第30話「◆仮面が剥がれ、夜が明ける」
今日もよろしくお願いします!
今回はいつものストーリー(^_-)-☆
ストーリーに、どれだけ脂が乗っているか…ぜひ読んで確かめてください(*'ω'*)!
夜が、さらに深くなる。
霧の奥では、どこか遠くで鳥が一声だけ鳴いた。
それを最後に、村を覆う音はすべて井戸の奥へと吸い込まれていった。
グリスは、井戸の縁に片膝をついていた。
額から伝った汗が石の縁に落ちる。夜気に冷やされて、すぐに蒸発した。
空気は澄んでいるのに、肺の奥には重く湿った血の匂いがこびりついている。
背後では護衛たちが円陣を組むように周囲を固めている。
だが、誰も一言も声を出さなかった。
声を出せば、この空気の張り詰めた膜が破れてしまいそうで。
リーアだけが、そっとグリスの背に触れている。
彼女の指先は僅かに冷たく、しかし確かに熱を宿していた。
「……全部、視るつもりなのですか……?」
問いかけは優しいが、微かに声が掠れていた。
グリスが頷くと、リーアの指が小さく震えた。
「……全部、だ。」
短く返す声は低いが、揺るぎなかった。
《クロニクル・ベアラー》
――《断片開示・情景再生》起動。
脳裏を冷たい雷が駆け抜ける。
歯の奥がきしむような、血管が軋むような痛みが、演算負荷の重さを思い出させる。
だが、その痛みすらも今はただの一部だった。
視界の奥で、井戸の底に潜む“黒い核”が脈動する。
封じられた何百もの記憶が、糸のようにグリスの意識に絡みつく。
『……母ちゃん……水……』
『水……飲ませて……』
『喉が、喉が……』
声が、溢れ出す。
老若男女、幼い子供、母親、男衆……。
数え切れない人々の声が、井戸の奥で沸き立つ。
グリスの肩が微かに揺れる。
リーアは黙って、その肩を支え続けた。
彼女の指先が、グリスの背を撫でる。
祈りのように。
黒い核の中の情景が、霧の夜気に滲み出した。
そこに浮かんだのは、かつてのこの村の姿だった。
季節は初夏だったのだろうか。
木々の若葉が青く、子供たちが駆け回る声が高く響いていた。
畑では農具を担ぐ男たちの笑い声。
軒先では年寄りが縁側に腰掛け、子供に芋をふかしてやっている。
『……あの頃は……良かった……』
老婆の震える声が、グリスの鼓膜を震わせた。
『祭りもあった……みんなで……歌って……踊って……』
笑い声が、ゆっくりと別の音に変わっていく。
咳。
苦しそうな、肺を絞り出す咳。
人々の背が曲がり、子供の頬が痩せこける。
祭りの音は遠のき、代わりに井戸を囲む人々の声が広がった。
『……水を……!』
『水さえあれば……病は治る……!』
『井戸が……命だ……!』
だが──
(……水そのものが……核……!)
グリスの意識に、井戸の底で蠢く“真実”が突き刺さる。
疫病の根は、村の唯一の命綱だった。
井戸の水が、全てを蝕んでいたのだ。
『誰が……誰が汚した……?』
『村の外から……誰が……!』
怨嗟の声が波のように頭を叩く。
肺が焼ける。
冷たい汗が背を伝った。
情景は、無数の死を見せる。
井戸の縁に縋ったまま倒れ伏す老人。
喉を掻き毟りながら、口から血を吐く男。
幼子を抱いたまま、家の奥で動かなくなる母親。
『助けて……』
『もう一度……村を……』
その声は、最後の最後で別の存在を呼んだ。
霧の奥から滲むように現れた、影。
それは人の形をしていた。
『──私が、村を救おう。』
黒い核の奥で、村長の影が微笑んだ。
『死者の声を繋ぎ合わせ、この井戸を核に、村を器に戻そう。』
それは、救済だったのか。
それとも、さらなる呪いだったのか。
人々の死は村を縫い合わせ、生き残った者は媒体として縫い付けられた。
この村は一度滅び、再び息を吹き返した。
だが、その実態は“生贄の村”──
村人たちの魂は核に縛られ、死と生の狭間で喉の渇きを叫び続けていた。
『……喉が渇く……』
『……渇く……渇く……』
『水を……』
グリスの指が、井戸の縁を握りしめた。
爪が石を軋ませる。
肩に乗ったシロモフが、弱々しく声を漏らす。
「モフ……苦しいモフ……。こんなに渇いて……。」
護衛たちは声を失い、顔を強張らせていた。
息を詰め、刃を握る手だけが微かに震えている。
リーアだけが、グリスの隣で瞳を閉じた。
「……全てを知れば、楽になるのでしょうか……。」
静かに落とされた問いが、夜気に溶けた。
グリスは答えられなかった。
『……楽しかった……』
