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グンマー帝国の興亡史  作者: 甲州街道まっしぐら
プロローグ:グンマーの夜明け(西暦2025年~2045年)
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旧世界の黄昏:主要大国の構造的崩壊(2025-2045)

グンマー帝国が、旧日本の亡骸の中から産声を上げつつあった時代、かつて世界の運命を左右した大国たちは、それぞれが巨大な体躯に巣食った、固有の病によって緩慢な死を迎えていた。2020年代中盤に世界の政治舞台を特徴づけた三人の指導者――あるいは、彼らが体現した政治思想――は、来るべき崩壊の時代に対する、旧世界の最後の、そして最も特徴的な応答であったと言える。彼らがそれぞれ信奉した孤立主義、超中央集権主義、そして資源依存主義という統治哲学は、皮肉にも、自国が迎えることになる崩壊の様相――すなわち、内向きの分裂、軍閥化による内戦、そして経済的自壊という三者三様の死の筋書きを、あらかじめ規定していたのである。彼らの政策は、危機の到来を遅らせることも、その根本原因を取り除くこともできなかったが、自国がどのような形で終焉を迎えるか、その死の様相を決定づけたという点において、極めて重要な歴史的役割を果たしたのである。


第一節:アメリカ合衆国――「アメリカ・ファースト」の帰結としての国家解体


西暦2025年、アメリカ合衆国は、自国至上主義の大統領が再び大統領執務室に返り咲いたか、あるいは彼が指名した後継者がその政治哲学を継承したか、いずれにせよ、「アメリカ・ファースト」という内向きのイデオロギーによって、その国家方針が規定されていた。この思想の本質は、グローバルな相互依存関係を、国家の力を削ぐ「足枷」と見なし、国際的な責任を放棄して、国益のみを追求するという、極端な孤立主義と保護主義にあった。


社会的変容:

危機以前のアメリカ社会は、すでに深刻な分裂の病に侵されていた。経済格差の拡大は、富裕層と貧困層との間に、生活様式はおろか、共有される現実認識さえも存在しない、二つの異なる世界を生み出していた。政治的対立は、政策論争の域を超え、互いを国家の敵と見なす、ほとんど内戦に近い精神状態へと変質していた。「グレート・シャットオフ」は、この社会の最後の絆であった、かろうじて機能していた経済システムを破壊した。連邦政府が食料配給やエネルギー供給の能力を失うと、人々の忠誠心は、ワシントンD.C.から、自らの生存を直接保証してくれる州政府や、地域の武装コミュニティへと急速に移っていった。その象徴的な事件が、後に『カリフォルニア大脱走』と呼ばれる、連邦政府の課税を拒否したカリフォルニア州が、自らの州境を物理的に封鎖し始めた出来事であった。人々の忠誠心は、もはや星条旗ではなく、それぞれの州旗へと向けられるようになったのである。エネルギー資源を持つ州(テキサス、ルイジアナなど)が、持たざる州からの「経済難民」の流入を州兵によって物理的に阻止し始めた時、アメリカ国民という単一の共同体は、事実上消滅した。


文化的・思想的変容:

「アメリカン・ドリーム」という建国以来の神話は、この時代、完全にその効力を失った。かつて、努力すれば誰もが豊かになれると信じられていたこの国で、現実は、生まれた場所と階級によって、その運命がほぼ決定されるという、硬直した階級社会へと変貌していた。「アメリカ・ファースト」というスローガンは、この失われた夢の代償行為として、外部に敵を作り出すことで、かろうじて国家のアイデンティティを維持しようとする、最後の試みであった。しかし、「グレート・シャットオフ」後、その敵意の矛先は、国外から、国内の他の州や、異なる人種・信条を持つ隣人へと向けられた。「アメリカとは何か」という問いに対する統一された答えはもはや存在せず、それぞれの地域ブロックが、独自の歴史解釈と価値観(例えば、太平洋岸におけるリベラルな技術共同体主義や、南部におけるキリスト教原理主義的農本主義など)を掲げ、文化的に分裂していった。


経済的変容:

危機以前のアメリカ経済は、世界最大の消費市場であると同時に、その活動をグローバルな供給網に深く依存する、矛盾した構造を抱えていた。保護主義的な関税政策は、国内の特定の産業を一時的に保護したかもしれないが、結果として、サプライチェーン全体のコストを増大させ、経済全体の体力を削いでいった。「グレート・シャットオフ」は、この複雑に絡み合った血管を、一瞬にして引き千切った。ジャスト・イン・タイムで世界中から部品を調達していた工場は沈黙し、ドルはその基軸通貨としての地位を失い、ハイパーインフレーションが国民の資産を紙屑に変えた。経済は、連邦レベルでの機能を完全に停止し、各地域ブロックが独自の資源(テキサスの石油、カリフォルニアの技術、中西部の農産物)を武器に、互いに経済封鎖と限定的な交易を繰り返す、重商主義的な時代へと逆行した。


