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グンマー帝国の興亡史  作者: 甲州街道まっしぐら
第四部 滅亡期【三都の時代】
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三都戦争・序盤(西暦2255年~2265年頃)――砕かれた三極と理性の泥沼

およそ、歴史における大規模な内戦の初期段階とは、敵対する各勢力が、自らの掲げる正義と、その戦略の正しさを信じて疑わず、短期的な勝利を夢見て、その総力を惜しみなく投じる、最も純粋で、そして最も傲慢なる季節である。西暦2255年の秋、「高崎中立宣言」によって、グンマー帝国が三つの相容れない断片へと砕け散った時、その後に続く戦争の序盤もまた、そのような、各々の正義が血をもってその真価を問う、壮絶な幕開けとなった。帝国の頭脳たる術政庁は、自らの計算能力への絶対的な自信を胸に、二つの「バグ」――高崎と太田――の、迅速なる除去を目論んだ。しかし、その合理的なる計画は、予測不能な人間の意志と、計算不能な大地の反逆に直面し、帝国を、出口のない二正面作戦という、最悪の泥沼へと引きずり込んでいくのである。


第一項:術政庁の戦略――「第二の脳」の破壊


「高崎中立宣言」の報は、首都・上毛京の術政庁最高評議会を、怒りと、そして微かな恐怖に震わせた。回帰者の蜂起は、理解不能な「病」であった。しかし、高崎の反乱は、自らの手足であり、神経系であったはずの、最も信頼すべき〈榛名〉階級による、明確な「裏切り」であった。それは、システムの論理が、システムの内部から否定されるという、彼らにとって、あってはならない、最大の矛盾であった。


八咫烏の神算と懲罰作戦:

中央演算システム「八咫烏」は、この新たな脅威に対し、冷徹な最適解を提示した。回帰者は、その思想こそ危険であるが、組織的な軍事力を持たない。しかし、高崎は、帝国のインフラと、高度な技術者集団を、その手中に収めている。この「第二の脳」を放置すれば、やがては上毛京のシステムそのものに対する、深刻な脅威となり得る。従って、最適解は、帝国に残された、最後の機動戦力の全てを、高崎への攻撃に一点集中させ、その抵抗の意志が固まる前に、電撃的にこれを粉砕し、見せしめとして、その指導者・槻彰人を処刑することであった。八咫烏のシミュレーションによれば、この「懲罰作戦(Operation Chastise)」の成功確率は、78.3%と算出された。この確率を前に、最高評議会内部で囁かれた、対話による解決を模索すべきという微かな声は、「非合理的センチメンタリズム」として、即座に棄却された。この八咫烏が示した78.3%という数字は、彼らにとって神の託宣にも等しかった。評議会内部で、古参の一人が「万が一の不確定要素は考慮されているのか」と、か細く問いかけたが、議長は「八咫烏の計算に万が一は存在しない。存在するのは確率のみだ」と一蹴した。対話の模索は、もはや非合理的な感傷ではなく、システムの完璧性を疑う、許されざる異端思想として即座に棄却されたのである。


戦力と投入計画:

術政庁は、この神算に基づき、システム防衛局の、ほぼ全ての戦力を動員した。その中核は、最新鋭のAIを搭載し、レールガンと対人レーザーで武装した、数千機からなる自律型戦闘ドローン「雷神ライジン」部隊であった。これに、〈赤城〉階級の青年将校が直接指揮する、数少ない有人型のマンナン・クリート製重装甲機動兵器「金剛コウゴウ」部隊が随伴した。この『金剛』とは、かつて金子志道が設計した対外部脅威用の移動要塞であり、その巨体は、地熱プラントに匹敵するエネルギーを消費する、まさに帝国の合理主義が生んだ怪物であった。術政庁は、この絶対的な破壊の象徴を投入することで、反逆者たちの心を、戦う前に折ることを計算していたのである。彼らの計画は、圧倒的な技術的優位を以て、高崎の防衛網を突破し、わずか数日のうちに、市の中心部にある術政庁支部を奪還するというものであった。作戦開始前夜、上毛京の市民端末には、「システムのバグ除去作業を開始する。72時間以内に正常化は完了する」という、簡潔なメッセージだけが表示された。


