独白4 執行者デスメロディ
宇宙にいる何者かへこのメッセージを送る。
我が名は魔王ヨクラトール。神によって生み出され、惑星テアトロンの支配者である。
今、目の前に2人の部下が跪いておる。
1人は四天王トップ、デミデスタ。そしてもう1人は魔王軍ビレア方面副官のシャイン。
勇者が四天王を倒したとき、我にどのような状況だったのか報告する儀式がある。
勇者パーティーの実態、魔王軍の敗因、そして今後の対策、それらを話すことになっておる。
各四天王の副官は戦闘には参加せず、何としても生き残り、我に報告する義務を負っておるのだ。
特にビレアは魔王軍で最も弱い地域であり、そこでの四天王打倒というのは勇者への登竜門。今まで何人もの勇者が死に、同じく何人もの四天王が死んだ。
その、多くの四天王の死を見送ってきたのがシャイン。シャインは今まで、ビレアでのあらゆる死を見てきたのである。
であるが…
「シャインよ。なぜ黙っておるのだ」
今回は勇者ミーナが四天王オーズを倒したという報告の場である。
いつもなら、デミデスタが勇者勝利の報告を宣言した後、シャインがどのような戦いであったのか報告するのだが、何も言わぬ。
震えておるが…
「…………」
「シャインよ、お主の義務は何だ?」
「……四天王と、勇者の戦いを、報告することであります」
「それがわかっていて、何故黙っておる」
「理解しているからこそ、言葉が見つからず……」
理解しているから報告できぬと?
理屈がわからぬ。
ミーナがオーズを倒したのは事実であろう。
おそらく、ミーナの兄、ミラリスと同じ剣術…ミスア流剣術を駆使して倒したのであろう。
後はパーティーが何人でどのようなパーティーだったか…くらいのものである。
人間は同じチームを好むのか、勇者たちはビレアで組んだパーティーで最後まで旅をすることが多い。
我を追い詰めたミラリスも、ビレアでの仲間達と我の前に現れた。
もし仮にパーティーが予想外のものだったとして、それでシャインは黙るだろうか。
わからぬ。
「ふむ。真面目なお主が言葉が見つからぬのだとしたら、お主が見たのは四天王と勇者の戦いではなかった…ということになるが」
シャインの目が、より強く開いた。
正解ということか。
「では、聞こう。オーズを倒したのは何者だ?」
「……逆質問をお許し下さい。魔王様に心当たりはないのですか?」
心当たり…?
ミーナのことを聞いておるのか?
いや、それなら勇者が倒したということになるはず。
「勇者ミーナではないのか?」
「そうとも言えますし、違うとも言えます」
シャインがここまではっきりとモノを言わぬのは見たことがない。
やはり、普通ではない。
「シャインよ。我に問うということは、お主が見た何かを、我が起こしたと疑っておるということか?」
「…はい。そうとしか、思えません」
「なるほど。何があったかはわからぬが、直接的に何かをしていないことは保証しよう。その上でお主の報告を聞き、間接的に影響があったかを確認させよ」
シャインは目を閉じ、思考している。
我も、横で黙っているデミデスタも、シャインの言葉を待っているようだ。
シャインはデミデスタにも伝えておらぬようだ。
シャインは目を開くと、何やら決意したような顔で我を見て、告げた。
「オーズ様を殺したのは……執行者、デスメロディ様でございます」
デスメロディ…?
デスメロディの話は以前もしたかもしれぬな。
勇者ミーナは勇者ミラリスの妹。ミラリスが勇者時代に、我が誘拐し、魔法で魔族に変化させたのだ。その時の名が、デスメロディである。
で、あるが…
「デスメロディ?ミーナは確かにデスメロディと同一人物であるが、あやつは人間に戻ったのではないのか?」
そう聞いておる。
ミラリスとデスメロディが戦った際、デスメロディはミーナに戻ったと。
そして、ミーナは故郷のビレアに戻って生活をしていた。
それが勇者になった。
と思っておったが…
「人間に戻った…魔王様が戻したのではないのですか?」
「いや、我はそのようなことはしておらぬ。ミラリスとデスメロディの戦いで、デスメロディは人間に…ミーナに戻ったと聞いておる」
「自力で戻ったのですか?」
「そう聞いておるが…いや、待てよ。我は人間に戻ったとは聞いたが、魔族の力を失ったとは聞いておらぬ。人間の姿になった後、デスメロディの人格や力がどうなったか、把握できておらぬ」
「それで理解いたしました」
シャインは立ち上がり、記憶再生の魔法を使った。
報告する気になったのであろう。脳内の記憶を再確認し始めた。
「今から、ご報告いたします」
—---
勇者ミーナは、たった1人でオーズ砦に侵入してきました。
パーティーは組まず、たった1人で、です。
彼女の実力はそれほど高くありませんでした。
砦を攻めている感じでは、オーズに敗れるのは明白でした。
勇者ミーナの使う剣術はミラリスと同じミスア流剣術を使っておりました。
もっとも、ミラリスと比べてスピードもキレも弱く、砦の守護者を倒すのがやっと。
オーズ様との戦いでは、前半は互角でしたが、徐々に勇者ミーナの体力が減っていき、オーズ様に追い詰められていきました。
そのとき、勇者ミーナがオーズ様に聞いたのです。
「オーズ…だっけ?もうやめよう。これ以上は駄目。こんなに追い詰められたら、もう、抑えられなくなる」
「何を言ってる!追い詰められているくせに、命乞いか?」
「違うの!違う…殺されたくなかったら、もうやめて…」
