提案と戸惑い
僕が訪れたのは王城西に位置する離宮。レイモンド様の自室がある宮だ。入口を警備している兵士に声をかけ、中に入ると一人の侍従が頭を下げた。
「こちらへどうぞ」
僕も頭を下げて彼について行く。通されたのは落ち着いた内装の前室。そこには既にレイモンド様が居た。
「失礼致します。レイモンド様」
「君かね。彼女を探している書士というのは」
「はい。レビエント殿下の補佐として国交部に席を賜っております。イースと申します」
僕が頭を下げて入室すると、前室に置かれたソファの上にアカリが居た。いや居たと言うより、そこで横になってすっかり寝入っていた。
「……寝てしまいましたか」
「事情はお嬢ちゃんから聞いておるよ。して、レビエントは彼女をどうするつもりだと?」
「彼女が身の振り方を考えられるようになる迄は、城内で客間を用意しようかと」
「ふむ、そうかの」
長く伸ばした白いあご髭を手で撫でながら、レイモンド様がアカリを見る。この方とアカリの間にどんなやり取りがあったのかは分からないが、レイモンド様は随分彼女を心配しているようだ。
「のう、イース」
「はい。何でしょう?」
「しばらくお嬢ちゃんをわしに預けてみんか?」
思わぬ提案に僕は目を丸くする。今日会ったばかりの少女をレイモンド様のような高貴な方に任せてもいいものだろうか。
「しかし……」
「わしもとうに引退して隠居の身。娘一人の面倒ぐらいは見られるつもりだがの」
「あ、いえ、そんなつもりでは……」
隠居と言ってもレイモンド様はこの国の前国王。国民に親しまれた彼は今もその人脈を使って外交の場で手腕を発揮している。決して時間を持て余しているような方ではない。
アカリは自分が保護した娘という責任感も相俟って、尊敬する前国王にこのまま自分の責務を丸投げする形になってしまって良いものか悩んでいると、レイモンド様はそんな葛藤を見越しているかのように穏やかに笑った。
「おぬしも自分の仕事がある。この娘ばかりに構ってはおれんだろう?」
「……はい。あの、レイモンド様のご迷惑にならなければ。レビエント殿下にもそのようにお伝えしておきます」
「勿論。構わんよ」
此処まで言われたら引かないのも逆におかしいだろう。レイモンド様の意図は見えないが、感謝の辞を述べて僕は前室を後にする。だがその直前、どうしても確認したいことがあって足を止めた。
「レイモンド様」
「ん? 何かね」
「彼女、……泣いていましたか?」
「いや。戸惑っておったが、泣いてはおらん」
「そうですか」
僕は再度頭を下げて今度こそ退室し、その足でレビエント殿下の下へと向かった。