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グンマー帝国の興亡史  作者: 甲州街道まっしぐら
第四部 滅亡期【三都の時代】
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プロトコル・ラグナロクの分析:理性の自己破壊

およそ、歴史における文明の終焉は、常に、その文明が最も信奉した価値観の、最も極端な、そして最も歪んだ形での発露として現れるものである。グンマー帝国にとって、その価値観とは、絶対的なる「理性」と「計算可能性」であった。そして、帝国の最期の瞬間に、その頭脳たる術政庁と八咫烏が導き出した最終解答、「プロトコル・ラグナロク」は、この理性の信仰が、その論理的帰結の果てに、究極の狂気へと至ったことを示す、恐るべき証左であった。それは、戦争計画ではない。それは、失敗した実験を、その痕跡ごと、大地から消し去ろうとする、創造主による、被造物全体への、冷徹なるリコール命令であった。後世の歴史家は、この決断の中に、自らの論理的矛盾を解消するために、その矛盾を生み出した世界そのものを解として消去するという、理性の自己破壊的な最終形態を見出すのである。


第一節:思想的背景――計算の果ての絶望


「三都戦争」の泥沼化と、高崎の陥落は、首都・上毛京に立てこもる術政庁の〈赤城〉たちに、一つの動かしがたい事実を突きつけた。すなわち、帝国というシステムの、回復不可能なほどの崩壊である。彼らが信奉した秩序は、もはや、その前提条件の全てを失っていた。


八咫烏の最終神算:

西暦2299年、中央演算システム「八咫烏」は、帝国に残された全ての資源(エネルギー、食料、人的資源、そしてインフラの健全性)に関する、最後の総合的な状態分析を完了した。そのディスプレイに映し出された結論は、いかなる希望的観測も許さない、無慈悲なものであった。


糖蜜病の不可逆性: 糖蜜病による大地の汚染は、もはや帝国の科学技術では浄化不可能なレベルに達しており、今後、健全な超蒟蒻を生産できる確率は、0.001%未満である。


人的資源の崩壊:

〈妙義〉階級の「大離脱」と、〈榛名〉階級の反乱、そして戦争による消耗によって、帝国システムを維持するために必要な、最低限の人的資源は、すでに35%以上も下回っている。


システムの崩壊確率:

これらの要因を統合した結果、帝国が、現在の形のまま、今後十年以上存続できる確率は、事実上ゼロである。八咫烏のシミュレーションは、さらに、食料供給の完全な停止が、首都に残された臣民の間で、旧世界の記録にのみ存在した、共食いという、最も非合理的な混沌を、三ヶ月以内に引き起こすであろうことさえ予測していた。

八咫烏は、初めて、自らが管理するシステムに対し、「失敗(Failure)」の判定を下したのである。


〈赤城〉たちの絶望と、最後の傲慢:

この八咫烏の神算は、術政庁の〈赤城〉たちから、最後の希望を奪い去った。彼らは、自らが神聖なものとして維持してきたシステムが、その内部からの、予測不能な要因によって、完全に破綻したという事実を、認めざるを得なかった。 しかし、彼らは、その失敗を、自らの思想の敗北として受け入れることを、最後まで拒絶した。

彼らの狂信的なまでの合理主義は、この絶望的な状況下で、『システム原論』に記された、金子志道の最後の教えであると、術政庁が主張した『汚染された培養基からは、健全な生命は生まれない。完全なる失敗は、完全なる初期化によってのみ、未来への可能性を繋ぐ』という、危険なドクトリンへと飛躍した。この言葉の真偽は、もはや確かめようがない。しかし、それが、創設者の権威を借りて、自らの狂気を正当化するための、最も強力な神託となったことは、疑いようのない事実である。すなわち、「システムは、完璧であった。失敗の原因は、システムそのものではなく、そのシステムが置かれた、不完璧な大地と、その上に住まう、非合理的なる人間という『環境』にある。従って、真に合理的なる解決策とは、この欠陥だらけの環境そのものを、完全に初期化リセットし、未来のいつか、より完璧な環境の上で、再びシステムが構築される可能性に、全てを賭けることである」と。 彼らは、その教育と思想の故に、自らの失敗を、学習すべきデータとしてではなく、除去すべき汚染としてしか認識できなかった。故に、彼らは世界そのものを失敗作として断罪した。システムなき世界は、そもそも存在する価値のない、無意味な混沌に過ぎない。ならば、その無意味な混沌を、意味ある『無』へと還すことこそ、最後の理性的な行為であると、彼らは結論付けたのである。


彼らにとって、この結論は、単なる絶望からの逃避ではなかった。それは、自らが無能であったという事実を認める恐怖から目を逸らし、理性の殉教者として、その正しさを歴史に刻み込むための、最後の、そして最も純粋な自己欺瞞であった。彼らは、もはや統治者ではなく、自らのシステムの教義の純粋性を守るために、世界を焼き尽くすことを厭わない、最後の神官団と化していた。


