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グンマー帝国の興亡史  作者: 甲州街道まっしぐら
プロローグ:グンマーの夜明け(西暦2025年~2045年)
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地熱革命:大地の心臓を掌握せよ

「地熱革命」とは、単なるエネルギー生産技術の革新を指す言葉ではない。それは、西暦2030年代に金子志道と安斎信彦によって主導された、国家の生存様式そのものを変革したパラダイムシフトである。旧日本が化石燃料という「他人の血液」に依存して緩慢な死を迎えたのに対し、上毛の地は、足元の大地から直接エネルギーという「自らの血液」を汲み上げることで、完全な自律と独立を達成した。それは、人類が天を仰ぎ、太陽や風といった気まぐれな自然の恩寵に頼る時代から、大地そのものの心臓の鼓動を直接掌握し、その無限の熱量を意のままに操る時代への移行を意味していた。この革命こそが、グンマー帝国という、外部世界から隔絶された技術的特異点テクノロジカル・シンギュラリティ国家を誕生させた原動力であった。


旧時代の停滞:地熱利用の限界


革命以前、日本における地熱発電は、その潜在能力にもかかわらず、常に補助的なエネルギー源という地位に甘んじていた。その理由は、技術的・社会的な複数の、そして根深い障壁に起因する。


浅層利用の限界:

従来の地熱発電は、比較的浅い(深度1,000~3,000m)地層に存在する蒸気や熱水を利用するものであった。しかし、この方法は適した場所が限られ、発電量も不安定であり、何よりも熱源の枯渇という根本的な問題を抱えていた。それは自然が提供する温泉を大規模にしたものに過ぎず、文明を支える基幹エネルギーにはなり得なかった。


技術的困難:

より高温・高圧の深部地熱層へ到達するための掘削技術は、コストが非常に高く、また腐食性の高いガスや鉱物によって掘削装置がすぐに損傷するため、商業的に見合わないとされていた。旧時代の材料工学と掘削技術では、地球の深部という過酷な環境は、克服不可能な壁として立ちはだかっていたのである。


社会的・環境的制約:

多くの有望な地熱地帯が国立公園内や温泉地の近隣に存在したため、自然保護や観光業との利害対立が、大規模な開発を妨げていた。旧日本政府の硬直した官僚制度と、既存のエネルギー産業からの政治的圧力は、この有望な技術への本格的な投資を躊躇させ、その萌芽を摘み取り続けていた。地熱は、常に「次世代」のエネルギーと呼ばれ、決して「現世代」のものとはならなかった。


これらの問題により、旧時代の地熱発電は、国家のエネルギー需要を満たすための主役にはなり得なかった。


革命の胎動:安斎信彦と「深炎掘削技術」


この停滞を打ち破ったのが、J-FRONTの前身である「次世代地殻エネルギー研究所」の所長、安斎信彦であった。彼は物理学と材料工学の天才であり、従来の地熱開発が「自然に存在する温泉を探す」レベルの発想であることに根本的な疑問を抱いていた。彼が目指したのは、「人工的に、どこにでも、安定した熱源を創り出す」ことであった。彼は、地球そのものを一つの巨大な熱機関と捉え、その最も効率的な利用法を模索していたのである。


10年以上にわたる基礎研究の末、安斎は二つの画期的な技術を完成させる。


深炎しんえん掘削技術」:

これは、従来の回転式ドリルとは全く異なる概念の掘削システムであった。自己修復機能を持つ特殊セラミック複合材で作られた先端部から、超高周波振動とマイクロ波を照射し、前方の岩盤を物理的に削るのではなく、溶融・気化させながら進む。掘削と同時に、溶融した岩盤が坑井の内壁をガラス状にコーティングするため、崩落の危険性も極めて低かった。これにより、従来は到達不可能であった深度10,000mを超える、マグマ溜まりに近接する超臨界地熱層(温度400℃以上、圧力22MPa以上)へのアクセスを可能にした。


AIによる地殻構造マッピング:

地震波や微小重力変化のデータをAIにディープラーニングさせ、地下の熱源や亀裂の分布を三次元的に、かつリアルタイムで可視化するシステムを構築。これにより、「深炎」ドリルは最も効率的な熱源へとピンポイントで誘導されるようになった。それは、あたかも地球の体内に血管を通す外科手術にも似た、精緻な作業であった。


