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グンマー帝国の興亡史  作者: 甲州街道まっしぐら
プロローグ:グンマーの夜明け(西暦2025年~2045年)
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主要大国の政治的変容(2025-2045):三人の指導者と旧時代の黄昏

グンマー帝国が、旧日本の亡骸の中から産声を上げつつあった時代、かつて世界の運命を左右した大国たちは、それぞれが巨大な体躯に巣食った、固有の病によって緩慢な死を迎えていた。2020年代中盤に世界の政治舞台を特徴づけた三人の指導者――あるいは、彼らが体現した政治思想――は、来るべき崩壊の時代に対する、旧世界の最後の、そして最も特徴的な応答であったと言える。彼らの政策は、危機の到来を遅らせることも、その根本原因を取り除くこともできなかったが、自国がどのような形で終焉を迎えるか、その死の様相を決定づけたという点において、極めて重要な歴史的役割を果たしたのである。


1. アメリカ合衆国:「アメリカ・ファースト」の帰結としての国家の解体


西暦2025年、アメリカ合衆国は、ドナルド・トランプが再び大統領執務室に返り咲いたか、あるいは彼が指名した後継者がその政治哲学を継承したか、いずれにせよ、「アメリカ・ファースト」という内向きのイデオロギーによって、その国家方針が規定されていた。この思想の本質は、グローバルな相互依存関係を、国家の力を削ぐ「足枷」と見なし、国際的な責任を放棄して、国益のみを追求するという、極端な孤立主義と保護主義にあった。


「偉大なる要塞」への道(2025年~2034年):

この時代の米国政府は、国際条約からの相次ぐ脱退(パリ協定への再離脱、世界貿易機関からの機能停止通告など)、主要な同盟国(日欧韓)に対する安全保障コストの大幅な負担増要求、そして輸入品に対する高率な関税障壁の構築を、矢継ぎ早に実行した。その目的は、外部世界の混乱からアメリカを切り離し、北米大陸を一つの巨大な経済的・軍事的要塞とすることにあった。しかし、この政策は、二つの致命的な誤算に基づいていた。第一に、グローバルな供給網に深く組み込まれた米国経済は、もはや孤立しては生存できないほど、外部に依存していたこと。第二に、国内の政治的・社会的な亀裂が、連邦政府への不信と州の権威への回帰という形で顕在化し、いかなる強力な指導者の下でも、もはや統合不可能なレベルにまで深化していたことである。国内の政治対立は、政策論争の域を超え、互いを国家の敵と見なす、ほとんど内戦に近い精神状態へと変質していた。


「グレート・シャットオフ」と連邦の蒸発(2034年~2045年):

第二次中東エネルギー戦争による「グレート・シャットオフ」は、この「偉大なる要塞」の土台が、いかに脆い砂の上にあったかを証明した。エネルギー価格の高騰と国際供給網の完全な途絶は、ハイパーインフレーションと大規模な失業を引き起こし、国内の貧富の差を爆発させた。ワシントンD.C.の連邦政府は、国民の生活を保障する能力を完全に喪失。その権威は地に堕ちた。

この権力の真空状態において、国家は内部から崩壊を始めた。石油と天然ガスを産出するテキサス州や、独自の食料生産基盤と技術力を持つカリフォルニア州を中心とする太平洋岸諸州は、連邦政府の指示を公然と無視し、独自の資源管理と地域防衛を開始した。彼らは、州兵を国境警備隊のように展開し、他の州からの「経済難民」の流入を実力で阻止し始めたのである。「テキサス共和国」や「環太平洋同盟(Pacifican Alliance)」といった地域ブロックが、事実上の独立国家として振る舞い始め、アメリカ合衆国は、その名とは裏腹に、互いに敵対する武装した州の寄せ集め、すなわち「アメリカ連合体」へと変質した。かつて世界中に展開した米軍は、国内の核兵器の保安と、各地域ブロック間の武力衝突を抑制するためだけに、その機能を縮小させていった。


2. 中華人民共和国:「中華民族の偉大なる復興」の挫折


西暦2025年、中国共産党総書記・習近平は、その権力を絶頂にまで高めていた。「中華民族の偉大なる復興」という壮大な目標を掲げ、彼は、デジタル技術を駆使した徹底的な社会管理と、党への絶対的な忠誠を人民に求めた。彼の統治下で、中国は、西側諸国とは全く異なる原理で駆動する、もう一つの超大国としての地位を確立したかに見えた。


内循環とデジタル人民元の野望(2025年~2034年):

