1.ゾナ・フロンティア
「お題で飛び込む新しい世界」企画を見て、ずっと書きたかったジャンルに挑戦してみました。
SF好きの方も、異世界転生好きな方も、どちらも楽しんでいただけると嬉しいです。
曇り一つないガラス越しに、私はその星を見つめていた。信じられない光景に、身を乗り出し、ガラスに手をつく。
じわりと指先が冷えていき、これが夢ではなく、現実であることを突きつけられる。
「金の惑星……?」
視線の先、ガラスの枠の向こうにあるのは、金色の惑星。宇宙の漆黒を背景に、緑の光を反射して輝く『エメリオス』。
地球とは、全く違う惑星。
しかし、確かに『私』は、その星が人類を育んできた『母なる星』だと知っている。だが、それは別の。
「『ゾナ・フロンティア』……?」
幼少期から何度も何度も繰り返し見た、今も大好きな、ロボットアニメの世界の話だ。
そのことに気がついた途端、ざぁっと頭から血の気が引いていく。目の前が暗くなり、咄嗟に倒れまいと腕に力を入れる。
ぐるぐると回り始めた視界の裏で、過去のアニメを見ていた頃の自分と、今の自分の記憶が混濁していく。
あまりに多い__2回分の人生の記憶が流れ込んでくる。処理に苦しむ脳が頭痛という形で過負荷を訴え、警告を鳴らす。
浅い呼吸を繰り返し、脈打つこめかみと心臓を落ち着けていると、背後から声がかけられた。
「シオリ? まーた訓練区域見てたの?」
聞き慣れた名前を呼ばれ振り返ると、見覚えのない、見慣れた顔。
親しげな様子に困惑する気持ちと、仲の良い学友に話しかけられ安心する気持ちが同時に生まれる。
「本当、この場所が好きね」
探すのが簡単で良いけど。緩くウェーブの掛かった金髪の友人、ベラは、笑みを浮かべながら、私の隣に立ってガラスを覗き込む。
「時間も……、ちょうど良いわね」
シンプルだが品のある時計の表面を指先で軽く叩き、ベラが外を指差した。
「ほら、来たわよ。士官学校の『金鷲』様」
その単語に、私が反応するよりも早く。
指し示された場所に、青白い一筋の光が複数伸びていく。先頭を進む光は、ちょうどガラス窓の中心でピタリ、と動きを止めて。
黒い、巨大な甲冑の騎士に似た姿が、はっきりと視界に映る。あれは、ゾナ・フロンティアに登場するロボット兵器だ。
次々と並んでいく真っ黒な機体達の中央、金色に縁取られた、一際目立つ機体に視線が吸い寄せられる。
どくん、と心臓が大きく跳ねた。不安でも、恐怖でもない、興奮によって。
まさか。目を限界まで見開き、窓に張り付く。私の記憶が、確かであれば。
あの機体に、乗っているのは。
「シオリの実家が作った専用機だっけ? それはそれは、気になるでしょうねぇ」
士官学校のエースにして、『金鷲』の異名を持つパイロット。ゾナ・フロンティアに登場する重要キャラクターの一人。
アルバート・グリュードラー。
私の、人生ではじめての『推し』であり、同時に、初恋の相手でもある。
初恋は叶わない、と往々にして言うが、私の初恋は敗れた。だがそれは、年齢が上がったとか、別のアニメが好きになったのが理由ではなかった。
彼、アルバート・グリュードラーが、劇中で死亡してしまったことで、私の初恋は砕け散ったのだ。
「このままじゃ__」
「シオリ? どうしたの?」
アルバート・グリュードラーは、原作通り死んでしまうだろう。
脳裏に蘇る、眩い閃光。爆発音に掻き消されて聞こえなかった、柔らかな、誰かの名を呼ぶ声。
音が消え、無重力空間に四散していく破片。テレビ画面に叩きつけられるように飛んできた、袖部分に金の装飾が入った、黒い兜の残骸。
一部を残して燃え尽きた、髪を縛っていた水色のリボン。割れたヘルメット。
