嘘と真実
アカリがグリマス子爵の養子になることを決めてから一週間後。離宮に近い王城の裏門に馬車が一台止まっていた。乗車するのはグリマス夫妻とアカリの三人。
今日は今まで寝起きしていた離宮から彼女が子爵家へと引越しをする日だ。そしてその作業は呆れるほどあっさりと終わった。アカリには馬車に積むべき荷物など無いに等しいのだからそれも当然だ。馬車は三人を乗せて静かに走り出す。
「良いのかい? 彼女を行かせて」
その一部始終を三階の窓から眺めていた僕は、この執務室の主であるレビエント殿下の声で後ろを振り返った。そこには執務用の椅子に座ってこちらを見ている殿下がいる。けれど応える声に力は入らない。
「良いも何も……、彼女が望んだことです」
「僕はてっきり、君が反対すると思っていたのだけれど?」
「しましたよ。でも、貴族の令嬢になって楽な暮らしがしたいと言うのだから止める理由がないでしょう」
彼女自身が望んでいるのならば止めることに意味など無い。けれどレビエント殿下の考えは僕とは違うようだ。誰もが美しいと褒め称えるその面にいつもの優美な笑みは無く、それ所かルビーの瞳は僕を責めているような鋭い光を宿していた。
「彼女が、本当にそう思っていると?」
その言葉にらしくもなくカッと頭に血が上る。
「知りませんよそんな事!! どうやって僕に彼女の頭の中まで覗けって言うんですか!!」
彼女の考えなんて言葉にしてくれなければ何も分からない。僕に言った言葉が真実ではないのだとしたら、僕は真実を語るに値する相手ではなかったという事だ。アカリにとって、一体僕はどんな存在だったのだろう。
「覗かなくても分かることだろう」
「でも!」
「思い出してごらん。今まで君が見てきたあの子はどんな子だった? 自分を心配してくれる君の言葉を頭から否定するような、金に目の眩んだ子だったかい?」
「……いいえ」
分かっている。本当は全部分かっているんです。それでも彼女自身に否定されてしまえば、僕が出来る事なんて何もないじゃないですか。
「むしろ真逆の人間だろう? 何せ貴族相手に怒鳴り散らしたくらいだからね」
全て見透かしているようなレビエント殿下の言葉。それらの全てが正しいならば、僕が見てきた彼女の姿が正しいならば、どうしてこんな事になってしまったんだ。
「では何故です! 殿下はそれをご存知だと言うのですか?」
仕えるべき主を責めるような言い草。臣下としては最低だ。けれど今の僕にはそこまで気にする余裕は無い。レビエント殿下も僕の態度を責める事はせず、ただ静かにこう言った。
「君の為だと言ったらどうする?」
「え……?」
僕の思考が停止する。空っぽの頭に浮かんだのは、あの日ベッドの中で真っ赤な顔をして僕をなじった、彼女の表情だけだった。