革命の実現:金子志道の戦略と「浅間モデル」


安斎が技術的なブレークスルーを達成した一方で、その技術を国家建設の礎石へと転換させたのが、戦略家としての金子志道であった。彼は、「大日本マラリア」による社会崩壊を正確に予測しており、エネルギーの完全自給こそが、来るべき混沌の時代を生き残る唯一の道であると確信していた。


金子は、旧政府の機能不全に乗じて研究予算を獲得し、浅間山の山麓地下深くに巨大な実験施設「アサマ・ディープ・ラボ」を建設。ここで安斎の技術の最終実証を行った。そして確立されたのが、後のグンマー帝国のエネルギー網の標準となる「クローズドループ型・超臨界地熱発電システム」、通称「浅間モデル」である。


システムの概要:

○「深炎掘削」で地下10,000mに2本の坑井を掘る。

○一方の坑井から地上の水を注入する。水は超臨界地熱層で瞬時に超臨界流体(液体と気体の性質を併せ持つ高エネルギー状態の水)となり、もう一方の坑井から地上へ噴出する。

○この超臨界流体の巨大なエネルギーでタービンを回し、発電する。

○熱を失った水は、再び地下へ送られる。


このシステムは、従来の地熱発電とは比較にならないほどの利点を有していた。


圧倒的な発電効率:

超臨界流体は桁違いのエネルギーを持つため、一つの発電所で原子力発電所数基分に匹敵する、安定的かつ巨大な電力を生み出した。天候や時間に左右されず、24時間365日、一定の出力が保証されていた。


場所を選ばない普遍性:

温泉や蒸気溜まりの有無にかかわらず、日本の火山帯であればどこでも建設可能であった。これにより、エネルギー生産の分散化と、国家のレジリエンス(強靭性)が飛躍的に向上した。


環境への低負荷:

地下の熱水やガスを直接利用するのではなく、地上の水を循環させる「クローズドループ」方式のため、有害物質の放出がほぼゼロであった。また、主要な設備は地下深くに設置されるため、地上の景観への影響も最小限に抑えられた。


金子志道は、まずJ-FRONTの施設群を稼働させるためのパイロットプラントを建設。その後、榛名山、草津白根山、赤城山の地下に次々と巨大なプラントを建設し、それらを結ぶ送電網「上毛グリッド」を完成させた。


革命がもたらしたもの


地熱革命は、単に電力を生み出しただけではない。それは、上毛の地に、ひいては後のグンマー帝国に、決定的な変化をもたらした。


完全なエネルギー主権:

中東の石油も、他国の天然ガスも必要としない。国家の存立に必要なエネルギーの全てを、自らの領土内で、半永久的に生産できる体制を確立した。これは、旧時代の国際政治のパワーゲーム、すなわち資源を巡る駆け引きから完全に脱却したことを意味した。帝国が鎖国を維持できた最大の理由である。


産業構造の変革:

潤沢かつ安価な電力は、超蒟蒻の巨大な培養プラントや、マンナン・クリートの精製といった、莫大なエネルギーを消費する新産業の発展を可能にした。エネルギーコストという制約から解放されたことで、上毛の技術は独自の進化を遂げ、外部世界とは全く異なる産業生態系を築き上げた。


国民心理の変容:

停電の恐怖から解放され、常に光とエネルギーが供給される生活は、国民に絶対的な安心感と、外部世界に対する優越感を与えた。彼らが自らを「光の民」と認識するに至った、心理的基盤がここにある。エネルギーの安定は、社会の安定、そして精神の安定に直結していたのである。


テクノクラートの台頭:

この革命は、新たな支配階級を生み出した。すなわち、地熱プラントを設計し、維持・管理する技術者テクノクラートたちである。彼らは、大地の心臓を動かす術を知る、いわば新たな時代の神官であった。金子志道を頂点とするこの技術者集団が、後の帝国の統治機構の中核を担っていくことになる。


地熱革命は、文字通り、グンマー帝国という国家を大地の上に根付かせた、偉大なる杭であった。この揺るぎない土台があったからこそ、帝国は次の段階、すなわち「蒟蒻特異点」という、もう一つの革命へと進むことができたの

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