政治的・外交的変容:

「アメリカ・ファースト」の外交政策は、世界の警察官としての役割を放棄し、NATOや日米同盟といった、旧時代の安全保障の枠組みを形骸化させた。これは、第二次中東エネルギー戦争の勃発を許容した、間接的な、しかし決定的な要因の一つであった。そして、国内の崩壊が始まった時、ワシントンD.C.の連邦政府は、もはやいかなる対外的な行動をとる能力も、その意思さえも失っていた。外交は、国務省ではなく、各地域ブロックの指導者たちが、自らの生存のために、隣接するブロックや、メキシコ、カナダといった国々と、個別に行うものとなった。かつて世界を支配した合衆国は、その名とは裏腹に、互いに敵対し、あるいは協力する、武装した独立国家の寄せ集め、すなわち「アメリカ連合体(The Confederated States of America)」へと、悲劇的な輪廻を遂げたのである。


第二節:中華人民共和国――「中華民族の偉大なる復興」の挫折


西暦2025年、中国共産党総書記は、その権力を絶頂にまで高めていた。「中華民族の偉大なる復興」という壮大な目標を掲げ、彼は、デジタル技術を駆使した徹底的な社会管理と、党への絶対的な忠誠を人民に求めた。彼の統治下で、中国は、西側諸国とは全く異なる原理で駆動する、もう一つの超大国としての地位を確立したかに見えた。


社会的変容:

中国共産党総書記体制下の中国社会は、「経済的繁栄と引き換えに、政治的自由を放棄する」という、暗黙の社会契約の上に成り立っていた。政府は、高度なデジタル監視システム(天網)によって、社会のあらゆる側面を管理し、いかなる異分子も即座に排除する、安定した、しかし息の詰まるような秩序を築き上げた。「グレート・シャットオフ」は、この社会契約の前提条件である「経済的繁栄」を、一夜にして奪い去った。沿岸部の巨大な工業都市では、数億人規模の失業者が発生し、彼らはもはや失うものを何も持たなかった。党が保証していたはずの食料とエネルギーの配給が滞るに及び、人民の不満は、デジタル監視網の予測を遥かに超える速度と規模で、全国的な暴動へと発展した。当初、人民解放軍はこれを鎮圧しようと試みたが、兵士たち自身もまた、故郷の家族が飢えているという現実の前に、その忠誠心を揺るがされた。やがて、軍閥化した地方の軍区司令官が、自らの支配地域の住民の支持を得るために、北京の中央指導部に対して公然と反旗を翻すに至り、国は全面的な内戦状態へと突入した。


文化的・思想的変容:

中国共産党は、長年にわたり、マルクス・レーニン主義と、愛国主義的なナショナリズムを組み合わせた独自のイデオロギーを、国民教育の中核に据えてきた。しかし、この国家主導の思想は、党がその供給能力を失った瞬間、急速にその力を失った。精神的な空白を埋めるように、旧時代の宗教(仏教、道教)や、キリスト教系の新興宗教、そして、かつての文化大革命を彷彿とさせる、過激な原理主義が、各地で復活・台頭し始めた。特に、軍閥化した地方の指導者たちは、自らの支配を正当化するために、地域独自の歴史や文化を強調し、北京の中央政府を「人民の富を収奪する堕落した王朝」として断罪した。かくして、「中華民族」という単一の物語は崩壊し、中国は、多様な思想と信仰が、互いに血で血を洗う、イデオロギーの戦国時代へと突入した。


経済的変容:

危機以前の中国経済は、「世界の工場」として、輸出主導で驚異的な成長を遂げた。しかし、その内部には、不動産バブルの崩壊、地方政府の隠れ債務、そして深刻な環境汚染といった、数々の時限爆弾を抱えていた。「グレート・シャットオフ」は、これらの爆弾の信管に、同時に火を点ける役割を果たした。エネルギーと原材料の輸入が途絶え、製品の輸出先である欧米市場が消滅したことで、中国経済は完全に窒息した。政権が国家の威信をかけて推進していた「デジタル人民元」は、それを保証すべき国家の信用の崩壊と共に、無価値な電子の藻屑と化した。その価値を保証すべき中央銀行と共産党政府が、もはや人民の生活を保障できなくなった時、それは単なる数字の羅列以上の意味を持たなくなった。人々は、信用できない電子データよりも、手に取れる一握りの米や、燃料となる一塊の石炭を求めたのである経済は、各軍閥が支配する領域内で、物理的な資源(食料、石炭、鉄鉱石)を直接管理する、戦時統制経済へと逆行した。


政治的・外交的変容:

