疑念と苛立ち
突然現れた異国の娘、アカリが王城で働くようになってから半月が過ぎた。そんな時だ。今日の執務も終わりに差し掛かった頃、彼女の世話をしている侍女からレビエント殿下へと報告があったのは。
「泣いている?」
侍女の口からもたらされたのはアカリが連日泣いているのではないか、という懸念。執務室でその報告を受けたレビエント殿下と僕は顔を見合わせた。
「はい。私達がお部屋に入る時は既に身支度を済ませていらっしゃるので、泣いている所を見たわけではないのですが……」
「それで?」
「濡れているのです。枕やシーツが」
「……独りで泣いているのか」
レビエント殿下の言葉を受けて、誰にも何も言わず、夜に声を殺して泣くアカリの姿が頭に浮かぶ。けれど、それでも信じがたい報告だった。
僕が見るアカリは表情がくるくると良く変わる。笑ったり怒ったり。喜怒哀楽の表現がはっきりしていると思う。最初の頃は戸惑いもあっただろうが、最近見かけるのは圧倒的に笑った顔が多い。それなのに……
(何故!?)
執務室を出た僕は苛立ちを感じながら、足早に廊下を進んでいた。
正直、最初はあまりアカリのことは好きではなかった。境遇に同情はしたものの、王城のルールを無視した行動、目上の者に対しても気を使わない言動。利己的で我侭な少女に見えた。けれど僕の半端な竜化を目にしても、彼女は嫌悪しなかった。護国では絶対の存在である竜を知らないのだから、偏見が無いのは当然なのかもしれない。けれど人間など簡単に壊してしまう威力を持つ腕に恐怖すらしなかった。ただカッコ良いと目を輝かせていた。そして僕の為に堂々と怒ってくれた。
あの時から、僕は彼女の見方を変えた。すると我侭に映っていた彼女の行動言動は無知故なのだとすんなり許す事が出来た。川遊びを叱った時のように、理由をきちんと説明すればアカリはちゃんと謝罪する。自分の過ちを認める素直な心を持っている。口の悪さは直らないが、それも彼女らしいと思えばそれ程気にならない。むしろ突然敬語になったらそれはそれで不気味だ。
僕の態度が変化したからか、アカリも向けてくれる笑顔が多くなった。心を開いてくれているのだと思っていたのだ。その矢先に受けた侍女からの報告。
――濡れているのです。枕やシーツが。
――……独りで泣いているのか。
せめて自分だけには気を許してくれているのでは。そんな風にさえ感じていたのに。それも全部勘違いだったのだろうか?
アカリ。君は、……本当に独りで泣いているの?




