第六話 1Y教室
ピンッと張った糸のような、張り詰めた空気。
皆、息を潜めて「古木」を注視していた。その皺だらけの肌はまさに老木の幹のようであり、その眼孔は光を吸い込むかのように真っ暗であった。しかし、その手に持った一振りの刀に、一切の震えは存在しなかった。
す、と左の足が半歩ほど前に滑る。そして、その足に重心が移り、そのまま前傾姿勢になって、
バッタン
・・・倒れ「「「「おっしゃ、自習だぁあああああ!!!!!」」」」
「ねえ鏡花」
「なに破那?」
「なにこれ」
「自習時間だよ」
現在私がいるのは、楽園本舎東棟にある1Y教室。刀を持った老人が倒れた三秒後、そこにいた生徒の半数はどこかへと走り去っていった。私は「じゃあいこっか」と言う鏡花に従い、ここに来たのである。であるがなんなんだこれは。
「違うそうじゃない。え、食堂で朝食の後さ、部屋に戻って支度して楽園本舎に歩いてったのはいいよ、」
「うん」
「で、一限体育だから外だよって言われるままに向かったのも認めるよ」
「うん」
「それでなんで刀を持った人が現れて、十分後に倒れて自習時間になってるわけ?」
「?、言ったでしょ、あれが体育教師の切渓古木だって。先生が倒れたんだから授業ができるわけないでしょ」
「うー言葉はわかるけど、頭が理解を拒否してる」
一限は体育だった、オーケー。
体育は外で行うものだった、そうなんだろう。
体育には体育教師がやってくる、普通だねえ。
そして現る老人、with刀。・・・え?
十分後、老人(古木)倒れて自習時間開始。
当然の結果、なのか?
「破那ちゃん、ここ楽園だよ?」
「あ、なるほど」
莉子の言葉で疑問が氷解。そっかー、ここ楽園かー、なら当然かー。
「ってならなきゃなんだよね?」
「楽しいですよね」
「あ、層華メガネかけてる」
「ミイラはメガネかけないんですよ」
「層華、目そんなに悪いって話は聞かないんだけどね。なんかずっと掛けてんのよ」
まさか伊達?そう問いかける眼差しへの返答は、「優等生の笑み」だった。ただただ隠しきれない余裕が溢れるかのような笑み。層華の場合は、ただ世界は「余裕」でできているとかそんなんなのだろうが。
「って違う、そういうことじゃない」
「充実した楽園生活を送ることができるのであればなにも心配する必要はないと思いますよ」
「そうだよね〜深く考えないほうが楽なんだよね〜でもこれからの楽園生活に関わる重要な内容だから考えないとだから、ちょっと層華黙ってて」
「そうそう、層華の扱いはそんなもんでいいから」
「仲良くですね」
「層華ちゃんとの会話、わかるようでわかんないんだよね」
さて、話を戻して。
「いや、そもそもなんで授業から始まってんのよ。ホームルームとかないわけ?」
「破那ちゃんまだ染まってないねー。あったとして誰が出ると思う?」
「だとしてもクラスメイトとの自己紹介くらい、・・・あ」
「そ、編入対応で一応こっちは知ってるから。あとはそっちが慣れてくれれば」
「慣れる、ねぇ。・・・どうしろと?」
「一週間経ちゃ慣れるって言われてる。ほら、七つまでは神のうちって」
「絶対に違うことだけはわかる」
七つまでは神のうち、七歳までの子はいつ死んじゃってもおかしくないという感じの意味だったはず。
「莉子、変なこと言わないの」
ほらやっぱりn「それは一週間経つまで5体満足に生き延びることを意識しろっていうことわざでしょ」・・・eー?