政権は、党による一元的な指導を絶対的なものとし、いかなる権力の分有も認めなかった。この極端に中央集権化されたシステムは、平時においては迅速な意思決定を可能にしたが、危機に際しては、その硬直性ゆえに、システム全体の崩壊を招いた。中央の指導部が機能を停止した時、それに代わる地方の自律的な統治機構が、公式には存在しなかったのである。その結果、権力の空白は、軍閥という、最も原始的な形での権力によって埋め尽くされた。外交面では、かつて「一帯一路」構想を通じて、アジアやアフリカに絶大な影響力を行使していた中国は、その姿を完全に消した。各地の軍閥は、自らの勢力圏を維持するために、国境を接するロシアの残存勢力や、東南アジアの諸国家と、場当たり的で不安定な同盟や敵対関係を結ぶことに終始した。


第三節:ロシア連邦――「強い国家」の自壊


西暦2025年、長年続く大統領の独裁政権は、欧米との長きにわたる対立の中で、「強い国家」の復権を追求し続けていた。彼は、欧州のエネルギー依存を巧みに利用し、天然ガスを武器として外交的影響力を行使する一方、国内では、いかなる反体制的な動きも力で抑え込む、権威主義的な統治を完成させていた。


社会的変容:

独裁政権体制下のロシア社会は、強力な治安機関(FSBなど)と、国営メディアによる情報統制によって、表面的な安定を保っていた。しかし、その水面下では、ソ連邦崩壊以来の深刻な格差社会が温存され、富はモスクワを中心とする一部の寡頭資本家に独占されていた。国民の不満は、強力な国家権力によって抑圧され、あるいは、愛国主義的なプロパガンダによって、国外の敵へと向けられていた。「グレート・シャットオフ」によって、国家の歳入が蒸発し、政府が年金や公務員の給与を支払えなくなった時、この抑圧の箍は、一気に外れた。都市部では大規模な食料暴動が頻発し、地方では、長年モスクワによる収奪に苦しんできた少数民族が、次々と武装蜂起した。特に、チェチェンをはじめとする北コーカサス地方は、即座に事実上の独立を宣言し、ロシア連邦からの離脱を求める、血塗られた闘争を再開した。


文化的・思想的変容:

政権は、ソ連邦の超大国としての記憶と、ロシア正教会の伝統的な価値観を組み合わせることで、「強いロシア」という国民的アイデンティティを再構築しようと試みた。しかし、このイデオロギーは、モスクワから遠く離れた広大な国土の隅々にまで、深く浸透していたわけではなかった。中央政府の権威が失墜すると、各地で、ロシア中心主義とは異なる、地域独自のアイデンティティが、堰を切ったように噴出した。シベリアや極東地域では、「我々はモスクワの植民地ではない」というスローガンの下、アジアとの繋がりを重視する、独自の「シベリア・アイデンティティ」が形成された。また、イスラム教徒が多数を占める南部地域では、ロシア正教会とは異なる、独自の宗教的・文化的共同体が、新たな社会秩序の核となっていった。


経済的変容:

ロシア経済は、その構造において、極めて脆弱であった。国家歳入の大部分を、石油と天然ガスの輸出という、単一の収入源に依存していたのである。この「資源の呪い」は、国内の産業育成を怠らせ、経済を国際的なエネルギー市場の価格変動に完全に委ねる結果を招いた。「グレート・シャットオフ」は、その価格変動ではなく、市場そのものを消滅させた。主要な顧客であった欧州と中国の経済が崩壊し、エネルギーの需要が蒸発したことで、ロシアの経済は、その存在理由そのものを失った。豊富な資源は、買い手なくしては何の意味も持たない、ただの地下埋蔵物に逆戻りした。パイプラインは錆びつき、巨大なガス田は、旧時代の繁栄を物語る、静かなる墓標となった。


政治的・外交的変容:

大統領が築き上げた「垂直権力」と呼ばれる統治システムは、全ての権力を大統領個人に集中させることで、国内の政治エリートを統制していた。しかし、その権力の源泉は、国家が吸い上げるエネルギー輸出の富を、忠誠心に応じて再分配する能力にあった。その富が枯渇した時、システムは内部から崩壊した。国家は、あたかも中世のキエフ・ルーシがそうであったように、中央の権威が失われた、相互に連携しない小公国群へと、事実上回帰したのである。外交面では、かつて旧ソ連邦諸国ニア・アブロードに絶大な影響力を行使していたロシアは、その姿を消した。ウクライナやバルト三国は、完全に欧州の残存勢力へと接近し、中央アジアの諸国は、イスラム系武装勢力の新たな活動拠点と化した。


かくして、2045年の時点において、かつて世界を三極構造で支配した米中露の三大国は、いずれもが深刻な国内問題によって、他国へ介入する能力を完全に喪失していた。彼らは、自らが作り出した政治体制の論理的帰結として、それぞれ異なる様相の、しかし等しく決定的な衰亡を迎えた。この地球規模での権力の真空こそが、極東の島国の一角で、グンマー帝国という全く新たな原理に基づく国家が、誰にも妨げられることなく誕生することを許容した、最大の国際的要因となったのである。

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