第4話「文化祭作戦会議」
文化祭一週間前。
放課後の視聴覚室に、全員が集まった。
MC二名、出演者十名、裏方の俺と城戸。合計十四人。
こうして全員が揃うのは初めてだ。
俺は部屋の隅の席に座って、集まったメンバーを見回した。城戸が一週間ちょっとで集めた面々。
MCの立花と佐伯は前列に座っている。
出演者十名は後ろの席にバラバラに。
篠原キョウカ。演劇部のエース。俺のクラスメイト。
大山翔太。野球部。とにかく声がデカい。
水野美咲。学年三位の秀才。眼鏡の真面目系女子。
中村健一。お調子者。いつも先生のモノマネしてふざけてる。
藤井莉子。学校のアイドル的存在。インスタのフォロワーがかなりいるらしい。
小林大地。サッカー部。ムードメーカータイプ。
高橋あかり。吹奏楽部。背が低く皆に可愛がられるタイプ。
山田拓海。帰宅部だけど、なぜかクラスの中心にいるタイプ。
石川優斗。バスケ部。長身で目立つ。
岡田真由。演劇部。篠原さんの後輩らしい。
城戸のキャスティング、なかなかバランスがいい。声がデカい奴、秀才、モノマネ得意な奴、アイドル枠。俺がリクエストした通りだ。
「えー、じゃあ始めます!」
城戸が前に立って、手を叩いた。こういう場を仕切るのは完全に城戸の領域だ。俺は隅っこで聞いてるだけでいい。
「文化祭ステージ企画『第一回 青陵高校大喜利王決定戦』、キックオフミーティングを始めます!」
城戸はホワイトボードの前に立った。事前に俺が書いておいたタイムテーブルを指差す。
「まず、本番の流れから説明するね。一時間を七つのブロックに分けます。オープニング五分、第一回戦から第四回戦まで各十分、審査五分、エンディング五分。猶予時間が五分」
出演者たちは真剣に聞いている。
「大喜利のパターンは四種類。『写真で一言』『こんな○○は嫌だ』『もしも○○が△△だったら』『〇〇が〇〇に入ってきて一言』。最後の一つはステージを使って動いてもらいます」
「動くって、どういうこと?」
声を上げたのは大山だ。やっぱり声がデカい。
城戸が俺の方を見た。
「桐原、ここ説明して」
「……俺?」
「桐原が考えた企画なんだ。そこら辺の説明は桐原にしかできない」
仕方なく、俺は席を立った。
「えっと……例えば、『校長先生が職員室に入ってきて一言』ってお題だったら、実際にステージの端から歩いてきて、校長が言わなそうなこととか言ってボケる。せっかくステージも広いからね」
「あー、なるほど」
説明が終わると、俺はすぐに席に戻った。前に立ってるのは落ち着かない。
「はい、ありがとう桐原。で、審査についてなんだけど」
城戸が続ける。
「審査は教師五名。田所先生、山本先生、佐々木先生、井上先生、橋本先生。一問ごとに点数を付けてもらって、最後にポイントが一番高かった人が優勝」
「先生がジャッジするの、緊張するね……」
水野が呟いた。
「むしろそれが狙いなんだよね。先生いじりのネタとかやったら、当事者の先生がどんな顔するか、それ自体が面白いから」
「えー、それ大丈夫なの……?」
「大丈夫大丈夫。俺がちゃんと根回ししてあるから。佐々木先生なんか『俺のことどんどんいじれ』って言ってたぞ」
城戸が胸を張る。体育教師の佐々木先生は、ノリの良さで有名だ。
「じゃあ次、一番大事な話ね」
城戸は全員を見回した。
「本番の回答、事前に準備してきてください」
「事前に準備?」
立花が聞き返した。
「そう。各回戦、一人二回答ずつ。合計八回答。それを本番までに考えてきてほしい」
「えっ、当日にアドリブで考えるんじゃないの?」
佐伯が驚いた顔をした。
「それがね、アドリブだと最悪の事態が起きるんだよ」
城戸が俺の方を見た。
「桐原、そこ説明して。お前の方が詳しいから」
また俺か。
「……えっと、最悪の事態っていうのは、沈黙のこと」
俺は席に座ったまま話した。
「お題が出て、誰も何も言えない。五秒、十秒、沈黙が続く。これが一番まずい。観客は一気に冷める。空気が死ぬ」
全員の表情が引き締まった。
「君たちは芸人じゃない。素人だ。本番の緊張感の中で、その場で面白いことを考えるのは難しい。だから、事前に準備しておいた方がいい」
「でも、事前に準備したら、なんか……作り物っぽくならない?」
篠原さんが言った。
「それは俺も懸念した」
俺は続ける。
「だから、ルールを決める。自分の回答は事前に準備する。でも、他の出演者の回答は、事前に見ないでおいてほしい」
「どういうこと?」
「本番まで誰が何を答えるかわからないようにしておく。そうすれば、他の出演者の回答を聞いた時のリアクションは本物になる」
「あー、なるほど……」
「誰かが面白いこと言ったら、素で笑っていい。逆に、滑っても素でリアクションしていい。そこは生のままでいく」
出演者たちは頷いている。
「ただし、自分の回答だけは、絶対に自分で用意してきてほしい」
「了解……」
城戸がプリントを配り始めた。
「これがお題一覧ね。本番までに、各お題に対して回答を最低二つ考えてきて。前日のリハーサルまでには完成してもらえると助かります」
