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俺たちの本気バラエティ!  作者: 空腹原夢路


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第1話「深夜1時のキラーUMA」

深夜一時。


イヤホンから流れるジングルが、今夜も俺の脳を覚醒させる。


『はい皆さんこんばんは「爆笑キングダム」!今週もやってまいりましたァ!』


パーソナリティ・山城健太のハイテンションな声。これを聴くために、俺は今日も起きている。明日の一限は英語だ。予習はしてない。でも、そんなことはどうでもいい。


桐原悠真、高校二年。


趣味、深夜ラジオとお笑い。


特技、ラジオ番組へのネタ投稿。


──通称、ハガキ職人。


といっても、今どきハガキなんて送らない。メールかXの投稿か、番組専用フォームだ。でも「ハガキ職人」という呼び方だけは、なぜか生き残っている。ラジオ文化の名残みたいなもんだ。


俺は机の上に広げたノートに視線を落とす。


B5のキャンパスノート。表紙には太いマジックで「爆笑キングダム専用」と書いてある。もう三冊目だ。


中を開けば、びっしりと文字が並んでいる。


番組の構成。コーナーごとの傾向。採用されたネタの共通点。パーソナリティの好み。リスナー層の分析。時間帯による空気の変化。


このメモが手書きなのは俺のこだわりだ。考えた形跡が全て残るのが良い。


我ながら、気持ち悪いと思う。


でも、これが俺のやり方だ。


「笑い」には法則がある。少なくとも、ラジオの「採用される笑い」には。


単純に面白いだけじゃ足りない。番組のカラーに合ってないとダメ。パーソナリティが読みやすい文体じゃないとダメ。


だから俺は、分析する。


採用されるネタには「構造」がある。その構造を見抜いて、再現する。コーナー毎に「ここでこのネタが採用された理由」を考える。何度も聴き返して、パーソナリティの息継ぎのタイミングまで把握する。


山城さんは一息で読めるネタが好きだ。ツッコミを入れる「間」が作りやすいやつ。長すぎると途中で息切れする。短すぎると印象に残らない。三十字から五十字。それが山城さんの「呼吸」に合うゾーンだと、俺は分析している。


友達に言ったら、絶対引かれる。


だから言わない。そもそも、言う相手もいない。


クラスに深夜ラジオを聴いてる奴なんて、たぶん俺以外にいない。いたとしても、こんな聴き方してる奴はいないだろう。


『さあ、今週も来ました! リスナー大喜利コーナー!今日は「もしも総理大臣がコンビニバイトだったら」!』


来た。


俺が最も力を入れているコーナーだ。


俺が考えた「法則」たちを試せる場だ。


ラジオはフリップを活かした大喜利はできない。テレビの大喜利でもネタを脳内で想像しやすいものがウケやすいが、ラジオではその部分がさらに重要になっていると思っている。


それから、ラジオはパーソナリティが絶対である。パーソナリティが面白いとしているものは面白いのだ。


山城さんの好みをこの半年で研究し続けた。


例えば、山城さんは「内側の言葉」が好きだ。専門的な職業の人がふとした瞬間に本当に言いそうな言葉。内側にいる人間の言葉を使う。リアリティのある言葉が山城さんのツボだ。


お題に対して、シチュエーションを想像してボケる大喜利系。採用されれば、パーソナリティが声に出して読んでくれる。全国何万人ものリスナーが、俺のネタで笑う。


──かもしれない。


というのも、ここまで語ってきて、俺はまだ、一度も採用されたことがない。


投稿を始めて半年。週に十通以上送っている。単純計算で二百通以上。


全部、スルー。


心が折れそうになったことは、何度もある。でも、やめられない。


だって、分かるんだ。


採用されるネタと、自分のネタの差が。


ほんの少しなんだ。構成の切れ味とか、ワードのチョイスとか、文字数のバランスとか。微妙にズレてる。微妙に届かない。


だから悔しい。だから、やめられない。


『ペンネーム「ドリチン侍」さん!』


今週採用された一通目。俺はノートの新しいページを開き、ネタの内容を書き取る。


「深夜シフトで居眠り。客にタバコ50番ちょうだいと言われ『お答えを差し控えさせていただきます』と一言」


なるほど。これは「脳内再生」がしやすい。深夜のコンビニで、国会の映像でよく切り抜かれる居眠りのように、うつらうつらしてる総理。客に起こされて、寝ぼけ眼で答弁の口調。面白い映像が浮かぶ。


