地は天に憧れる
目を覚ませばそこは知らないベッドの中。王城の客室にあるのとは違って硬くて狭いが、元々ビンボー人なあたしからすると落ち着く寝床。
寝転がったまま目を横に向ければ、ベッド脇の椅子に座って本を読んでいるイースの姿があった。
「ごめん。ベッド……」
あぁ、起きましたか。そう言ってあたしに目を落とすイース。やけに優しげな眼鏡の奥の視線が落ち着かなくさせる。あぁ、そういや大泣きした所を見られたんだった。だからか。目が合うとなんだか気恥ずかしいのは。
どうやらあの後泣き疲れて小一時間ほど眠っていたみたいだ。体を起こそうとすれば、それを手振りで止められた。
「今日は此処で眠っていいですよ」
「だって、そしたらイースはどこで寝んの」
「ソファがあります」
だったらあんたより体の小さいあたしがソファで寝た方がいいんじゃないの? そう思ったけど、口に出すのは止めた。こいつがあたしの事を女の子扱いしているのだと分かってしまったから。
あーあー。流石城務めしている人は紳士ですね。断ったら恥をかかせてしまうんだろう。くそー、なんか苦手だこういうの。
「羨ましいです」
「え?」
「会いたいと、帰りたいと思えるような素敵な家族がいて」
あぁ、イースは孤児なんだっけ。ずっと賑やかな家族の中で育ってきたあたしには彼の人生なんて想像もつかない。なんて声をかけたらいいのか分からなくて、口から出たのは月並みな一言。
「……イースにも、良い家族が出来るよ」
最初から家族が居なくたって、これから好きな人と共に素敵な家庭を作る事は出来る。こいつ真面目だから浮気とかしなそうだし、王城で働いてるんだからそれなりに給料も安定しているに違いない。中々の優良物件じゃん。明日侍女さん達に聞いてみるか? イースのお嫁さんになってくれるような良い女性はいないかって。
「アカリ」
「ん?」
アレコレおせっかいなことを考えていたら名前を呼ばれ、イースを見上げる。すると彼は穏やかな目をこちらに向けていた。いや、だから……、なんかその目線恥ずかしいんだってば。
「なら、アカリが僕の家族になってくれますか?」
「……はぁ!!?」
くすくすと笑うイース。あぁ、そうですか。今からかわれたんだな、あたし。
「ばか!!」
ムカついたあたしは枕を投げつけてやった。それを軽々キャッチされて益々腹が立つ。
(割と、本気だったんですけどね)
だからイースが心の中だけでそんなことを呟いているなんて知る筈もない。
(ねぇ、アカリ)
ずっと孤独だった。けれど、気づいたんです。君が傍にいる時は、その寂しさを忘れられる事。キラキラとした笑顔で家族の事を誇れる君が本当に羨ましくて。そんな家族の一員にもしも僕がなれたら……。そう思う程にはアカリを愛しく感じていることに。これが恋愛なのか、庇護愛なのかはまだ分からないけれど。
(……まるで天竜のようだ)
それは以前アカリが読んだ建国史よりも遥か昔の物語。たった一目で地竜の運命を変えた天を舞う竜。
(いくらなんでも天地の竜に例えるのは大袈裟か)
自分で自分の考えがおかしくなって、拗ねているアカリの横顔を眺めながら笑ったら、もう一度「ばか!」と言われてしまった。




