表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グンマー帝国の興亡史  作者: 甲州街道まっしぐら
第一部:建国期【公の時代】(西暦2045年~2081年)
22/51

公国から帝国へ:称号の変遷と体制の永続化

およそ、歴史における国家の称号とは、単なる装飾的な名称ではなく、その政体が、自らをいかに認識し、そして後世にいかに記憶されることを望むかという、自己規定の表明である。上毛の地が、当初「公国」を名乗り、やがて「帝国」という、より尊大なる称号をその身に纏うに至った過程は、この国の統治理念が、創設者の個人的な権威から、非人格的なシステムの永続性へと、その重心を移行させた、決定的な転換点を我々に示している。それは、人間による統治の時代の、静かなる、しかし完全なる終焉であった。


第一節:金子志道の統治と「公国」の時代(西暦2046年~2080年)


「からっ風戦争」の勝利によってその独立を確定させた後、金子志道は、自らが統治する国家の称号として「上毛公国(The Principality of Jomo)」を選択した。この選択は、彼の合理主義的な思想を、極めて雄弁に物語っている。


「公(Princeps)」という称号の意図:

彼は、旧世界の皇帝や国王が纏っていたような、神権的、あるいは血統的な権威を、非合理的なる虚飾として徹底的に嫌悪した。彼が自らの地位として選んだ「公(Princeps)」という称号は、古代ローマの初代皇帝アウグストゥスが用いたそれに倣ったものであり、「第一の市民」あるいは「首席執政官」を意味する。これは、彼が民衆の上に君臨する絶対者ではなく、あくまで、自らが設計した社会システムを最も効率的に運営するための、最高責任者であることを示す、極めて計算された選択であった。彼の日常は、旧時代の君主のような宮殿での謁見ではなく、術政庁の中央制御室で、八咫烏がリアルタイムで更新し続ける国家の資源フローチャートを分析することに費やされた。彼は民に命令を下すのではなく、システムにパラメーターを入力した。彼は、神ではなく、国家という機械の、最も重要な歯車であることを自認していたのである。


「上毛」という名称の選択:

また、「グンマー」という、旧時代にどこか揶揄的な響きを伴って流布した俗称を避け、「上毛じょうもう」という、より古風で歴史的な由緒を持つ名称を採用したことも、注目に値する。これは、建国当初の彼の政権が、未だ旧日本の文化的記憶と完全には断絶しておらず、また、外部の残存勢力(四十六都道府県連合)に対し、自らがこの土地の正統な支配者であることを、歴史的な文脈において主張する必要があったためと考えられる。それは、旧世界との最後の、そして唯一の対話の窓口として、戦略的に残された名称であった。


この「公国」の時代、金子志道は、その絶対的な権威の下で、術政庁(Technate)のシステムを完成させ、パクス・グンマの礎を築き上げた。彼の治世は三十数年に及び、その間、国家は揺るぎない安定を謳歌した。


第二節:国父の死と「設計者のパラドックス」


西暦2080年、建国の父、金子志道は、その後継者を指名することなく、静かにその生涯を閉じた。彼の死は、帝国に、初めての、そして最大の政治的危機をもたらした。それは、後世の歴史家が「設計者のパラドックス」と呼ぶことになる、根源的な問いであった。すなわち、完璧なシステムを設計した天才が死んだ後、誰が、そして、いかなる正統性に基づいて、その完璧なシステムを継承するのか、という問いである。


金子志道の権威は、彼個人の圧倒的なカリスマと、建国の偉業という、再現不可能な功績に深く根差していた。術政庁の〈赤城〉階級の技術官僚たちは、システムの運営においては極めて有能であったが、彼らの中には、金子に匹敵する権威を持つ者は一人も存在しなかった。術政庁が八咫烏を用いて行ったシミュレーションによれば、指導者不在の状態が続いた場合、5年以内に〈赤城〉階級内部で資源配分の優先順位を巡る派閥抗争が勃発する確率が73.4%に達し、それに伴う生産性の低下が、連鎖的に民衆の『体制安定性指数』を危険なレベルにまで低下させると算出された。金子という唯一の「人間系の安全装置」を失った国家は、その存続の危機に瀕したのである。