しかも「お答えを差し控えさせていただきます」はニュースでよく聞くフレーズ。実際に総理が使う言葉で、リアリティがある。


コンビニあるあるに国会のあるある、総理のあるあるを上手く組み合わせたネタ。


山城さんが笑ってる。作り笑いじゃない、本気のやつ。声のトーンで分かる。


くそ、上手いな。


自分が送ったネタの一つを思い出す。「レジで『消費税上げまーす』と言って炎上」。


……ダメだ。これは政治方面に寄り過ぎて、コンビニで無くても良い。もっと脳内で映像にした時に、面白さがない。


ノートに「場面の必要性と脳内再生の面白さが足りない」とメモする。


『続いて! ペンネーム……おっ、新しい名前だ。「キラーUMA」さん!』


──は?


俺は一瞬、自分の耳を疑った。


キラーUMA。


それ、俺のラジオネームだ。


『「深夜三時、廃棄弁当を食べながら『議事堂で食べるランチより美味い……』」──ぶはっ!なにこれ!なんか哀愁がすごい!仕事終わりの深夜に食べるコンビニ弁当って美味いんだよな!わかるぜぇ』


山城さんの笑い声が、イヤホンから脳に直接響く。


採用された。


俺のネタが。


読まれてる。今、読まれてる。


心臓がうるさい。手が震えてる。スマホを握りしめて、俺はベッドの上で固まっている。


『いや、これ好きだわ。「議事堂」ってワードの使い方が絶妙!深夜のコンビニで、スーツのおっさんが弁当食べながらボソッと言ってる画が見える。キラーUMAさん、初採用?いい名前じゃん、UMA。未確認生物を狩る人みたいで』


