提案と脅しは紙一重
「は? 養子?」
突然目の前に現れたおっさんの言葉に、あたしは間抜けな顔をするしかなかった。
月日が経つのは早いもので、気づけばこの世界に来て一ヶ月が過ぎていた。レビエント王子もイースもそしてレイモンドさんも、皆自分の仕事の合間にあたしが帰る方法がないか情報を集めてくれているらしい。けれどそう簡単にはいかないもので、今の所それらしき情報は入っていない。
一方あたしは子守と言えど、レティシアと遊んでいるだけの毎日。こちらの一般常識もそれなりに身についてきた今、そろそろこのままじゃ不味いかなぁとも思い始めている。何せ待遇が良すぎるのだ。レティシアと共にいるだけで衣食住が保障されている。正直、貧乏一家で育ってきたあたしからすると有難いけれど落ち着かない。このまま贅沢していては絶対いつか罰が当たりそうな気がする。
そんな時だ。伸ばした口髭を几帳面に整えた知らないおっさんに声をかけられたのは。
「そう。養子だよ。私の家は子に恵まれなくてね。そんな時、君の話を耳にしたんだ。詳しい事情は知らないけれど、帰る家が無くて離宮において貰っているのだろう? どうだい? ウチは子爵でそれほど良い家柄とは言えないかも知れないが、君を養うには十分な蓄えはあるつもりだよ」
待て待て。知らねーよ、あんたの事情なんか。あたしの家族は一つだけだ。他にはいらない。
「それに君、以前ヘミング氏を怒鳴りつけたらしいね」
誰ソレと言いそうになったが、一つだけ心当たりがあって顔をしかめた。あたしが怒鳴りつけた知らない人間と言えば、前にイースを馬鹿にしていたハゲしかいない。
「それが何?」
「現在君の面倒を見ているイースは殿下のお気に入りだろうと一介の書士だ。彼の直属の上司が誰に当たるのか知っているかい?」
「……知らないけど」
「ノットマン卿だよ。彼はヘミング氏と昔から懇意にしている伯爵だ」
そこまで言われてやっとこのチョビ髭の言いたいことが分かってきた。つまり、あたしが考えなしに怒鳴りつけたハゲはそれなりにお偉いさんで、イースの上司がハゲのダチ。そんでもってあたしのせいで、イースは今職場で良くない立場にあるってことだ。
「そのノットマンって奴がアイツになんかするって言うのか?」
あたしの台詞にチョビ髭は何故か嬉しそうに顔を緩める。よく出来ました、とガキを褒めるみたいな顔だ。ヤメロ気色悪い。
「目に見えて何かすることはなくとも、彼は働き辛くなってしまっただろうね。それは君が彼の傍に居る限り続くんだよ。分かるだろう?」
「…………」
あたしに与えられた選択肢は二つ。このまま帰る方法が見つかるまで王城に居座り、イースの仕事の邪魔をするか。それともチョビ髭の養子となって王城を出るか。
――陛下達のお傍で働く事が出来るのです。それだけで国民の憧れなんですけどね。
いくら働き辛くなったってイースが書士の仕事を辞める筈が無い。それを、あたしはよく知っている。