西側との対立が深まる中、習近平政権は「双循環」政策を加速させた。これは、輸出への依存を減らし、国内の巨大な市場(内循環)を経済成長の主軸に据えるという戦略であった。同時に、国際的なドル基軸体制からの脱却を目指し、「デジタル人民元」を、一帯一路構想を通じて新興国へと普及させ、独自の経済圏を構築しようと試みた。しかし、この壮大な構想もまた、その足元は驚くほど脆弱であった。すなわち、国内のエネルギー需要の半分以上を、常に緊張をはらむ海上輸送路を経由する中東からの輸入に頼るという構造的欠陥は、何ら解決されていなかったのである。


「グレート・シャットオフ」と社会契約の破綻(2034年~2045年):

エネルギー供給の停止は、「世界の工場」であった中国の生産活動を、一夜にして沈黙させた。沿岸部の巨大な工業都市では、数億人規模の失業者が発生。中国共産党が人民との間に結んでいた「我々は経済的繁栄を保証する。故に、汝らは政治的自由を放棄せよ」という暗黙の社会契約は、ここに完全に破綻した。

食料とエネルギーの配給が滞るに及び、人民の不満は、政府が誇るデジタル監視網の予測を遥かに超える速度と規模で、全国的な暴動へと発展した。当初、人民解放軍はこれを鎮圧しようと試みたが、兵士たち自身もまた、故郷の家族が飢えているという現実の前に、その忠誠心を揺るがされた。軍内部で命令を拒否する部隊が続出し、やがて一部の軍区は、北京の中央指導部から離反し、独自の勢力圏を形成し始めた。新疆やチベットといった、かねてより独立の気運が高かった地域は、この混乱に乗じて武装蜂起を敢行し、長年蓄積された民族的・宗教的対立が、抑圧の箍が外れたことで一気に噴出した。中国は、かつての軍閥時代を彷彿とさせる、終わりなき内戦状態へと突入した。「デジタル人民元」は、それを保証すべき国家の信用の崩壊と共に、無価値な電子の藻屑と化した。


3. ロシア連邦:「強い国家」の自壊


西暦2025年、大統領ウラジーミル・プーチンは、欧米との長きにわたる対立の中で、「強い国家」の復権を追求し続けていた。彼は、欧州のエネルギー依存を巧みに利用し、天然ガスを武器として外交的影響力を行使する一方、国内では、いかなる反体制的な動きも力で抑え込む、権威主義的な統治を完成させていた。


エネルギー帝国の幻影(2025年~2034年):

2030年代初頭のエネルギー価格高騰は、一見すると、ロシアに絶好の機会をもたらした。疲弊する欧州や中国に対し、高値でエネルギーを売りつけることで、莫大な富を蓄積し、旧ソ連邦地域への影響力をさらに強固なものにした。クレムリンの戦略家たちは、この状況が永続すると信じ、自国を、来るべき新時代の「エネルギー帝国」であると見なしていた。彼らは、エネルギーを「生産」しているのではなく、大地から「採掘」しているに過ぎないという、根本的な事実を忘れていた。


「グレート・シャットオフ」と需要の消滅(2034年~2045年):

第二次中東エネルギー戦争は、ロシアの目論見を根底から覆した。中東からの供給が停止しただけではなく、その主要な顧客であった欧州と中国の経済が、連鎖的に崩壊したのである。需要そのものが消滅したことで、ロシアが保有する膨大な天然ガスと石油は、もはや何の価値も生まない、ただの地下資源へと逆戻りした。

輸出による歳入が完全に途絶えたことで、富の再分配によって地方の忠誠を維持していたモスクワの中央政府は、その求心力を完全に失った。地方の有力者への補助金は停止され、治安を維持するための軍や警察への給与も支払われなくなった。チェチェンをはじめとする北コーカサス地方の諸共和国は、即座に独立を宣言し、中央アジアの旧ソ連邦諸国は、ロシアの影響圏から完全に離脱した。さらに、シベリアや極東地域では、地方政府が、疲弊したモスクワの支配を公然と拒否し、「シベリア共和国」として事実上の独立を宣言。彼らは、残された資源を、国境を接する中国の残存勢力や、朝鮮半島の武装集団と直接取引することで、生き残りを図ろうとした。プーチンが築き上げた「強い国家」は、その強さの源泉であったはずのエネルギー資源が、買い手を失った瞬間、砂上の楼閣の如く崩れ去ったのである。


かくして、2045年の時点において、かつて世界を三極構造で支配した米中露の三大国は、いずれもが深刻な国内問題によって、他国へ介入する能力を完全に喪失していた。彼らは、自らが作り出した政治体制の論理的帰結として、それぞれ異なる様相の、しかし等しく決定的な衰亡を迎えた。この地球規模での権力の真空こそが、極東の島国の一角で、グンマー帝国という全く新たな原理に基づく国家が、誰にも妨げられることなく誕生することを許容した、最大の国際的要因であった。

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