こんな命乞いがありましょうか。
追い詰められている側が、殺されたくなかったら戦いをやめろと。
勇者ミーナの動きを見ても、技のキレを見ても、どう考えてもオーズ様の方が実力が上。
オーズ様の圧勝でした。
「バカめ。死ね!」
オーズ様が破壊鉄球をミーナに振り下ろしました。
速度、軌道、どう考えても止めを刺せる攻撃でした。
しかし、
「もう…ダメ…!この…バカー!」
勇者ミーナが叫んだと思ったら、鉄球が真っ二つに割れました。
オーズ様が本気で振り下ろした鉄球が、です。
勇者ミーナは、右手に持っていた剣をいつの間にか鞘に納めており、代わりに左手に斧を持っておりました。
「オーズ……随分と生意気になったじゃん」
ミーナが立っていた場所に、魔族がおりました。
2本の角、白い肌、牙だらけの歯を持つ、メス魔族。
人間によく似たその姿。私はもちろん、オーズ様も見覚えがありました。
「デ、デスメロディ…様…?」
「おーずぅー?元気だった?」
言うなり、メス魔族は鉄球に斧を振り下ろしました。
真っ二つだった球が木端微塵に吹き飛びました。
殺戮斧術…『爆撃』。
お姿、技、間違いなくデスメロディ様でした。
「何故あなたがここに…いや、勇者ミーナはどこに…?」
「あ~?あんた、知らなかったんだ」
デスメロディ様はくすくすと笑いながら、斧刃の部分でオーズ様の頬を撫でました。
「あたしが、ミーナだってこと」
「デスメロディ様が…勇者ミーナ…?」
「なに、ホントに知らなかったの。魔王、伝えてなかったんだ」
「魔王様が?何をでしょうか?」
「あー…知らなくていいよ。オーズは今から死ぬんだから」
デスメロディ様は、唇を舌でなめずりました。
「ど、どういうことでしょうか?」
「だって、あんたの目的は勇者を殺すことでしょ?あたしを殺ろうってんだから、殺られても文句ないよね?」
「そ、そんなことは…それに、私では…」
「あたしに勝てない…よね?そーだよねぇ。残念だよねぇ」
デスメロディ様はニヤニヤしながら、斧を地面に置き、跪いた。
「我は執行者デスメロディ。これより、執行を開始する。執行されし者よ、最後の言葉を述べよ」
「お、お待ちください!あなたはデスメロディ様ではないのですか?ミーナなのですか?」
「最後の問いに答える。半分正解、半分不正解。あたしはあたし。デスメロディだよ。そして、ミーナでもある。これで満足かな?」
「どういうことですか!?」
「質問なんかしてていいの~?反撃しないと死ぬよ~?」
デスメロディ様はニヤニヤしたまま、斧を肩に載せ、オーズ様に歩み寄る。
殺気と、無邪気さに満ちた雰囲気を感じました。
オーズ様は背中に背負ったもう1つの鉄球を取り出し、デスメロディ様に襲い掛かりました。
その後は…デスメロディ様の目が赤く光り…
—---
「次の瞬間、オーズ様はズタズタになりました」
「殺戮斧術…百裂殺陣か…」
「私はデスメロディ様の執行を拝見したことはありませんが、おそらくあれが執行奥義なのだろうと思いました」
執行者は人間の世界に侵入し、対象となる人間のみを殺害する必要がある。
それこそが、執行奥義…
特にデスメロディは、ガストールが得意としていた殺戮斧術を学び、マスターしておる。
その斧から繰り出される技は、まさに必殺。
「して、オーズが死んだ後、デスメロディはどうなったのだ?」
「そこからが問題でした。デスメロディ様は運動が足りないと、オーズ砦のモンスターを片っ端から殺害し始めました。あまりの惨劇に、居ても立っても居られず、私はデスメロディ様の前に立ちました」
「お主が?」
「そして『これ以上はおやめください、でなければ私がお相手します』と申しました。デスメロディ様はニヤニヤしながら、こうおっしゃいました。『シャイン、いいの~?あんた、魔王の命令を守れなくなるよ~』と」
「だが、お主は今、我の前におる」
「はい。デスメロディ様と戦うことになり、私は必死に戦いました。あまりに必死で、そのときの記憶はほとんどありません。唯一覚えているのは、デスメロディ様がニヤニヤと楽しそうに戦っていたこと。それも、かなり手加減して戦っていたことだけです。気がつけば、デスメロディ様はいなくなり、勇者ミーナに戻っておりました」
シャインはオーズの部下として副官を勤めておったが、実力はオーズよりも遥かに上である。
ビレアでの戦闘を確実に我に報告するために、副官はかなりの実力者を配置しているのだ。
それこそ、四天王の上位に匹敵するだけの力を持つ者を、各四天王の副官として配置しておる。
だからこそ、デスメロディは満足したのであろうか?
いや、わからぬ。何かのきっかけで、ミーナとデスメロディは入れ替わるようだが、その原因を推測するには情報が足りぬ。
「報告は以上です」
シャインは再び跪いた。
「報告、ご苦労であった」
ミーナがデスメロディになる。だから1人旅をしていたのであろうか?
もし人間とパーティーを組み、戦いの中でデスメロディになろうものなら、パーティーメンバーを襲うことも容易に想像がつく。
いずれにせよ、デスメロディであれば、我を殺すこともできるかもしれぬ。
できるかもしれぬが、それでよいのであろうか?
ドラマチックでなければ、またやり直しになってしまう。
今後どうするか、少し考えねばならぬようだ。
ふむ、今日はこんなものかな。
誰とも知れぬ者よ、また機会があれば聞くがよい。
それではな、何者かよ。