恐怖? 何それ、おいしいの?
レティシアを無事彼女の部屋まで送り届けた帰り道。王城内の構造などさっぱり理解していないあたしをイースが離宮まで送ってくれている。そして目の前に目的の離宮が見えてきたあたし達が裏庭に作られた遊歩道に出たその時、異変が起きた。頭上から何かが降ってきたのだ。
突然差した影に気づいて上を向いたあたしの視界に入ったのは陶器製の壷。花瓶にしては大きく、甕にしては小さなそれが真っ直ぐこちらに向かって落ちてくる。
「のわっ!?」
「アカリ!!」
自分で言うのもなんだけど運動神経は悪い方じゃない。けど、あまりに突然過ぎる出来事に体はついていかない。ぎゅっと目を閉じ両手で頭を庇うように覆うのが精一杯で……
ガチャンッ!!
壷が割れるけたたましい音が耳に痛い。でもあたしが物理的な痛みを感じる事はなかった。
「あれ……?」
「大丈夫でしたか?」
自分の前に立つイースのその問いに、あたしは答える事が出来なかった。壷が怖かったからじゃない。目を開いたら飛び込んできた光景を目にして、あまりの驚きにイースの問いなど耳に入っていなかったのだ。
「あ、あんた……、それ……」
「……すいません。咄嗟だったもので」
あたしから目をそらしたイースは自分の服を左手で軽く払う。するとパラパラと何かが落ちた。壷の破片だ。そう、こいつはあたしを庇って壷にぶつかったのだ。服は破れているけれど怪我一つない。その理由は右腕。破れた服から覗くその腕は太く、紅くて硬い鱗がびっちりと生えている。変身したレティシアのような、竜の鱗だ。
言っておくが最初からこいつはこんな姿だったわけじゃない。確かに壷が降ってくる直前まで、その腕は普通の人間と変わらなかったんだから。
「怖いですか……?」
そう言って、イースが苦笑する。硬い壷がぶつかっても傷一つつかない、まるで鎧を纏ったような彼の右腕。服に隠れているのでどこまで鱗が生えているのかは分かんないけど、首の右側まで鱗が侵食していた。レティシアが竜化したのと同じく、イースもこの姿に変身したんだと捉えればいいんだろうか。鱗の下にある盛り上がった筋肉は書士であるこいつには不釣合いだ。もしこの竜の腕に掴みかかられたら、常人ではひとたまりもない筈。
「や……」
あたしは胸を詰まらせる感情で勝手に震える喉から声を絞り出した。
「やっべ、カッコイー!!!!」
あたしの言葉に面食らっているイースの間抜け顔が見えた。




