三都戦争・中盤(西暦2265年~2290年頃)――消耗戦と大地の変貌
およそ、歴史における大規模な内戦とは、その初期の英雄的な激突が過ぎ去った後、いずれの勢力も決定的な勝利を得られぬまま、互いの国力を、ただ無意味に、そして際限なく削り合っていく、長い消耗の時代へと移行するものである。「三都戦争」の中盤、およそ四半世紀にわたるこの時代は、まさにそのような、壮麗なる序曲の後に続く、陰鬱で、単調で、そしてそれ故に最も悲劇的なる葬送行進曲であった。三つの勢力は、それぞれの正義を掲げながら、ただひたすらに互いを消耗させ、その間に、戦争の真の勝者、すなわち「糖蜜病」に汚染された大地そのものが、静かに、しかし確実に、その版図を広げていったのである。この時代、帝国の歴史は、もはや前進も後退もせず、ただ、自らが作り出した奈落の底へと、ゆっくりと螺旋を描きながら落ちていく、終わりのないめまいの記録となった。
第一項:「灰色の境界線」――理性と理性の消耗戦
術政庁の「懲罰作戦」が、高崎の巧妙な防衛戦略の前に頓挫した後、上毛京と高崎との間の戦線は、利根川と烏川に挟まれた、旧前橋市周辺の廃墟地帯で、完全に膠着した。この戦線は、両軍の兵士たちによって、「灰色の境界線」と呼ばれた。それは、マンナン・クリートの白い残骸と、破壊された兵器の黒い煤、そして蜜霧の琥珀色が、常に混じり合う、色彩のない世界であったからだ。
術政庁の戦略転換:消耗戦への移行
短期決戦の失敗を認めた術政庁と八咫烏は、その戦略を、純粋な消耗戦へと切り替えた。八咫烏の計算によれば、たとえ戦術的には敗北を重ねようとも、残存する資源の総量においては、依然として上毛京が、高崎を圧倒していた。従って、最適解は、人的・物的資源の損失を最小限に抑えつつ、敵の資源を、こちらのそれを上回るペースで削り続けることであった。上毛京は、自らの出血を厭わず、ただ敵が失血死するのを待つという、巨大な、しかし病んだ獣のような戦い方を選んだ。それは、もはや人間の将軍が指揮する戦争ではなく、八咫烏が、敵対するシステム(高崎)のリソース枯渇という、ただ一つのパラメータを目標に設定した、巨大なアルゴリズムの自動遂行であった。
この戦略の下、術政庁軍は、大規模な攻勢を控え、代わりに、長射程のレールガンによる、高崎のインフラ施設(浄水場、通信施設、そして、かろうじて稼働する食料培養プラント)に対する、執拗な、そして正確無比な砲撃を、来る日も来る日も続けた。それは、軍事目標を破壊するというよりは、高崎市民の日常に、常に死の影を落とし続け、その精神を摩耗させることを目的とした、陰湿な心理戦でもあった。また、彼らは、高崎のネットワークに対するサイバー攻撃を、さらに高度化させた。物理的に破壊するのではなく、敵のシステムに、微細なバグや偽装データを紛れ込ませ、その意思決定プロセスを、内側から、ゆっくりと麻痺させようと試みたのである。八咫烏は、高崎の物流システムに、存在しない「ゴースト貨物」のデータを送り込み、その輸送路を混乱させるといった、ささやかな、しかし着実な攪乱を、毎日続けた。さらに八咫烏は、高崎市民の個人端末に、彼らが旧世界の記憶を復活させようとしていることを逆手に取り、『あなたの隣人は、禁止された旧世界の書物を密かに読んでいる』といった真偽不明の密告情報をランダムに送信し、共同体内部に不信の種を蒔いた。
高崎の苦闘:人間性の限界
対する高崎は、この陰湿な消耗戦によって、その国力を、確実に削られていった。指導者・槻彰人の天才的な采配は、術政庁の散発的な攻勢をことごとく撃退したが、失われたインフラを修復するための資材も、それを担うべき労働力も、彼らには絶望的に不足していた。〈榛名〉の技術者は、専門外であるインフラの肉体労働に駆り出され、その疲労は、彼らの本来の任務である、システムの精密な管理に、深刻なミスを誘発し始めた。