滲んだ視界で見た、彼が、死ぬ瞬間。
暴走を起こした、彼にとっての敵機体を撃破した直後に。親友を殺された主人公の手によって倒されるのだ。
そう、アルバート・グリュードラーは、敵キャラなのだ。だが、悪ではなく、立場が違う、別の正義を持った人物。
だからこそ、私は彼を好きになったし、物語に介入できるならば助けたいと、何度も願った。
「ねぇ、シオリ。大丈夫なの?」
「ごめん、ちょっと考え事してたの」
頭は痛むし、状況も呑み込みきれていない。突然の情報の数々に、心は不安でいっぱいだ。
大丈夫かと聞かれたら、全然大丈夫じゃない。だけど。
「悩み事なら、相談乗ろっか?」
「ううん。もう、決めたから」
この世界が、夢ではなく現実で。今、彼が生きていて、私の見える場所にいるのなら。
必ず、私が守ってみせる。
彼の機体を見つめ、微笑んだ。その様子に、ベラは何か勘違いしたようで。
「何? もしかして、告白でもするの?」
窓の外を指したまま、気になって仕方ありませんといった様子で聞いてきた。
確かに、彼への思いを再確認したところではある。でも、私がすべきは、そんなことではない。
「まさか。悩んでた授業、取ろうと思って」
「え、単位は足りてるでしょ?」
私たちは、士官学校に付属する工業大学の三年生だ。正確にいえば、四年生になる直前である。
三年生までに殆ど単位は取りきっており、四年生は卒業研究に注力する学生が殆ど。四年生で授業に出るのは、選択科目の単位が足りなかったり、幾つか落としてしまった人くらい。
私は、今まで一つも単位を落としていないし、選択科目の単位も足りている。
「もしかして……、先取りの……?」
うん、と小さく頷くと、ベラは口元を歪めて一歩後ずさった。
私もベラも、既に大学院への進学が内定している。そのため、来年以降、修士課程の授業を一部、先取りして受講することができる。
「内容が気になるから、頑張ろうかなって」
「課題も多いし、試験も難しいのに?」
だが、卒業論文との並行になること、内容が一気に難しくなることから、受講を躊躇っていた。
だが、彼を守ると言う目標を立てた以上、できることは一つでも多くしておきたい。呆気に取られているベラを横目に、携帯端末で先取りできる授業を確認する。
「宇宙機熱防御、宇宙環境利用、高機能材料、熱物性計測、乱流制御……」
他にも授業は多くあるが、時間帯が被っておらず、優先度が高い内容はこの辺りだろうか。
敵側の人間であるため、彼の経歴は詳しく語られることがないのだが、確か士官学校を卒業する前にアニメ本編が始まり、徴兵されたはずだ。
士官学校は大学と同じで四年制。もし私と同じ年齢なら、残されている時間は少ない。
長くて一年弱、短ければ一ヶ月しかない。
「受講登録さえすれば、教科書は事前に買えるはず。教授に確認して、買えるものは早めに__」
ひとまず、寮に戻って予定帳を確認しよう。早めの行動は大切だが、他を犠牲にするわけにもいかない。
訓練区域に背を向け歩き始めようとすると、ベラに手を掴まれた。
「待って。確かに、どれもシオリには必要な科目だけど、そんなに焦らなくてもいいじゃない。あなたらしくな……」
ベラの手が、冷たい。いや、私の体が熱いのだ。自覚した瞬間、先ほどよりも強い頭痛が襲いかかってくる。
「ちょっと、本当に体調が__」
あまりの痛みに、反射的に蹲る。ズキズキと脈打つこめかみを押さえつけ、どうにかやり過ごそうとしたものの。
あ。どちらのものかわからない、間の抜けた声が聞こえたのを最後に。
ぐらりと体が傾いて、私の意識はふつりと途絶えた。