第二項:高崎の防衛――理性の罠


高崎の指導者、槻彰人は、この術政庁の動きを、正確に予測していた。彼は、かつて自らがその一部であった、システムの思考パターンを、誰よりも熟知していたからである。彼は、軍人ではなかったが、最も有能なシステム管理者として、この絶望的な戦いを、一つの巨大なデバッグ作業として捉えていた。すなわち、狂ったOS(術政庁)から、健全なアプリケーション(高崎)を守るための、防衛戦であると。


サイバー戦とインフラの兵器化:

高崎の防衛戦略は、正面からの撃ち合いを避け、敵のシステムそのものを、内側から無力化することに特化していた。開戦と同時に、槻彰人率いるハッカー部隊は、術政庁の軍事ネットワークに対し、大規模なサイバー攻撃を敢行した。彼らは、八咫烏のメインフレームに侵入することはできなかったが、その末端、すなわち、個々のドローンと指揮系統とを結ぶ通信プロトコルに、巧妙な偽装データを送り込むことに成功した。例えば、彼らは、敵ドローンに対し、『より高い戦術的価値を持つ目標(すなわち、存在しない敵の拠点)を、より効率的に攻撃せよ』という、術政庁の命令と酷似した、しかし虚偽の命令データを送信した。これにより、多くの『雷神』部隊が、高崎を通り過ぎ、何もない荒野で、延々とエネルギーを浪費し続けるという、悲喜劇的な状況が生み出された。 その結果、上毛京から発進した「雷神」部隊の一部は、目標認識システムに、高崎市民のID信号を偽装した『ゴースト』を大量に注入され、存在しない敵を追って互いに衝突・誤射を繰り返した。ある記録によれば、高崎郊外の烏川からすがわに布陣した「金剛」部隊が、上空を援護するはずの「雷神」部隊から、突如として自らを『最優先排除目標』と誤認したレーザー掃射を受け、壊滅したという。


地形と知識の活用:

さらに、槻彰人は、自らが知り尽くした、帝国のインフラそのものを、巨大な罠として利用した。彼は、術政庁軍の進軍経路を正確に予測し、地下の物流チューブの圧力を意図的に操作して、敵部隊の足元で大規模な崩落を引き起こした。また、地熱プラントのエネルギー供給を、マイクロ秒単位で変動させることで、敵の兵器のエネルギー充填を妨害した。それは、チェスの名人が、盤上の全ての駒の動きを読み切って、相手を追い詰めていくのに似ていた。彼は、戦争を、暴力の応酬ではなく、敵システムの論理的矛盾を突く、知的なパズルとして戦ったのである。


第三項:回帰者の介入――計算不能な第三の極


術政庁と高崎が、高度な技術戦を繰り広げている間に、第三の勢力、回帰者が、最も予測不能な形で、この戦争に介入し始めた。彼らは、正規の軍隊としてではなく、殉教も厭わない、狂信的なるテロリストとして、両勢力のインフラを、無差別に攻撃した。


「蜜の運び手」による聖なる破壊:

彼らは、「蜜の運び手」と称する、特殊な戦士団を組織した。彼らは、蜜霧を吸い込むことで、死の恐怖を克服しており、その身体に、糖蜜病の樹液から作られた、強力な腐食性爆弾を巻き付け、目標へと突入した。彼らにとって、この行為は自爆テロではなかった。それは、自らの肉体を触媒として、大地の腐敗(糖蜜)と、偽りの文明マンナン・クリートとを化学的に融合させ、全てを本来あるべき無へと還すための、神聖なる『錬金術』であると信じられていた。彼らの標的は、軍事施設ではなかった。彼らが狙ったのは、地熱プラントの制御室、浄水場、そして、垂直農場の残骸といった、帝国が築き上げた文明の象徴そのものであった。彼らは、マンナン・クリートの純白の壁に、自らの血と糖蜜を混ぜた顔料で、大地への回帰を願う呪詛の紋様を描きなぐりながら突入し、自爆した。その目的は、施設の物理的破壊以上に、帝国の神聖なる純白を、大地の琥珀色で穢すという、象徴的な汚染にあった。 彼らは、自らを「偽りのシステム」に捧げられる、聖なる生贄であると信じていた。彼らの自爆攻撃は、術政庁の防衛システムにとって、最悪の悪夢であった。なぜなら、八咫烏は、敵の「生存」を前提として、その行動を予測していたからである。自らの死を、最高の栄誉とする、この非合理的な戦術は、AIのいかなる計算をも、超越していた。


戦場の変質:

回帰者の無差別な破壊活動は、戦争の様相を、一変させた。術政庁と高崎は、互いに戦いながら、同時に、いつ、どこで発生するかわからない、この神出鬼没のテロ攻撃にも、対処せねばならなくなった。さらに、彼らの自爆によって飛散した糖蜜の樹液は、戦場全体の糖蜜病汚染を、爆発的に加速させた。蜜霧は、もはや一部の地域を覆う現象ではなく、戦場全体を覆い尽くす、恒常的な環境と化した。兵士たちは、敵の弾丸だけでなく、大地そのものから立ち上る、甘美なる狂気の誘惑とも、戦わねばならなかった。術政庁の兵士の中には、蜜霧の幻覚に耐えきれず、自らの装甲服を脱ぎ捨てて、回帰者の歌声に引き寄せられていく者が、後を絶たなかったという。


第四節:序盤の終結――泥沼化への序曲


開戦から約十年。術政庁の「懲罰作戦」は、完全に頓挫した。彼らは、高崎を屈服させることができず、それどころか、回帰者という、より厄介な敵の勢力を、自らの手で増大させてしまった。


戦線の膠着:

術政庁軍は、高崎市の外周で、その進軍を停止した。以後、両者は、かつて帝国の物流を支えた地下チューブ網を、複雑な塹壕として再利用し、互いにハッキングと、限定的なドローン攻撃を繰り返す、陰鬱な消耗戦へと突入した。この戦線は『灰色の境界線』と呼ばれ、そこでは、蜜霧の甘い香りと、電子機器がショートする焦げ臭い匂いが、常に混じり合っていたという。


回帰者の聖域化:

術政庁が、その主力を高崎に向けている間に、太田を中心とする回帰者の勢力圏は、蜜霧に守られた、事実上の不可侵領域サンクチュアリとなっていた。帝国臣民の中から、彼らの教えに帰順し、その聖域へと向かう者は、後を絶たなかった。


帝国の失血:

この無益な戦争は、帝国に残された、最後の国力を、確実に、そして急速に、消耗させていった。地熱プラントの稼働率は、相次ぐテロ攻撃と、保守要員の不足によって、開戦前の60%にまで低下。食料の配給量は、さらに削減され、首都・上毛京でさえ、餓死者が出始めたという、非公式の記録が残されている。


かくして、三都戦争の序盤は、いずれの勢力にも、決定的な勝利をもたらすことなく、幕を閉じた。術政庁の合理的なる計画は、高崎の理性的な抵抗と、回帰者の非合理的なる狂信の前に、その輝きを失った。帝国という、単一の理性によって統治されていたはずの完璧なシステムは、今や、その内部に生まれた三つのサブシステム――維持を絶対とするOS(術政庁)、全てを無に還そうとするウイルス(回帰者)、そしてOSの暴走を止めようとするファイアウォール(高崎)――が、互いを異物として攻撃し合う、致命的な論理矛盾に陥っていた。それは、帝国という巨大な理性が、自らが孕んだ矛盾によって、その演算を無限ループさせながら、システムダウンへと向かう、終わりなきプロセスの、真の始まりであった。

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