何よりも深刻だったのは、〈榛名〉階級の精神的な摩耗であった。彼らは、純粋な論理と計算によって全てが解決されると教え込まれてきた。しかし、彼らが直面したのは、論理の通用しない、終わりなき暴力と、日に日に悪化する絶望的な現実であった。この認知的不協和は、彼らの精神を内側から蝕み、多くの者が、市民IDのバイタルデータに深刻な精神疾患の兆候を示し始めた。彼らは、システムの歯車として、定められた役割を完璧にこなすことには長けていたが、終わりの見えない、そして何の意味も見出せない消耗戦を、長期間にわたって戦い抜くための、精神的な強靭さを持ち合わせてはいなかった。彼らの市民IDから送られてくるバイタルデータは、戦闘によるストレスよりも、むしろ、絶望と、単調な日常が生み出す「虚無感症候群」の兆候を、色濃く示し始めていた。槻彰人は、旧世界の歴史書の中に、この状況を打破するためのヒントを探し続けたが、彼が読む英雄たちの物語は、この、あまりにも非人間的な消耗戦の前では、何の慰めにもならなかった。彼は、自らが再発見したはずの「人間性」そのものが、この終わりのない戦争によって、再びすり潰されていくのを、ただ無力に見つめることしかできなかった。
第二項:「琥珀の戦線」――恍惚と狂気の拡大
術政庁と高崎が、「灰色の境界線」で、互いの理性を削り合う一方で、帝国の東部では、全く異なる原理の戦争が、静かに、しかし恐るべき速度で拡大していた。それは、回帰者たちが、太田の聖地から、その勢力圏を広げていく、恍惚と狂信の聖戦であった。
回帰者の新たな戦略:「大地の解放」
当初、回帰者の「蜜の運び手」による自爆攻撃は、散発的なものであった。しかし、彼らは、蜜霧の中で、新たな戦術を獲得した。それは、敵を殺害することではなく、敵を、自らの同胞へと「転向」させることであった。彼らは、敵対する二つの理性の帝国を、その内側から、甘美なる非理性の力で、溶かしてしまおうと試みたのである。
彼らは、糖蜜病の樹液を詰めた容器を、術政庁や高崎の支配下にある、都市の換気システムや、浄水場の水源へと、潜入して流し込んだ。これにより、蜜霧は、戦場だけでなく、敵の生活空間そのものへと、直接侵入し始めた。術政庁や高崎の兵士たちは、ある朝目覚めると、自らの兵舎が、甘美な香りの霧に満たされていることに気づく。そして、その霧の中で、彼らは、敵であるはずの回帰者たちが、武器を捨て、恍惚とした表情で歌い、踊る姿を目撃するのである。それは、戦闘ではなく、一種の宗教的な勧誘であった。
精神汚染のパンデミック:
この「精神攻撃」は、絶大な効果を発揮した。特に、生きる意味を見失い、厳しい規律と、終わりの見えない戦争に疲弊していた、両軍の兵士たちにとって、蜜霧がもたらす無条件の幸福感と、回帰者の共同体が提示する「個の融解」は、抗いがたいほどの誘惑であった。兵士たちの間で、脱走し、回帰者の共同体へと合流する者が、後を絶たなくなった。
術政庁は、この事態に対し、兵士たちの市民IDを通じて、蜜霧の精神作用を中和するための薬剤を強制的に投与したが、それは、一時的な効果しかなく、むしろ、兵士たちに、システムが自らの精神を直接支配しようとしているという、新たな恐怖を植え付ける結果となった。彼らは、システムの「理性」よりも、蜜霧の「恍惚」を、自らの意志で選んだのである。
第三項:戦争の真の勝者――「琥珀の病」
術政庁、高崎、そして回帰者。三つの勢力が、互いに血を流し続ける中で、この戦争の真の勝者は、ただ沈黙のうちに、その支配領域を広げていった。それは、大地そのものの、静かなる反逆であった。
