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炎と竜

「失礼致します」

「……それは困ったねぇ」


 定例の時間にレビエント殿下の執務室を訪れれば、そんな声が聞こえてきた。来客中だったのか、と中途半端に開けた扉の間で一瞬退こうか判断に迷う。けれど僕が扉を開けたのは当然ノックの後に許可の声を聞いたから。入室を許可したのは殿下自身なのだから今僕が入っていっても問題は無い筈だ。そう判断して扉を開けきった。


「丁度良かった、イース。ちょっと相談に乗ってくれるかい?」

「はい。なんでしょう?」


 手招きされてお傍に行けば、レビエント殿下の執務机の前に居たのはレティシア姫付きのベテラン侍女。彼女は随分と疲れた顔をしていた。


「実はレティシアのことでね。あの子、新しい子守を気に入らないと言って部屋に篭っているんだ」


 アカリが子守についてからはよく二人で外を駆け回っている姿を見かけた。同年代の友人がいないレティシア姫に笑顔が増えたと侍女達からは聞いていたのに。

 そのアカリが子爵家の養女となって王城を出た今、それをずっと嫌がっていたレティシア姫は随分元気をなくされているようだ。部屋に篭っているのは本当に新しい子守が気に入らないのではなく、アカリに戻ってきて欲しいと言う彼女なりの抗議なのだろう。


「どうすれば良いと思う?」

「別の子守を用意しては?」

「それはもう幾人か試したけれどダメだったよ」


 解決する方法が一つある。けれどそれを実行するのは容易ではない。その方法を選べないのだから、僕に相談されてもお力にはなれない。けれどレビエント殿下はそんな答えを求めているのではないのだろう。

 時々、殿下はこんな顔をする。面白いものを見つけた時、人で遊ぶ時、そして人を試す時。こんな風に人の悪い笑みを浮かべる。殿下が僕に何を言わせたいのかが分かるくらいには、付き合いの長い相手だ。


「殿下にはお考えがあるようにお見受けしますが?」


 僕はとっく気づいているのだ。殿下は“きっかけ”をくれようとしているのだと。僕の言葉に殿下は笑みを深めた。


「優秀な子守が居るのを思い出してね。迎えに行ってくれないか?」


 あぁ、やはりか。

 僕は表情を固くして主を見返す。


「相手を考えれば穏便に済むとは思いませんが」

「誰も穏便に、とは言っていないよ」


 この人の、こういう所が怖い。一見女性に間違えられる事の多い美しさを誇るこの人は、時に非情だ。全てを業火で焼き尽くす雄雄しき火竜の様に。だからこそ、この方の下で働きたいと思ったのだけれど。

 僕は恭しく頭を下げた。


「……承知致しました」

「騎士を連れて行くかい?」


 殿下の問いは至極当然のものだろう。僕は戦いの訓練など受けた事が無いただの書士。けれど頭を上げた僕の口元浮かぶのは笑み。あぁ、そうだ。僕も火竜の血を引く人間なのだ。この時、体を巡る一種の残酷な興奮を覚えて、そう実感する。


「いえ、必要ありません」

「ならば任せよう。行っておいで」

「行って参ります」


 人であるはずの右腕が、炎に包まれたように熱くなった気がした。

 

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