第13話「◆迷宮ノルテ邸と、綴られし挑戦譚」
今日もよろしくお願いします!
今回はいつものストーリー(^_-)-☆
ストーリーに、どれだけ脂が乗っているか…ぜひ読んで確かめてください(*'ω'*)!
ひやりとした風が背筋を撫でたとき、グリスは思わず足を止めた。
長い廊下を抜けると、眼前に広がるのはノルテ邸の“記憶の回廊”。
先ほどまで閉ざされていた鉄の扉が、まるでグリスたちの訪れを待っていたかのように、音もなく開いていた。
『リイナとレイナへ。君たちが記憶の回廊をクリアすると思っていたよ──
さあ、お母さんと思い出の×✖×✖✖へ』
壁に刻まれた文字を、リイナが低く読み上げる。
「……これが、父様の残した最後の試練?」
リイナの隣で、レイナが怯えたように唇を噛んだ。
姉妹の肩を後ろからそっと押すように、グリスはシロ=モッフを抱え直した。
ふわふわの毛玉──契約精霊シロ=モッフは、いまやグリスと《モフリンク》状態にある。
モフ度がリンクしている分、五感と第六感が研ぎ澄まされ、視界の奥に本来見えないはずの“言葉の残響”がかすかに浮かんでいた。
(──思い出の……何だ?)
×✖×✖✖。
父の残した暗号は、姉妹の記憶とこの迷宮を繋ぐ鍵だ。
グリスは息を吐くと、回廊に足を踏み入れた。
「グリス……大丈夫? 耳、またモフってるよ?」
後ろでシロ=モッフがぴょこんと浮かび上がる。
「……シロモフヤバいかも。ボク、帰る頃には、モフモフの人形になってるかもしれない……。」
「そしたら、オイラと一緒だね!」
「全然フォローになってないっての!!」
リイナが小さく吹き出す。ほんの一瞬、空気が和んだ。
だが、すぐに空間は静謐さを取り戻す。
グリスは足を止め、壁のひび割れ、天井のレリーフ、床の文様を順に観察する。
視界の端で、《クロニクルベアラー》としての感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。
(物語を“読む”……違う、これは……“物語を綴る”のだ)
──この場所に残された“物語の残響”を拾い、真実に編み直す。
モフリンクのせいで感覚が異様に鋭い。シロ=モッフの“癒しの波長”と共鳴し、意識の深部がざわついている。
(思い出の×✖×✖✖……。鍵は二人の記憶……リイナ、レイナ──。)
グリスは姉妹を振り返った。
「リイナ、レイナ……二人にとって“母様”との思い出で、一番残っている場所を思い出して。」
リイナが目を伏せ、レイナの手を取る。
「……庭園? ……それとも温室……?」
「……温室……【エデナ】!」
レイナが小さく呟いた瞬間、グリスの脳裏に、壁の模様が淡く光を放つ幻視が走った。
蔓草の模様が絡み、隠された扉の線が浮かび上がる。
「そこだ。」
指先で壁をなぞると、苔むした部分がひとりでに剥がれ落ち、古い木の扉が姿を現した。
扉の奥からは、遠い春のような土と花の匂いが漂ってくる。
思い出の×✖×✖✖──それは“温室(EDENA)”のことだった。
グリスは扉を開け、姉妹を中へと促す。
中に入ると、朽ち果てた温室の中に、不自然なほど新しい木箱が置かれていた。
(……手紙の匂いがする。)
木箱を開けたとき、確かに古いインクの香りが鼻先をかすめた。
だが、箱には手帳と小箱だけ。手紙本体がない。
(どこだ……?)
グリスは息を殺し、クロニクルベアラーとしての視界を深く潜らせた。
視界が薄く歪み、温室の中に滲む“言葉の残響”が脈打つように浮かび上がる。
ひび割れたタイルの継ぎ目。朽ちた鉢植えの下。
蔓の影、朽木の割れ目──残響が点滅するように光る。
(この温室は“母君との思い出”。父様は“誰にも壊されない場所”に手紙を残した……。)
グリスの脳裏に、リイナの記憶から流れた子供時代の映像が滲む。
春の朝、母マルグリットに手を引かれてこの温室を歩く姉妹。
その小さな影の傍に、確かに古い石造りの花台があった。
(……花台?)