「それよりほら、話ずらしちゃいつまで経っても進まないでしょ。ね、破那」
うんそうですね。でも、私としてはあなたが今言ったことの補足を聞きたい気分なんですよね。たとえ多少時間がかかったとしても、命が何より大切だと思うんですよね。
「まあ、大事なのは学食を毎回ちゃんと食べることかな。そうすれば大抵の怪我は治るから。それであとは私たちが一つづつ教えていくからさ」
「ワーアリガトウゴザイマスー」
大抵の怪我は治るからさ。怪我しても大丈夫だからさ。怪我することが前提だからさ。生き延びることはできるからさ。・・・多分、さっきの楽園版「七つまでは神のうち」の重要部分、「5体満足で」って部分だ。
「そうそう、それでクラスメイトだけど。過ごしていればいつの間にか把握できるようになると思うよ。って言っても、私自身会えばなんとなくわかるってくらいで、そこまでクラスは意識してないんだけどね」
「とりあえず、今教室にいるのは1Yなわけ?」
「あーそうだね。えっと今いるのは、忍、未来、周移に、あとは統手、弄栗、繪持、場時かな」
「弄栗だけ聞き覚えあるな」
「弄栗くんは、莉子ちゃんのこと好きなんですよ」
「「は?」」
莉子ともう一人、そこまで離れていないところにいた男子の「は?」が重なった。つまり、そいつが弄栗とやらなのだろう。
「活断、君はなにを言っているんだ?」
「末長くお幸せに、です」
「ふ、ふざけるな層華。誰が誰のことをす、好きだっていうのよ」
「美里立、揶揄われてるんだよ。落ち着きなよ」
「っ〜!、はい、、」
あーそうだ思い出した。編入対応で層華が「弄栗くん『さえ』莉子に反対した」とかなんとか言ってたっけ。
そう思っていると弄栗くんとやらがふぅ、とため息をつきこちらに向き直った。
「まぁ、活断のいつものことではあるか。さてと、荒天さん。俺は弄栗八右衛門、よろしく」
「あ、よろしくです。やっぱり私の名前は知ってんだね」
「それはね。事前に細見先生からも説明されたし、俺も美里立たちとともに編入対応にはいたからさ」
「へー(美里立たちとともにって言った?)」
「誰が編入生、つまり君の案内をするかっていう時に議論が白熱してね」
(鏡花:途中から弄栗と莉子の言い争いになってたけどね)
(破那:へーそうなんだ)
「気がついた時には賽ならぬボイスレコーダーが投げられていた、というわけさ」
(鏡花:細見先生が来たときに、ちゃっかり層華がついてってたんだよね。で、それに気づいたみんなはしょうがないから仮教室で勉強するふり)
(破那:弄栗と破那は?)
(鏡花:裏の控え室で二人だけの世界を作り上げてた。で、私たちは本読むふりして真配によるその中継を見てた)
弄栗と莉子か。弄栗は、しゅっと整った顔立ちの男子である。焦茶の髪を黒く染め、ちょんまげにすれば結構いい時代劇の侍役になれるのではないだろうか。・・・偏見だが。対する莉子は、・・・多分顔立ちとしては結構可愛い分類に入るんじゃなかろうか。傷ひとつないのはいいとして、けがないのはちょっと判断に困る。
「その後は美里立が戦車に飛び乗って細見先生に挑み、案の定返り討ちにされたと」
「弄栗くんこそカラクリどれも不発だったでしょ」
「君が基礎部分を壊したことが原因として有力なんだけどね」
「やっぱり現代技術の粋たる戦車こそ最も優れているってことでしょ?」
「技術は素晴らしいよ。しかし、電気を用いずに部品の組み合わせだけで構成するカラクリこそ最も素晴らしいものだとは思わないかい?」
二人を置いといて、私は鏡花に他の人について尋ねることにした。
奥の暗がりにいる、肩までの紫色の髪を持った女子、本音忍
見た途端に目を合わせて手を振ってきた子、咲読未来
気弱そうで小動物みたいに周りに怯えているように見える子、荷無周移
制服らしい制服を着こなした真の眼鏡、統手燕脂
普通の服を着ているのに、どこかスーツを着ているかのようなピシッとした空気を纏ったやつ、繪持淵戸
机を並べてその上で寝ている人物、場時等風
「参考までに聞きたいんだけどさ。ここにいるのってどのくらいまともな人たち?」
「相対評価だと、とってもまとも」
「絶対評価で」
「この楽園にまともな奴がいるとでも?」
「おけ、ありがと」
そっか、これで「とってもまとも」な人々か。・・・朝散開してった人々は、いったいどんな奴らなのだろうか。
一限開始からは、三十分ほど過ぎていたようだった。
でもいいか、適当に進めれば。
どうせすじなんてなにもないんだ。ずれない方がおかしいんだから、わざわざ直す意味もない。