違う。キリハラのキラと、悠真のUMAで、キラーUMAなんだ。


でも、そんなことはどうでもいい。


採用された。


半年かけて、やっと。


俺はノートを見返す。送ったネタを確認する。


「深夜三時、廃棄弁当を食べながら『議事堂で食べるランチより美味い……』」


脳内再生。深夜のコンビニ、バックヤード、廃棄弁当。スーツ姿の男が一人で食べてる。その画が浮かぶ。


永田町で働いてる人間は、たぶん「議事堂」と略すだろう。いや、実際聞いたことはないけど。


俺は拳を握りしめた。声が出そうになるのを、必死に堪える。深夜一時だ。親が起きる。


でも、叫びたい。


誰かに言いたい。


俺のネタが読まれた。山城さんが笑った。全国何万人かのリスナーが、今、俺の言葉を聴いてる。


でも、言える相手がいない。


俺は天井を見上げる。


六畳の自室。散らかった参考書。読みかけのマンガ。深夜ラジオだけが友達みたいな、冴えない高校生活。


今、この瞬間の興奮を共有できる人間が、俺の人生には一人もいない。


ラジオからは次のネタが読まれている。俺は慌ててノートを開き、分析を再開する。採用された直後だからって、手を止めるわけにはいかない。


次も採用されるために。


その次も。


いつか、俺の名前がラジオの「常連」として定着するために。


翌日。


予想通り、一限の英語はほぼ寝ていた。


昼休み、俺は教室の隅で弁当を食べながら、昨夜の放送をスマホで聴き直していた。イヤホンは片耳だけ。周囲の音は一応聞こえるようにしている。


誰かに話しかけられることなんて、まずないけど。


『──「キラーUMA」さん!』


何度聴いても、心臓が跳ねる。


俺は小さくガッツポーズをした。誰にも見られないように、机の下で。


「なに聴いてんの?」


突然、声をかけられた。


顔を上げると、クラスメイトの女子が立っていた。名前は──確か、篠原。篠原キョウカ。演劇部で目立ってる、ちょっと派手な女子だ。俺とは真逆なところにいる人だ。


「いや、別に」


「別にって顔じゃなかったけど。すごい嬉しそうだった」


やばい。見られてた。


「……ラジオ」


「へえ、なんのラジオ?」


なんで興味持つんだ。俺みたいな地味な奴に。


「深夜の。爆笑キングダムってやつ」


「知らない。面白いの?」


「……まあ。ラジオの中では人気だと思う」


会話が続かない。俺のコミュ力の限界だ。篠原は少し首を傾げて、それから何か言おうとしたけど、結局「ふうん」とだけ言って去っていった。


なんだったんだ、今の。


俺は首をひねりながら、ラジオの続きを聴く。


放課後、俺は学校の近くのコンビニで、新しいノートを買った。四冊目の「爆笑キングダム専用」ノートだ。


ついでに肉まんを買って、店の外で食べる。冬の空気が冷たい。でも、肉まんは温かい。


肉まんを頬張りながら、スマホを開きXを眺める。


Xのタイムラインには、昨夜の放送の感想が流れている。


──「今日のキラーUMAさん面白かった」


──「コンビニ弁当のやつ笑った」


──「議事堂のランチのやつ初採用らしいな」


俺のことだ。


俺の名前が、知らない人たちの間で飛び交っている。


たった一回の採用。たった十数秒の笑い。でも、それが誰かに届いた。


俺は肉まんを頬張りながら、思う。


もっと、届けたい。


もっと遠くまで。もっと多くの人に。


この「面白い」を、俺は色んな人に届けたい。


──でも、どうやって?


深夜ラジオは最高だ。でも、リスナーは限られている。「採用される」という形でしか、俺は世に出られない。そんな自身もないし、人前に出るのは大の苦手だ。


いつか、もっと大きな場所で。


テレビとか、配信とか、もっとたくさんの人が観るところで、俺の作った「面白い」を、届けたい。


それができる場所があるなら、俺は何でもする。


──まあ、今の俺にできることは、ネタを送り続けることだけなんだけど。


俺は肉まんの最後の一口を飲み込んで、スマホをポケットにしまった。


夜。俺は机に向かい、ノートを開く。


新しいコーナーへの投稿ネタを練る。来週のお題は「もしも校長先生がTikTokerだったら」。


こういうお題のとき、やりがちなミスがある。


ただ、TikTokあるあるを言ってしまうということ。「校長先生が校舎の窓にスマホを置いて踊っている」みたいなものは誰もが一番最初に思いつく。これだけだと弱い。特にこのラジオのリスナーはお笑いのレベルが高い。


それに大喜利の例のような回答で採用されても面白くない。


捻りを入れた回答で唯一無二の回答を作らなければ意味がない。


俺はTikTokのあるあると校長先生のあるあるをひたすら書き出すことにした。一旦何個か組み立てながら、アプローチ方法を模索する。


校長先生を軸に固定して、そこにTikTokの要素を「寄せる」。それだけでは不足している。この一歩先が必要。


ペンを走らせる。


「校長先生が話す時、なんかやたら壮大なフリーBGMが流れている」


──お。


これだ。つまらないとされている校長先生の話にTikTokでよく見る、誰かが語りながらやたら壮大なBGMが流れるあれだ。


これなら戦えるんじゃないか?


ノートに丸をつけた。


分析して、書いて、送って、落ちて、また分析する。


この繰り返しが、俺の高校生活だ。


友達はいない。部活もしてない。恋愛なんて論外。


でも、不思議と虚しくはない。


俺には、これがある。


キラーUMA。


未確認生物を狩る者。


いつか、俺のネタで、日本中を笑わせたい。


その日まで、俺はこの六畳間で牙を研ぎ続ける。

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