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グンマー帝国の興亡史  作者: 甲州街道まっしぐら
第一部:建国期【公の時代】(西暦2045年~2081年)
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敗者たちの長い黄昏:からっ風戦争後の四十六都道府県連合

およそ、歴史における決定的な敗北は、単に領土や兵力を失うのみならず、勝者に対する癒しがたい劣等感と、自らの存在理由を問い直すという、永続的な精神的苦痛をもたらすものである。「からっ風戦争」における一方的な惨敗は、京都暫定政府と、それに連なる四十六都道府県連合の存在意義を根底から揺るがした。彼らは、正統性と大義名分において、自らが優位にあると信じていたにもかかわらず、その信念は、利根川の冷たい水の中で、無数の兵士たちの死体と共に藻屑と消えた。この国家的なトラウマは、その後の連合の歴史を、内向きで、復讐心に満ちた、暗い影の道へと導いていく。


第一節:政治――軍事政権の樹立と「富嶽」計画

「からっ風戦争」の敗北は、京都の文民政府の権威を完全に失墜させた。民衆の怒りの矛先は、無謀な戦争を指導した文民政治家たちへと向けられた。軍部は、この混乱を巧みに利用し、『国を誤った文官を粛清する』という名目の下、敗戦の責任を政敵になすりつけ、和平派の議員や官僚を次々と拘束・追放した。この政治的真空を埋めたのは、旧自衛隊の残存部隊を率いる、強硬派の軍人たちであった。


鮫島軍事政権の誕生:

敗戦の混乱の中、連合軍の最高司令官であった鮫島さめじま将軍は、クーデターによって京都暫定政府を解体し、自らを議長とする「最高国防評議会」による、事実上の軍事政権ミリタリー・ジャンタを樹立した。彼は、国民に対し、「政治家たちの空論が、この国を滅ぼした。これより先、我が国は、ただ一つの目的、すなわち上毛への復讐のためにのみ存在する」と宣言。議会は永久に解散され、言論の自由は完全に剥奪された。


国家目標「富嶽ふがく」:

鮫島政権は、国家の全ての資源を、ただ一つの目標に注ぎ込むことを決定した。それが、「富嶽計画」と名付けられた、壮大な軍備増強計画である。その目的は、上毛公国が保有するレールガンやマンナン・クリートといった先端技術を、自らの手で模倣・開発し、いつの日か再び利根川を渡り、雪辱を果たすことであった。この計画は、もはや合理的な軍事戦略ではなく、国家の全てを賭けた、ほとんど宗教的な悲願となった。


第二節:経済――極端な戦時統制経済

「富嶽計画」を推進するため、連合の経済は、民衆の生活を犠牲にした、極端な戦時統制経済へと移行した。


資源の強制徴用:

連合内の全ての生産設備(旧時代の工場や、かろうじて残った農地)は、軍の管理下に置かれた。食料は、国民への最低限の配給分を除き、全てが軍隊へと優先的に供給された。また、旧時代の都市の廃墟からは、兵器の材料となる鉄や銅を回収するための、強制的な「金属供出」が、全国民に課せられた。マンホールの蓋、橋の欄干、寺院の梵鐘、そしてかつての英雄を称えた銅像までもが、復讐の炎を燃やすための鉄塊へと姿を変えた。


涙ぐましいリバースエンジニアリング:

連合の技術者たちは、上毛の先端技術に対抗するため、涙ぐましい努力を続けた。「菊水隊」と名付けられた特殊部隊が、決死の覚悟で利根川を渡り、上毛の地から持ち帰った、レールガンの残骸やマンナン・クリートの破片は、神聖な遺物のように扱われた。彼らは、圧倒的に不足した工作機械と資源の中で、これらの未知の技術を解析し、模倣しようと試みた。北の地で、敵が建造物を『成長』させている間、彼らは、その建造物の『欠片』から、神の設計図を盗み見ようとしていたのである。しかし、その技術レベルの差は絶望的であり、彼らが作り出した模倣品は、常にオリジナルの性能には遠く及ばない、粗悪なコピーでしかなかった。


第三節:社会――憎悪による結束と停滞

敗戦後の連合社会は、「上毛への憎悪」という、ただ一つの強烈な感情によって、かろうじてその一体性を維持していた。


プロパガンダによる思想統制:

軍事政権は、国営のラジオ放送や、各地の壁に貼られたポスターを通じて、絶えず国民の敵愾心を煽り続けた。「忘れるな、大利根の屈辱」「北の悪魔を討ち滅ぼせ」といったスローガンが、社会の隅々にまで浸透した。上毛の民は、もはや同じ日本人ではなく、人間性を失った、冷酷な機械の化身として描かれた。


文化の死と世代間の断絶:


旧時代の自由な文化活動は、「退廃的」として全て禁止された。音楽は軍歌に、映画は戦意高揚を目的とした記録映像に、それぞれ取って代わられた。この息の詰まるような社会の中で、若者たちは、未来への希望を完全に失っていた。彼らは、後に歴史家から『富嶽世代』と呼ばれることになる。生まれてからずっと、ただ『上毛への復讐』のためだけに生きることを強いられ、その多くは、『富嶽計画』のための『産業戦士』として、あるいは、菊水隊の補充兵として、その短い生涯を終えていった。


第四節:外交――孤立と限定的交流

「からっ風戦争」の敗北は、連合の国際的地位を、事実上無きものとした。


外部世界からの孤立:

かつての同盟国であったアメリカは、自らの内乱で手一杯であり、日本列島の出来事に関知する能力も意思もなかった。他のアジア諸国もまた、連合を、敗北した、未来のない勢力と見なし、その関係は断絶した。


朝鮮半島との緊張関係:

唯一、限定的な交流があったのは、同じく崩壊状態にあった朝鮮半島の南部に割拠する、軍閥の一つであった。彼らと連合は、互いに不足する物資(連合は兵器の部品を、半島軍閥は食料を)を交換する、不安定な協力関係にあった。しかし、それは、信頼に基づく同盟ではなく、互いの弱みに付け込む、緊張をはらんだ取引でしかなかった。物資の交換は、常に国境線で武装した兵士たちが睨み合う中で行われ、取引の決裂や裏切りによる小規模な武力衝突が絶えなかった。


結論:過去に囚われた敗者たち

かくして、「からっ風戦争」後の四十六都道府県連合は、未来への展望を完全に失い、ただ過去の屈辱への復讐心のみを糧として、その命脈を保つ、停滞した軍事国家へと変貌した。彼らは、来る日も来る日も、決して届くことのない敵を見据えながら、その乏しい資源を、終わりのない軍拡競争へと注ぎ込み続けた。


一方、その視線の先にあった上毛公国は、連合のことなど、もはや過去の統計データの一つとしてしか認識せず、自らのシステムの完成という、内向きの進化に没頭していた。この両者の、あまりにも非対称な関係は、その後、帝国がその内なる矛盾によって自壊を始める、黄昏の時代まで、静かに、しかし決定的に、続いていくのである。

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