩先で揺れている短い髪も、胸元でぱさりと断ち切れている髪も。

付け毛じゃない、正真正銘、弓佳自身の髪だ。

「ゆんちゃん……」


 ……信じられない。

信じられない、けれど。

「もしかして、髪……切った、のか?」

そう、聞かずにはいられなかった。

と、弓佳は、

「あったり前じゃない、巫女さんやるんだから、髪型だって完璧にそれらしくしなくちゃ」

信じられない位あっさりと、そう答えてくれた。


 おい、誰だよ?

全部きれいに揃えて伸ばすって日頃からこだわっていた奴は。

ハサミを持って近付いて、ちょっと切る真似をしただけで『ふざけるなぁっ!』って叫んで怒りながら逃げて行った奴は……。


 そう言おうとする声より先に、思わず肩先に手が伸びかけて。

だけど一瞬早く、するりと身をかわされた。

ふわっ……と、肩から掛けている布が宙に舞う。


 「男子は触っちゃだめなんだって」

「えっ……?」

「巫女さんは身を清めなくちゃならないから。お父さんも美道もここ一週間、わたしの側には近寄らなかったのよ」

「……それって、もしかして……部屋の中に注連縄張って、そこから出るな、って奴か?」

宙に浮いて行き場をなくした手を下ろす事も忘れて、俺は聞いた。

「やだ、そこまでやらないわよお」

弓佳がけらけら笑う。

「そこまでやってたら、こんな間近でよっちゃんとしゃべる事も出来ないって」

……それもそうだ。

「お父さんの話だと凪子叔母さんはそうだったらしいけど、今時そこまでやらなくてもいいだろう、って。家から出るのはだめだって言われたけど」

「……」

「家の中でもね、お父さんも美道も間違ってぶつかりでもしたらまずいからって、わたしの半径二メートル以内には絶対入ってこなかったの。あれじゃ、本家で泊めてもらった方が良かったかもね。美道なんかしまいには泣きそうだったもの」

そう言った後で、

「ま、食事制限はしきたり通りって事で、ちょっとしたダイエットしちゃったけどね」

付け加えてぺろっと舌を出した。

言われてよく見れば……ふっくらしていたはずの弓佳の頬が、少し削げた感じになっている。

化粧のせいで今まで気がつかなかったけれど。

道理でさっき一瞬、弓佳に見えなかった訳だ。


 「ゆんちゃん……」

あっけらかんと、話しているけれど。

一週間、肉も魚も抜きの食事ばっかり食わされて、外出を禁止されて、家族にこわごわ扱われて。

おそらく俺と同じように、ソバも食べずに絶食したまま年を越して、夜が明けないうちから叩き起こされて水をかぶらされて。

おまけに何故か……何年も揃えて大切に伸ばした髪まで、中途半端にざくざく切って。


 「それで、平気、なのか?」


 いくつもある疑問を口にする前に、いきなりしめくくりにつける言葉が飛び出してしまった。

それでも、弓佳は俺の言いたい事をきちんと察した、らしい。

「平気だよ」

「……」

「だって、ずっと楽しみにしていたんだもの、『巫女さん』やるの」

「ずっと?」

「うん」

こくりとうなずいた弓佳は、

「四年生の時にお母さんに、よっちゃんの元服式でわたしが巫女さんになって踊るって言われて、それからずうっと、楽しみだったの」

今まで見た事がないような、ひどく優しい顔をして、言った。


 やっぱり……こいつは、もしかして。

この日の為に、その為だけに、髪を伸ばしていたんじゃないか?

綾子叔母さんに今日の事を聞かされたその時から、ずっと。


 さっき自分の中で打ち消したその事を、妙に確信を持って思い出してしまえる位。

弓佳の表情は、今の自分の姿に心から満足しているというふうに、見えた。


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