第五話 常識
「通常、朝食は一階の食堂で食べることになるから」
歩きながら、鏡花が話しかけてくる。
「通常ってことは、そうじゃないことも?」
「別に職員棟の方のレストランに行ったり、コンビニで買ったの食べたりしてもいいからね。なんなら自炊しても。でもわざわざそんなことする人は滅多にいないよ」
「へー」
「それで、昼は本舎の食堂、夜はまた生徒棟の食堂っていうのが基本かな。」
「なるほど。にしても、」
私は背負っている白い包帯ぐるぐる巻きの物体に目をむける。
「大丈夫です、ちゃんと美味しいですから」
「そこじゃない、ミイラ二号」
「あんまり層華とのまともな意思疎通期待しないほうがいいよ」
「ウンウン」
並んで歩く鏡花の言葉に、その背中のミイラ一号が同意を示す。
「っていうかなんで部屋に包帯が常備されてるのよ」
「莉子と層華がいるから」
「・・・納得できるのが悔しい」
「フンフーン」
「ミイラでも食事ってできるわけ?ぐるぐる巻きでしょ。それにそもそも食べていいの?」
「私はお腹空いてます」
「なんか大丈夫なんだよね。食堂で食事をとったら大抵の怪我は治るから」
「なにそれ」
「それがみんなわかんないんだよねー。UP・G、楽園未解決問題の一つなんだよ」
「へー?そういえば、層華が『伝説』とか言ってたけど、なんか関係ある?」
「楽園の伝説っていうのは、楽園内で今まで達成された事柄の中で、特に達成難易度が高いと伝わっているものだよ。層華が言ってたのは、そのうちの『真逆の怠惰』だね。一昼夜不起さんから逃げ切るっていう」
「伝説保持のモグラ先輩、とかも聞いた気がするんだけど」
「ああ、そっちは『林檎喰らい』って呼ばれてるやつだね。楽園から脱出するっていう。モグラ先輩は、その達成者…達成生物として名を残してるんだよ。伝説を達成したものは『伝説保持』って呼ばれるようになるから」
「モグラ先輩って、人じゃないの?」
「名前の通りモグラだよ、言い伝えでは。層華は一体どうやって交渉したんだか。そもそも何で遭遇できたのかも不明だし」
背中のミイラ二号は意外な力を持っているのかもしれない。「人」とはちょっとズレている、と言ったところであろうか。
「そう、でUP・Gが解決されたら伝説になることもある、っていう点では関係なくもないけど、UP・Gはほとんどが神話になるから」
「新出単語だね」
「伝説が再現可能なものなのに対して、神話は再現不能なもの。難易度云々じゃなくて、原理的に不可能なものだね。まあ難易度もおかしいやつばっかりだけど。有名なのだと、『楽園オルガン』とかがあるかな」
「なにそれ、変なオルガンでも作ったの?」
「パイプオルガンってあるでしょ?あれを楽園本舎のガス・水道その他管という管を繋ぎ合わせて作り上げたっていう」
「うわぁー」
「楽園本舎は定期的な補修だけで基礎構造の大規模な改修はほとんど行われていないから、一度できているものは新たに作り上げられなくて。だから神話になってるんだよ。ちなみに、『楽園オルガン』が有名なのは、伝説として演奏台を見つけるっていう『旋律を求めて』、さらに演奏するっていう『演奏舎』の二つが別々に存在するからなんだよね」
「なかなか奥が深そうなことで」
話しながら歩いていると、わいわいという話し声が聞こえてきた。角を曲がった先には、開け放たれた観音開きの大きな扉、そして人の大勢いる大きな部屋があった。
「ここが、一年棟の食堂だよ。っていっても、楽園の食堂は全部こんな感じだけど」
貴族の館でイメージされるような細長い机が5列並び、その両側には背もたれのない椅子がずらっと並んでいる。座る場所は特に決まっていないようで、数人ずつで集まって食事をとる人たちが多かった。
「楽園の食堂メニューはその時ごとに一つなんだ。でも毎回変わるしどれも美味しいから。奥の調理場カウンターで受け取ったら、空いてる安全な席を見つけて食べるんだよ」
「さらっと安全じゃない席があるってこと言った?」
「まぁね。要注意人物がいるっていうのと、あと稀に席自体に罠が仕掛けられてる」
「ここ地雷原だった?」
「要注意人物は経験でわかるよ。妙に周りが避けてる人っていうのが大体そうだし」
「席自体の罠はどう判断するのさ」
「まずは勘、怪しいと思ったら生贄を捧げると判断できる」
「生贄とは」
「なんでもいいけど、例えば私たちが今持ってるのとか」
「っ!〜〜〜」
「今朝は、匂い的に和食ですかねー」
鏡花の持つミイラ一号がビクンと震えた。私のミイラ二号は、特に変化なくのほほんとしている。
「でもそうそう罠はないから安心していいよ。逆に気づかず引っかかる方が運良いまであるし」
「命に別状は?」
「言ったでしょ、食堂の食事を食べれば大抵治る」
「その言い方なら、重傷もあり得るってことじゃ?」
ちゃんとミイラで四つまとまった席の安全を確認してから二人で2往復して食事をとってきた。今回のメニューは、さっき層華が呟いていたようにご飯、味噌汁、鯖の味噌煮といったきれいな和食だった。
「ん、思ったより美味しい」
「でしょ」
「っくぅ〜〜、生き返る〜〜」
「包帯白いままってすごいですよね」
「あ、ほんとに治ってそう」
供えておいた食事を口にしたミイラ2体が活発に動き始める。特にミイラ一号は高速で味噌汁を空にすると、包帯を両手で掴み、思いっきり引き剥がした。すると中から現れたのは、見事に「毛が無い」少女だった。