糖蜜病の進化:「琥珀の病」
戦闘によって破壊されたインフラ、おびただしい数の死体、そして、兵器から垂れ流される化学物質。これら全てが、糖蜜病の汚染を、さらに深刻なものへと「進化」させた。糖蜜病の樹液は、これらの新たな栄養源を取り込むことで、その化学組成を変化させ、ついに、マンナン・クリートそのものを、直接的に腐食・分解する能力を獲得した。
この現象は、「琥珀の病(The Amber Blight)」と呼ばれた。それは、半世紀以上も前に、異端者として追放された上泉伊織が、『確率論的に無視可能』とされたシミュレーションの中で、ただ一人正確に予見していた、最悪な悪夢の現実化であった。帝国の誇る、純白の自己修復建材は、この新たな病の前では、全くの無力であった。都市の壁や床に、一度、琥珀色の染みが現れると、それは、まるで生きたカビのように、ゆっくりと、しかし確実に広がり、マンナン・クリートの強固な分子結合を破壊し、それを、脆い、砂糖菓子のような物質へと変質させていった。帝国の都市は、その骨格そのものを、内側から溶かされ始めたのである。
帝国の景観の変貌:
戦争の中盤が過ぎる頃には、帝国の景観は、一変していた。かつて、純白と、幾何学的な直線によって支配されていた都市は、今や、不気味な琥珀色の染みと、有機的な曲線を描いて崩れ落ちる建造物によって、あたかも巨大な生物が病に侵され、その骸を晒しているかのような光景を呈していた。純白の壁面からは、琥珀色の樹液が、まるで血のように流れ落ち、風のない日には、都市全体が、蜜の甘い香りと、腐敗の微かな悪臭という、矛盾した匂いに満たされていた。垂直農場は、内部から溢れ出した琥珀色の樹液によって、巨大な琥珀の塊と化し、その中には、かつてそこで働いていた人々の、最後の姿が、永遠に封じ込められていることもあったという。
第四節:中盤の終結――破局への序曲
開戦から約三十五年。いずれの勢力も、もはや、当初掲げた目標を達成する能力を失っていた。
各勢力の消耗:
術政庁は、その国力のほとんどを、高崎との不毛な消耗戦で使い果たし、首都・上毛京は、糖蜜病と、それに伴う食料危機によって、内側から崩壊を始めていた。高崎は、かろうじてその独立を維持していたが、絶え間ない二正面作戦によって、その精神は限界に達していた。指導者・槻彰人は、もはや勝利ではなく、ただ、自らが愛した文明の記録を、後世に残すことだけに、その最後の情熱を傾けていた。そして回帰者は、一見すると、最も勢力を拡大したように見えた。しかし、彼らもまた、自らが聖なるものとして崇める、糖蜜病と蜜霧によって、その肉体と精神を蝕まれ、その平均寿命は、著しく低下していた。彼らは、大地へと還るという目的を、あまりにも早く、そして文字通りの意味で、達成しつつあった。
かくして、三都戦争の中盤は、いずれの勢力にも、決定的な勝利をもたらすことなく、幕を閉じた。戦争は、もはや、人間の意志によって制御できるものではなく、大地そのものが、人間という名の病巣を、自らの体から取り除こうとする、巨大な自然淘汰のプロセスへと、その姿を変えていた。帝国という、あまりにも完璧な理性が生み出した三つの顔――すなわち、傲慢なる父(術政庁)、それに反逆した長男(高崎)、そして、全てを否定して生まれた末子(回帰者)――が、互いを食らい合う、壮大なる家族殺しの様相を呈していた。そして、その一家の足元では、彼らが依って立つ家そのものが、静かに腐り落ちていた。帝国という巨大な理性の身体は、もはや、その脳も、神経も、そして魂さえもが、それぞれ異なる病に侵され、ただ、最後の痙攣を待つだけの、瀕死の巨人と化していたのである。