出演者たちは真剣な顔でプリントを見ている。
「桐原、大喜利のコツとか、なんかある?」
城戸に振られて、俺は少し考えた。
「そうだな……キャラがある人は自分のキャラを存分に出してほしい。それから、今回は高校の文化祭で、言ってしまえばほぼ身内だから、身内ネタ全開で良い。ただ、小さいコミュニティにしかわからないものより、うちに通ってる人なら共通でわかることの方がウケやすい。そんなところかな」
「はい、ありがとう桐原。じゃあ、質問ある人ー?」
城戸が場を仕切り直す。
いくつか質問が出て、城戸が答えていく。俺は隅っこで黙って聞いていた。
こういう場は城戸に任せておけばいい。俺は裏方だ。
会議が終わり、出演者たちが帰っていった。
その後の一週間、俺は台本の最終調整に追われた。
MCの立花と佐伯には進行台本を渡して、何度も読み合わせをした。城戸は審査員の先生たちとの調整や、機材の手配に走り回っていた。
出演者たちも、それぞれ回答を考えているはずだ。
LINEグループには時々「このお題むずい」「誰か相談乗って」みたいなメッセージが流れてきたが、俺は見て見ぬふりをした。回答は自分で考えてもらわないと意味がない。
そして、文化祭前日。
放課後、視聴覚室でリハーサルを行った。
本番と同じ流れで、MCの進行を確認する。出演者たちは回答を言わず、「ここで回答します」と宣言するだけ。あくまで流れの確認だ。
リハーサルは一時間で終わった。
「よし、明日は本番だ。各自、回答の最終確認しておいてね」
城戸がそう言って、解散になった。
出演者たちが帰り始める。
俺は視聴覚室に残って、ノートを見返していた。
明日の流れ、お題、進行台本。全部準備した。あとは本番を待つだけ。
……本当にこれで大丈夫か?
不安がよぎる。
回答は出演者任せ。俺が構成を考えても、肝心の回答が面白くなければ、全部が崩れる。
素人の高校生が、本番の緊張の中で、面白いことを言えるのか。
事前準備させたとはいえ、限界がある。
「桐原くん」
振り向くと、篠原さんが立っていた。
「まだ帰ってなかったのか」
「ちょっと話したいことがあって」
篠原さんは俺の向かいの席に座った。
「さっきの話、聞いてて思ったんだけど」
「なに」
「桐原くん、不安なんじゃない?」
「……は?」
「回答を出演者に任せるの、怖いんでしょ。素人だから、滑るかもって」
図星だった。
こいつ、なんでそんなことが分かるんだ。
「……まあ、正直、不安はある」
「だよね」
篠原さんは少し考えてから、言った。
「じゃあさ、私の回答、桐原くんが考えてよ」
「……は?」
「私が言う回答、全部桐原くんが書いて。私はそれを覚えて、本番で言う」
「いや、でも、それじゃ篠原さんの回答だけ作り物になる」
「ううん、大丈夫。私、演技には自信あるから」
篠原さんは真っ直ぐ俺を見た。
「台本があっても、それを『自分の言葉』みたいに言える。演劇部で鍛えたからね。桐原くんの回答を、私のキャラで言ってみせる」
「…………」
「そうすれば、少なくとも一人は確実に『面白い回答』ができる。保険になるでしょ?」
俺は黙っている。
正直、ありがたい提案だった。
篠原さんは演劇部のエースだ。アドリブも利くし、台本を自然に演じる力もある。俺の考えた回答を、篠原さんが「自分の言葉」として言ってくれるなら、クオリティは保証できる。
でも、それは──
「篠原さんは、自分で考えた回答を言いたくないのか?」
「んー、私は操り人形でもいいの。成功すればね」
篠原さんはあっさり言った。
「演技は得意。しかも、大喜利のプロが近くにいる。だったら、得意な桐原くんに任せた方がいい」
「…………」
「それに、桐原くんの回答を言ってみたいんだ。校内放送聴いてて、ずっと思ってた。キラーUMAのネタ、私が言ったらどうなるんだろうって」
不思議な人だ。
普通、自分の考えた回答を言いたがるものだろう。でも、この人は違う。
「……分かった」
俺は折れた。
「篠原さんの回答は俺が書く。今夜中にLINEで送る」
「やった。ありがとう」
篠原さんはニコッと笑った。
「桐原くんの回答、楽しみにしてる」
「……プレッシャーかけないでくれ」
「かけるよ。だって、桐原くんの本気が見たいもん」
篠原さんは立ち上がった。
「じゃあね。明日、頑張ろう」
「ああ」
篠原さんは視聴覚室を出ていった。
俺は一人残されて、ノートを見下ろした。
篠原さんの回答を、俺が書く。
全部で八回答。篠原さんのキャラに合わせて、篠原さんが言っても自然に聞こえるように。
……これ、めちゃくちゃ難しいな。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
俺の考えた「面白い」を、篠原さんが届けてくれる。
それは、校内放送とは違う形の「届け方」だ。
俺はペンを取った。
今夜中に、篠原さん用の回答を八つ。
徹夜になるかもしれない。
でも、やってやる。