『もう一度……生きたかった……』
断片の情景が最後の核に滲む。
かつて子供だった少年の姿。
小さな手で太鼓を叩き、祭りの輪の中で無邪気に笑っていた。
あの時の笑い声が、渦の中心に取り残されていた。
そして──
黒い水面の奥から、二つの影が浮かび上がる。
《バルク・ムキムキ》
《オババ・ハイテンション》
村を守ってきたはずの巨漢と老婆。
彼らもまた、この村を繋ぐ“要石”として魂を縫い付けられていた。
『……おまえ……誰だい……?』
オババの声が掠れて響く。
『わしゃ……誰だ……? 村を……守らねば……』
バルクの低い声が、咳のように漏れる。
(……この二人が……)
グリスの演算窓に、井戸の奥の構造が浮かび上がる。
無数の封印式が絡み合い、死者の記憶を媒介に村を支えている。
バルクとオババは、その封印を留める《要石》だった。
だからこそ、二人の魂はずっと“ここ”に留められていたのだ。
「……くそっ……!」
頭の奥が軋む。
呼吸が荒い。
だが、演算は止められない。
リーアが背を支える腕に力を込めた。
「……グリス様、もう……十分です。」
その声には、優しさと、命を削る演算を止めたいという必死さが滲んでいた。
グリスは、かすかに笑う。
「……まだだ……まだ……終われない……!」
指先から放たれた《記録の糸》が、井戸の底へ降りていく。
核の奥で、村人たちの声が最後の嘆きを漏らした。
『……水を……』
『もう一度……』
『……もう……渇かない……?』
霧の奥で、村長の影が形を結ぶ。
輪郭は歪み、無数の顔が重なり合っている。
『──また余計な詮索を……。』
水面が黒く泡立つ。
『お前たちが、これを止められるとでも?』
護衛たちが剣を構える。
剣先の光が、恐怖を誤魔化すかのように白く鋭く揺れる。
だが、リーアだけは静かだった。
その瞳は迷わず、刃を構えた姿勢に一点の揺れもない。
「……グリス様。」
彼女の声は穏やかだった。
「貴方の手で……この村の渇きを終わらせてください。」
夜気の奥で、村長の声が嗤う。
『できるものか……この村は既に“器”として完成している……!』
『喉の渇きは永遠だ……! 声は永遠だ……!』
『滅びてなお、我らは……!』
グリスは拳を握った。
(終わらせる……。)
『ありがとう……』
小さな声がした。
あの祭りの輪の中で笑っていた少年の声だ。
『……もう……渇かない……?』
グリスの目が赤く光った。
背中で、クロニクルが低く唸りをあげる。
【クロニクル・ベアラー】
――《断片固定・浄化終幕》起動。
演算の光が、井戸の奥の封印を貫いた。
封じられた無数の声が、波のように夜空へ昇っていく。
黒い核が軋む。
バルクとオババの影が、微かに笑った気がした。
『……よく、やった……の……』
『……もう、踊らんで……いいんだね……』
水面が割れ、霧が泣くように澄んでいく。
護衛たちが息を呑んだ。
夜が、ほんの少しだけ明けていく気配があった。
グリスは膝をつき、リーアの腕に支えられながら、ゆっくりと目を閉じた。
渇きの嘘が、ようやく終わったのだと。
小さな子供の笑い声が、最後に夜の奥で風に乗って消えていった。
──次回、村長、オババ、バルクの贖罪──。
第31話「◆渇きの村、最後の滴と魔導書に刻まれた光」へつづく
どうも、お世話様でございます!
焼豚の神でございます。
村全体の謎を解く回も面白いものですな~( ^)o(^ )♬
書いてみると(^_-)-☆
今日も筆のノリが絶好調だからもう数本エピソードを投稿するよ!
とりあえず、夕方17時10分にもう1本投稿じゃよ!
もう少しお待ちを。(/・ω・)/
◆グリスの「モフ度」と能力関連設定◆
グリスの能力:「クロニクルベアラー(物語を綴る者)」
→ 他者の記憶・感情・空間の“物語構造”を感知し、世界を“読み解く”力。
→ 使えば使うほど“内側の温度(感情)”が昂ぶり、モフ度が上昇する。
モフ度
- 0~19%:平常
- 20~29%:末端ふわ化
- 30~49%:耳/尻尾ふわ化
- 50%以上:ぬいぐるみ化進行、人格への影響(語尾に“ぷぅ”など)
- 75%以上:上半身下半身がぬいぐるみ化急行、人格への影響(発声NGなど)
- 100%:完全ぬいぐるみ化(意識あり)=“魂を綴る最後の綴り”
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