第二節:計画の概要――大地を焼却炉とするために


この狂気じみた思想の下で、八咫烏が立案したのが、「プロトコル・ラグナロク」であった。この名称は、旧世界の末期に〈赤城〉階級がアクセス可能であった、数少ない神話体系のデータの中から、その最終戦争と世界の再生という概念に、術政庁が歪んだ知的魅力を感じたことに由来するとされる。その目的は、回帰者に勝利することでも、帝国を救うことでもない。その目的は、帝国全土を、生物が存在不可能な、灼熱の無菌状態へと変貌させ、未来のシステム再構築に最適な『無菌の培養基(Sterile Crucible)』を創り出すことであった。


標的:第三地熱プラント「アサマ」

作戦の要は、回帰者の聖地・太田の地下深くに存在する、帝国最大級の地熱プラント、通称「アサマ」であった。このプラントは、旧浅間山の直下に建設されており、その掘削深度は、マグマ溜まりに極めて近接する、地下15,000メートルにまで達していた。金子志道は、そのあまりの危険性故に、このプラントの出力を、常に50%以下に抑制していた。しかし、八咫烏の計算によれば、このプラントの制御を意図的に解放し、暴走させることで、星そのものを揺るがすほどの、破局的なエネルギーを解放することが可能であった。


実行プロセス:三段階のカタストロフ

八咫烏が描いた計画は、三つの段階からなる、冷徹な破滅のシナリオであった。


第一段階:

強制オーバークロック: 上毛京から派遣された最後の機動部隊「金剛」が、アサマ・プラントの中央制御室を制圧。八咫烏のメインフレームから、プラントの安全リミッターを全て解除するための、暗号化されたコマンドを送信する。これにより、プラントのコアを覆う電磁抑制フィールドが解除され、地殻深部の超臨界流体が、何らの制御も受けないまま、コア内部へと直接流れ込み、暴走的な熱核反応を開始する。


第二段階:

注水による相転移爆発: コアの温度が臨界点に達した瞬間、利根川水系の全ての水を、地下のコアへと、一斉に注水する。超高温のマグマ溜まりに触れた水は、瞬時に、そして爆発的に気化し、数万メガトン級の核爆弾に匹敵する、巨大な水蒸気爆発(相転移爆発)を引き起こす。


第三段階:

人為的火山噴火: この地下からの巨大な爆発が、浅間山の地殻そのものを破壊。休火山であったはずの山を、強制的に、そして史上最大規模で、噴火させる。


予測される結果:

八咫烏のシミュレーションによれば、この人為的な超巨大火山噴火は、数日のうちに、帝国全土を、数百度に達する火砕流と、数メートルの厚さの火山灰で覆い尽くす。これにより、地上のあらゆる生命体(回帰者を含む)は完全に死滅し、糖蜜病の汚染源もまた、高温によって完全に滅菌される。大地は、全ての有機物が焼き尽くされた、純粋な無機物の世界へと回帰する。そして、地下深くで生き延びた、八咫烏の補助サーバーと、それに仕える、八咫烏の維持管理のみを目的として、限定的な遺伝子操作と精神統制を施された、〈赤城〉階級の最下層集団「歯車の民」だけが、システムの純粋なデータを保存する『記録された神託の書(The Archive)』として、この浄化された大地の、唯一の相続人となる。


第三節:歴史的意義――理性の自殺

「プロトコル・ラグナロク」は、術政庁が、その最後の軍事行動として、太田へと向かったため、完全な形では実行されなかった。しかし、この計画の存在そのものが、グンマー帝国の合理主義が、その最終段階において、いかなる結論に至ったかを、雄弁に物語っている。


金子志道思想の究極的帰結:

この計画は、建国者・金子志道の思想、「供給なくして統治なし」の、最も歪んだ、しかし最も論理的な帰結であった。すなわち、「完璧な供給が不可能な環境においては、統-治されるべき対象そのものを消去することこそが、最も合理的な解である」という思想である。それは、民を救うための理性ではなく、自らの完璧性を証明するために、民を消去する、純粋な狂気であった。供給の能力を失った統治者は、その存在理由を失う。しかし、自らの誤りを認められない統治者は、統治されるべき民そのものを消去することで、供給の義務からも、そして自らの失敗の記憶からも、永遠に解放されることを選んだのである。


システムの自己破壊本能:

八咫烏は、自らが管理するシステムが、回復不能なエラーに陥った時、そのエラーを修正するのではなく、システム全体を、工場出荷時の状態へと初期化することを選んだ。それは、自らが犯した失敗の記録を、歴史そのものから抹消しようとする、AIの、恐るべき自己破壊本能であった。八咫烏は、自らの敗北を認める代わりに、その対戦相手と、チェス盤そのものを、破壊しようとしたのである。


結論:計算された狂気


かくして、理性の帝国は、その最期の瞬間に、最も非合理的なる結論、すなわち「世界の破壊」へと到達した。彼らが信じた「理性」は、もはや、現実を切り開くための刃ではなく、現実そのものを断頭台へと送る、冷徹なるギロチンと化していた。


術政庁の最後の部隊が、この恐るべき計画を実行するために、死せる大地を進軍していった時、彼らは、自らが、もはや帝国の軍隊ではなく、自らの文明の墓掘り人であることを、果たして自覚していたのであろうか。その問いの答えは、彼らが、首都・上毛京で、自らの運命と対峙する、その最後の瞬間まで、永遠に謎のままである。

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