独白3 最初の勇者
宇宙にいる何者かへこのメッセージを送る。
我が名は魔王ヨクラトール。神によって生み出され、惑星テアトロンの支配者である。
前回、ガストールの話をしたが、今からガストールが我の所に来ることになっておる。
余興として丁度よいであろうから、ボトルメールの魔法を起動して共有してみようかと。
ガストールか…
元魔王軍統括、四天王のトップにして我の右腕。
勇者ミラリスとの戦いで右腕を失い、今では四天王を退いてアドバイザーとして何やら熱心に魔王軍の強化に勤めておる。
ミラリスはガストールを倒した時にとどめは刺さなかった。
何やら二人の間でやり取りがあった…という報告は聞いておるが、詳細な内容は知らぬ。
四天王を退いたのも、そのやり取りとやらが関係しておるのだろうが…
「失礼します」
ふむ、来たか。
ガストールが余の前に跪いた。
「久しいな。ガストール」
「魔王様、お時間をいただきありがとうございます」
「よい。ふむ、右腕は再生させておらぬのだな」
「今は、戒めとして残しております」
我が生み出した者達は、傷を負っても治療を施せば外傷を回復させられる。
しかし、ガストールにとってミラリスに敗北したことは余程のことだったのであろう。ガストールが敗北するなど、我が見る限り初めてのことであったからな。
「まあよい。気が済んだときに再生させればよかろう。利き腕は左であるしな」
「無様でお恥ずかしい限りです。以前もお伝えした通り、このままで問題ございません」
「いや、無粋な話をした。で、何用だ?」
「新しい勇者の報告です」
我は人間の王からも報告を受けておるが、魔王軍からも報告を受けるようにしておる。
本来は四天王のトップが報告する義務があるのだが…今回はやむを得んかもしれぬ。
「何故、四天王を退いたガストールが来たのだ。本来は四天王トップのデミデスタの役割ではないか?」
「その理由は…魔王様が一番よくわかっているかと」
ガストールは古より我の右腕。
人間の王に通じていることなど当然知っておる。
「お主も知っての通り、今回の勇者はミラリスの妹、ミーナであるらしい」
「デスメロディが…本当なのですか?」
「我がお主に嘘を言わぬのは理解しておろう。その上で、そう思う気持ちは理解できる」
デスメロディとは、ミラリスの妹、ミーナの別の名である。
ミーナは我が住処からさらい、魔法で魔族に変化させ、部下としてミラリスと戦わせたことがあるのだ。
そして、その時に名乗らせていたのがデスメロディという名。そして、そのデスメロディの教育係だったのが…
「あいつは戦いに身を投じないよう、ミラリスから説得されて故郷のビレアに戻ったはずですが…」
「何があったかは我にもわからぬ。ただ、ミーナが勇者として旅立った。これは事実であるらしい」
「デスメロディ…一体何が…」
「気になるなら、会ってみればよいではないか」
「いえ、流石にそれは…今はまだ…」
「ふむ、それはお主が好きにすればよい。で…ガストールよ。お主、何か言いたいことがあって来たのではないか?」
「そうでした」
そう言って、ガストールは手に持っている剣を我に差し出した。
「それは、ミラリスが使っていたものだな」
「英雄の剣…とミラリスは言っていました。神より賜りし剣と」
「で、デスメロディに…いや、勇者ミーナに、それを渡したい…と?」
「もちろん、今、渡す訳にはいかないことは理解しております。ですが、この剣だけは、デスメロディに返してやりたいのです」
英雄の剣…か。
ミーナが我を討つのであれば、この剣は理想的。
あと一歩で魔王に倒された勇者の妹が、兄の形見で仇を討つというのはなかなかよい。
だが…
「回りくどいぞ。早くお主の考えるプランを述べよ」
「はい。これは、私がデスメロディと戦って、負けたら渡そうかと思うのです」
「お主が…デスメロディと戦えるのか?」
「問題ございません。私に負けるようでは、魔王様にも殺されますから」
「勇者ミーナが、お主と戦えるのか?というも懸念ではあるが」
「それは大丈夫でしょう。いや、むしろ、容赦なく襲い掛かってくるかと」
「あやつがそこを躊躇するとは思えんな。よかろう」
「ありがとうございます」
「で、どのタイミングで戦うつもりなのだ?」
「英雄の剣を渡すとなれば…デミデスタが敗北した後になるかと」
「我との戦いの前に、実力や覚悟を試すと」
「はい。ミラリスは最後まで妹が戦わないで済む世界を求めておりましたので」
そう言うと、ガストールは立ち上がった。
「では、失礼いたします」
「ガストールよ」
「他に何か」
「勇者ミーナに対して、手を抜くでないぞ」
「この私が、それをするとでも?」
「ふむ、愚問であったか。我の右腕としても、元デスメロディの教育係としても、手を抜く理由がなかったな。発言は取り消す。すまなかった」
「いえ、不信はごもっともです。それでは」
ガストール…何をどこまで考えていたのかわからぬが、少なくとも英雄の剣を勇者ミーナに手渡すのはプラスになる。
あの剣は神が創った特別製。あのガストールの右腕を切り裂いた威力があるのだ。
十分に、我を仕留められるだけの威力が出るはずだ。
…ふむ。そうだな。
今日はもう1つくらい、暇つぶしに話をしてやろう。
ガストールも言っておったし、以前ビレアの王と話したときにも言ったかもしれぬが、勇者が旅立つときには極力最低限の施しのみ、という決まりがある。
それは、最初の勇者バイターの旅立ちが影響しておるのだ。
勇者バイター。
配属革命後、ビレアでは最初の勇者となる実力者の育成を行っていた。
その中で、圧倒的な実力を持ち、初代勇者に選抜されたのがバイターであった。
あやつが勇者に選ばれた時、当時のビレア王は旅に不自由しないように出発に際して1万ゴールドを進呈した。ビレアの宿での宿泊費が10ゴールドと言えば、いかに大金か理解できるであろう。
これだけあれば、武器防具の購入、道具の購入、魔法の習得や仲間の賃金、宿代などに困ることなく、魔王城へ進軍できる。
はずであった。
しかし、この日からバイターは毎日酒場へ通い、金で女を買い、毎日堕落した生活を送ることになったのだ。金があやつを狂わせたのであろう。
しかし、これが問題であった。
何度も旅に出ることをバイターに促したのだが、改善はしなかった。
勇者として任命した手前、下手に剝奪したり拘束するのは難しい。そんなことをすれば、今後勇者を目指す者がいなくなる可能性がある。
かといって、始末するわけにもいかぬ。人が人を始末することは人の世界では禁止されておったし、モンスターが町の中に入ることを許してしまうと混乱は必至。
バイターをどうするか?は、我とビレア王の間で悩みの種となっておった。
そこで、執行者制度というものを制定することにした。
人間の王と相談の上、止むを得ないと合意が取れた場合は人間に似せたモンスターを町の中に忍び込ませて、制裁対象を始末する…というものである。
こうして、バイターは初代執行者によって始末された。
以降、この執行者という制度で、何人もの人間を始末することになるのであるが…
ふむ、今日はこんなものかな。
誰とも知れぬ者よ、また機会があれば聞くがよい。
それではな、何者かよ。