桃ごと切らなかったおじいさんに拍手
昔々、まだヒトという生き物がほんの少ししか存在していなかった頃。ある所に一匹の地竜がおりました。地竜は仲間達と狩りをしたり、お昼寝したり、毎日を楽しく過ごしていました。
そんなある日、雲と雲の間で何かがきらりと光りました。地竜はとても綺麗なそれが気になり、光った所へ向かいました。けれどどれだけ走っても近付く事が出来ません。何故ならその光は雲の上にあったからです。それは雲間を泳いで生活している天竜の鱗なのでした。
それからというもの地竜は毎日空を見上げました。そしてあの美しい鱗の持ち主を探します。天竜を見つけた日は幸せな気持ちになります。見つけられなかった日は悲しい気持ちになります。そうしていつの間にか天竜に夢中になっていました。地竜は天竜に恋をしてしまったのです。
仲間達は心配しました。天竜に夢中になるあまり、狩りもお昼寝も水浴びもしなくなっていたからです。狩りをしなければエサを食べる事が出来ません。お昼寝しなければ体を休める事が出来ません。水浴びをしなければいつか病気になってしまうでしょう。仲間達は言いました。
「天竜は違う世界に生きる竜だよ。大地に生きる僕達は決して天へ行けないのだから」
けれど地竜は首を横に振ります。
「ならば僕は翼が欲しい。天竜の傍に行く為の翼が」
「僕らの背中に翼なんかないよ。僕らは地竜だ。鳥じゃない。天になんか昇れっこないよ」
仲間の説得に応じず、地竜は毎日空を見続けました。昼は明るい空に天竜の姿を探し、夜は沢山の星々に祈りを捧げました。どうか、僕に翼をください。天竜の下へ行きたいのです。この想いを伝えたいのです。
そうして数え切れないほどの月日が流れました。地竜は変わらず空を見上げています。いつの間にか仲間達は居なくなってしまいました。彼はひとりぼっちでした。そんなある日、一匹の青い小鳥が地竜の鼻先に止まります。
「こんにちは。君は一人なの?」
「あぁ、仲間達は皆遠い地へ移ってしまったんだ」
「それは寂しいねぇ。僕と一緒に飛ばないかい? 今日の風は格別に気持ちがいいよ」
「僕は地竜だよ。君と一緒には飛べないよ」
「何言っているんだい。そんな立派な翼があるのに」
地竜は驚いて自分の背中を見ました。するとどうでしょう。そこには大きくて立派な翼が生えているではありませんか。
「もしかして飛ぶのが怖いのかい? なら僕が教えてあげるよ」
地竜は小鳥の飛ぶ姿を見よう見真似で必死に練習しました。そして直ぐに風をつかむ事が出来たのです。懸命になっている内に、地竜は雲の上まで来ていました。そこには自分を見つめる天竜の姿がありました。
「あぁ、君は僕の天竜だ」
「えぇ。あなたは私の地竜なのね」
天竜もまた、毎日毎日雲の上から地竜の姿を見つめていたのです。それからというもの、二人は仲睦まじく、いつまでもいつまでも幸せに暮らしました。
* * *
「これね、大好きなお話なの!」
そう言ってレティシアが持ってきたのが『天地の竜』という絵本だった。キレーな挿絵と共に描かれていたのは地竜と天竜の恋物語。流石竜の国。お姫様と王子様じゃなく竜を題材にした本が人気らしい。
「僕も好きですよ」
いつの間に来ていたのか。日当たりのいい庭のベンチに座って絵本を読んでいたあたし達の後ろからイースが顔を出す。
「イースも? へ~、意外にロマンチストなんだな」
「“ろまんちすと”が何かは分かりませんが……。護国の民でこの話を知らない人はいないでしょうね」
「桃太郎みたいなもんか」
「モモタロウ?」
「定番の昔話。桃から生まれた桃太郎が鬼を退治するって童話だよ」
「アカリの世界では果物の中から人が生まれるのですか……」
「いや、生まれねーし。童話だって言ってんじゃん」
生まれたらびっくりだわ。そんな事を言っていたら、今度はレティシアが桃太郎に興味を示した。
「アカリ! お話してモモタロウ!!」
「はいはい」
気づけばイースも隣に座っている。あんたも聞きたいんかい、桃太郎。ならば聞かせてやろうじゃないか。言っておくけど、あたしの桃太郎は一味違うぜ。光輝や郁にもウケがいいんだから。腹よじれるのを覚悟しろよ。