「私、ふっかーつ」
「・・・莉子、鏡見たら?」
「えーわかってるよもー、どうせまた全部燃えたんでしょ?」
「・・・やっぱりダメか」
「はん、そんなんでしょげる私じゃないよ」
胸を張る莉子。その胸は、見事に切り立った絶壁である。そんな私の視線に気がつくことなく、莉子がこっちに向き直る。
「あ、そうだ破那ちゃん、初めまして。私は美里立莉子、よろしくね」
「うん、応援してる」
「おお!わかってるねぇ。そう、私は諦めない。次こそ戦車の力を知らしめてやるわ!」
「・・・はぁ」
「あーくるしかったです」
白い包帯が解け、長い黒髪が解放される。相も変わらず気ままな子である。
それにしても、周りにいる生徒は100人ほどだろうか。昨日は十数人しかいないのかと思ったため、なかなかな大所帯である。
「今居んのって全員一年なんだよね。全校で300人くらいいるの?」
「あー、確かに今いるのは全員一年だけど、わたしたち来るのも結構遅かったし。実際の一年はもっと多くて、なんなら一年だけで300くらいかな」
「え、なにそんなにいるの」
「一応一クラス定員40人の8クラスまであるんだよ。だから全校だと1000人くらいいるんじゃないかって言われてる。まあ、半分くらいは所在地不明で、まともな人しか残ってないんだけどね」
「おー良いねぇ」
思っていたよりずっとマンモス校だった。つまり、今目にしているのは全校の十分の一程度、まともな人々ということである。
「じゃあ教職員ってどのくらいいるの」
「教職員は150人くらいだろうって言われてるけど、実態は不明。遭遇することが伝説と化してる先生までいるっていうね」
「神話目指しましょうよー」
「破那が知ってんのって、今のところ細見先生くらいでしょ?」
細見先生、昨日出会った細身細目の優男。しかし実態は、戦車で勝てるわけがないという化け物らしい。いつの間にか横にいて、層華を一瞬で捕らえていたのだし。
「そだね。あとは朝来た人かな」
「あー不起さんか。一年棟の棟主だね。・・・わかったと思うけど、明日はお願いだからちゃんと起きて。でないとほんとに終わるから」
「えーどうなるわけ、起きないと」
「・・・朝は食堂で食事を取れるから、死なないんだよ」
「よーわからん」
「生活してれば否が応でも知ることになるからさ。だから、お願いだからやめて。お願いだから、ちゃんと起きてね」
「伝説目指すのも良いと思いますよ」
「層華やめて巻き込まないで」
「真逆の怠惰はやめた方がいいっしょ」
あらあら鏡花さん、随分とまあ血走った目だことで。朝の劇場を見てても思ったが、随分と不起さんを恐れているようだ。
層華は大して気にしている様子もないが、莉子は鏡花の言葉に頷いていた。
「今朝は私がミイラだったし、編入生の破那もいたからけっこー穏便に済んだけどさ。もしどっちか欠けてたらかーなり不味かったよ」
「基本、不起さんは連帯責任とするから。今日は特に私が『みんなを起こす』って言っちゃったから槍玉に上げられたけど、破那がいなかった時は、あのあと全員合わせてシメられてただろうから」
「仲良くですよね」
「「黙れ」」
やはり、この三人は仲が良さそうである。伝説は気になるが、有識者二人が反対を表明しているのだから、とりあえず後回しにした方が良さそうである。
「話戻して、先生たちについてだけど。一言で言うならば、」
「触らぬ神に祟りなしってね」
「そう、その通り」
「ここは楽園ですよ?」
「お前はもう祟られろ」
「えーそんななんだ。楽しみだな」
一般に関わらない方がいいと言われるほどの先生たち。一体どれほど愉快な時間を提供してくれるのだろうか。あの細見先生は、戦車をものともしない強者だという。そんな存在が何人もいれば・・・あれ?
「あれでも莉子、細見先生に思いっきり『触って』ない?」
「え?だってそりゃ細見先生だからね」
「楽園教師ランキング五位の先生なんでしょ?」
「んー?あーそっか」
一瞬首を傾げた莉子は、しかしすぐに合点がいったと言うようにウンウンと首をふった。
「ふっふっふ、破那ちゃんまだ楽園を舐めてるね?」
「どゆこと?」
「ランキングってさ、結局物事を順番に並べてるわけじゃん?」
「うん」
「並べるためにはそれに触れる必要があるわけじゃん?」
「・・・まさか」
ついさっき莉子が言っていたこと、「触らぬ神に祟りなし」。ランキングを語るときにはそのことに触れざるを得ないとすると、つまり・・・
「そ。教師ランキングは、楽園で最もまともな教師たち、つまり祟りを起こさない神のみを並べたものなんだよ」
速報:戦車とタイマンを張れる人物は、楽園でも五番目にまともだった
「ちょっと待って、楽園の教師って150とかいるんでしょ?」
「教職員で150人だから教師自体ではもうちょっと少ないよ。ただまあ、授業を持っていることになってるかどうかってだけで、大して違いがあるのかって話だけど」
「うん、つまり150と考えていいわけだ」
「だね」
「それであの細見先生がトップクラスにまとも?」
「それは疑いようないね」
なんだろう。ここは、思っていたよりも魔窟だったようである。
気分で一回載せます。多分後日変更。 というのを見る方が本当にいるかどうかの世界。
書き溜め0、気が向いた時だけのんびり進めてます。