この危機に対し、術政庁の中枢を構成する最高評議会は、一つの結論に至る。すなわち、国家の統治権威を、「個人」から「システム」そのものへと、完全に移行させる必要性である。彼らは、金子志道という「人間」の後継者を探すという、非合理的な試みを放棄した。そして、彼らが崇拝すべきは、金子という個人ではなく、彼が遺した完璧なる「システム」そのものであるべきだと結論付けた。権威の源泉を、死すべき人間から、不滅のシステムへと移し替えること。それが、彼らが国家を救う、唯一の道であった。


第三節:帝政への移行と「グンマー帝国」の誕生(西暦2081年)


金子志道の死から一年後、術政庁最高評議会は、国家体制の変更を布告した。これが、「グンマー帝国」の誕生の瞬間である。その布告は、旧時代のような政治家の演説ではなく、八咫烏が合成した、いかなる感情も含まない音声によって、全国民の個人端末に、同時に、そして強制的に配信された。記録によれば、この歴史的な宣言に対し、民衆は熱狂的な歓声を上げるでもなく、かといって反対の声を上げるでもなく、ただ自らの生活の安定が揺るがないことを確認するかのように、荘厳なる沈黙を以てこれを受容したという。


「帝国(Imperium)」という概念の再定義:

彼らが選択した「帝国」という称号は、旧時代の領土拡張的な意味合いを持つものではなかった。彼らにとっての「帝国」とは、外部世界から完全に独立し、内部のあらゆる要素が、単一の最高法規(すなわち、八咫烏の演算結果)の下に、完璧に統制・調和している、自己完結した世界のことであった。公国の樹立から三十数年が経過し、パクス・グンマが完成の域に達した今、この国は、もはや単なる一地方の公国ではなく、一つの完結した文明圏、すなわち「帝国」を名乗るにふさわしい段階に到達した、と彼らは宣言した。


「皇帝(Kamitsumikado)」の創設:

同時に、彼らは、国家元首の称号として、旧時代の「天皇」や「皇帝」とは異なる、全く新しい概念の君主号を創設した。それは「上皇かみつみかど」と呼ばれた。この「上皇」は、政治的な実権を持つのではなく、むしろ、国家システムそのものの永続性と神聖性を体現する、生ける象徴アイコンとして位置づけられた。彼の公務は、地熱プラントの稼働率や、超蒟蒻の収穫量を賞賛する、事前にプログラムされた声明を、定期的に発表することだけであった。初代上皇には、金子志道の片腕であり、地熱革命を完成させた安斎信彦の孫が、八咫烏による遺伝子解析の結果、『創建者の理念に対する遺伝的親和性が最も高い』と認定され、その科学的根拠に基づく『技術的血統』の正統性を認められて就任した。これにより、統治の実権は術政庁が、そして国家の権威は上皇が、それぞれ分担して担うという、二重構造の統治体制が確立された。


「グンマー」という名称の採用:

そして、この国家体制の変革と同時に、国号は「上毛公国」から「グンマー帝国」へと改められた。「上毛」という、過去の歴史に繋がる名称を捨て、「グンマー」という、旧時代にはむしろ嘲笑的に使われた響きを、敢えて採用したのである。これは、過去の日本との完全なる文化的・精神的な断絶を宣言し、自らが、歴史上のいかなる国家とも異なる、全く新しい、技術によって生まれた特異点国家であることを、内外に示す、極めて意識的な決定であった。術政庁は、『旧世界が嘲笑した名を、我々は栄光の象徴へと作り変える』というプロパガンダを大々的に展開し、この改称を、自らの創造力を示す最大の証としたのである。


かくして、西暦2081年、グンマー帝国はその歴史を開始した。それは、単なる国号や元首の称号の変更ではなかった。それは、建国者個人の天才に依存した国家から、非人格的なシステムそのものが神として君臨する、永続的な管理社会へと、国家がその最終形態に進化したことを示す、荘厳なる戴冠式であった。この完璧なる安定への信仰こそが、後に帝国を蝕むことになる、もう一つの病、すなわち、混沌の不在から生まれる腐敗、完璧さそのものから生じる停滞という、致命的なる病の始まりであったことを、当時はまだ誰も知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