視界に浮かぶ。蔓が絡むその花台の足元だけ、床のタイルが微かに色を違えている。
何十年も陽を浴び続けたはずなのに、そこだけ新しい。
(間違いない──あそこだ。)
グリスは無言で花台に近づき、しゃがみ込む。
「グリス……?」
リイナが小さく声をかけるが、グリスは応えず、花台の縁をそっと撫でた。
ふと、指先に感触が返ってくる。ほんのわずかに浮いている石板。
(仕掛けだ。)
静かに押し、引き、角度を探る。
コツ、と小さな音がして、石板が僅かにずれた。
内部の隙間から覗いたのは、油紙に包まれた何か──
グリスは慎重に取り出し、その油紙をほどく。
古びた羊皮紙の封筒。封蝋にはノルテ家の刻印。
『──継ぐ者へ』
封筒の裏には、そう殴り書きのように記されていた。
「……これだ。」
グリスの声に、リイナとレイナの息が止まる。
「お父様が……!」
「……見つけたんだね、グリス。」
シロ=モッフが肩の上で小さく跳ねた。
「モフリンク、最強モフ〜……。」
「そういうのは後で言え。」
小箱の中の手帳と手紙が入っているであろう新たな小箱を見つけた一行は、各々グリスは手帳を、レイテ家の面々は手紙の小箱をそれぞれ受け取っていた。
グリスは、手記の封蝋を指先でなぞると、インクの匂いがふわりと鼻をかすめる。
まるで“彼の声”が最後に囁くかのように、グリスの鼓膜に微かな言葉が滲んだ。
『思い出を継ぐ者へ──
この物語を君が綴るなら、私の記憶は永遠になる』
クロニクルベアラーとしての鼓動が、胸の奥で高鳴った。
その表面には、また文字が彫られている。
『思い出は記憶を越えて残る。
そして、継ぐ者にのみ開かれる。』
「……父様……」
グリスは、姉妹の視線を感じつつ、じっと目を閉じた。
視界の裏で、無数の断片が結びついていく。
温室の空気。土の湿り気。父が残した言葉。母マルグリットの沈黙──
すべての点が、ひとつの線となって繋がっていく。
(……父は、母に託したのだ。最後の鍵を。)
「グリス……これ、読んでもいいの?」
リイナの問いに、グリスは小さく笑った。
「君たちが読んで綴っていくんだ。君たちにしか、開けられない。」
姉妹が顔を見合わせ、木箱の蓋をゆっくりと持ち上げる。
中から現れたのは、一冊の古びた手帳と、封のされた小箱。
手帳の表紙には、父の筆跡で“クロニクルベアラーへ”と記されていた。
「……グリス?」
レイナが不安げにグリスを振り返る。
グリスはそっと手帳を受け取り、ページをめくる。
開かれたページに滲む言葉が、まるで生き物のように視界の奥でうごめいた。
『継ぐ者へ──
私の物語を紡ぐのは、血縁にあらず。
想いを綴り、物語を継ぐ者に託す。』
グリスの心臓が跳ねる。
(……俺に……?)
ページをめくる指先が微かに震えた。
シロ=モッフが、ふわりと耳元で囁く。
「グリス……リンクが、深まってるモフ……」
クロニクルベアラーの力が、血の中を駆け巡った。
温室の空気がゆらぎ、視界の奥で父の残響が語りかけてくる。
『思い出は消えない。
誰かが紡ぐ限り、形を変えて生き続ける。
お前が、その物語を──』
「……やめて……っ」
不意に低い声が響いた。
温室の奥、いつの間にか立っていたのは、リイナとレイナの母──マルグリット侯爵夫人。
彼女の瞳は、泣いているのか笑っているのか分からないほど深く静かだった。
「貴方が……クロニクルベアラー……。やはり、貴方だったのですね。」
グリスは黙って手帳を閉じた。
マルグリットは近づき、グリスの前で膝を折るように頭を垂れた。
「この屋敷の物語を綴る者よ……貴方に、この家を、私たちを導いてはもらえませんか。」
リイナもレイナも、驚きで声を失っている。
グリスはそっと目を伏せた。
「……マルグリット様。俺は……ただの平民です。物語を拾い、届けるだけの存在です。」
マルグリットが顔を上げた。滲んだ瞳に、何かを失いかけた人間の寂しさが宿っている。
「平民……? 貴方ほどの者が?」
グリスはふっと笑った。
「だからこそ、綴れる物語があるんです。」
木箱の中の封をされた小箱を、姉妹に手渡す。
「開けるのは、君たちだ。物語の続きを綴るのは、君たちだから。」
温室に、やわらかな夜風が吹き込む。
シロ=モッフが肩にちょこんと乗って囁いた。
「……グリス、帰る頃には本当にモフモフの人形になってるモフ?」
「……なったら……撫でやすくなるだろ?」
「それなら、オイラずっとそばにいるモフ。」
遠くで、姉妹が小箱の封を切ったとき、ひときわ強い月光が温室を満たした。
誰もが黙ったまま、その光景を見つめていた。
綴られた物語が、新たな章を刻む音がした。
第14話「◆綴られし手紙◆──レイテ家元当主、最後の言葉」へつづく
どうも、お世話様でございます!
焼豚の神でございます。
謎解きも面白いものですな~( ^)o(^ )♬
書いてみると(^_-)-☆
◆グリスの「モフ度」と能力関連設定◆
グリスの能力:「クロニクルベアラー(物語を綴る者)」
→ 他者の記憶・感情・空間の“物語構造”を感知し、世界を“読み解く”力。
→ 使えば使うほど“内側の温度(感情)”が昂ぶり、モフ度が上昇する。
モフ度
- 0~19%:平常
- 20~29%:末端ふわ化
- 30~49%:耳/尻尾ふわ化
- 50%以上:ぬいぐるみ化進行、人格への影響(語尾に“ぷぅ”など)
- 75%以上:上半身下半身がぬいぐるみ化急行、人格への影響(発声NGなど)
- 100%:完全ぬいぐるみ化(意識あり)=“魂を綴る最後の綴り”
良ければ、感想・ブクマ・お気に入り、おかわり自由でお待ちしてます!
あと、今日は話の展開で同時に投稿した方が良かったので、もう1本投稿しています。
是非、次のお話「第14話 ◆綴られし手紙◆──レイテ家元当主、最後の言葉」も合わせてお楽しみください!('◇')ゞ




