第10話 「パンで出るか、パンが導くか――風車のリボン」
おはようございます!
よろしくお願いします!('◇')ゞ
――牢屋の灯りが、いつの間にか朝の光に溶けていた。
前回の騒ぎ(=パンの焦げ目が地図だった件)から一夜、歪んだ笑いと妙な緊張が混ざったまま、グリスたちの小さな作戦会議は続いていた。
「……で、要するにこれを並べると地図になるってことだよな?」
グリスは、焼き跡がついたパンのかけらを手に取ると、慎重に並べ替えてみる。シロ=モッフは尻尾をピョコピョコさせながら隣で手伝う。
机に並んだパンの焦げ目が、ふしぎなことに線でつながり、ぽつりぽつりと「地形」を形づくり始める。焦げの濃淡が、道筋や丘、古い風車の輪郭のように見える。
取り調べ官――前夜は大根を持っていた(謎)あの男は、案の定まだ腕組みのまま。だが昨晩の彼のあからさまな“本気モード”は嘘ではなく、今や顔は真剣そのものだ。
隣のパン屋のおばばは、目を細めてパンの縁を手の甲でなでている。
大法官ガレオン――偉い人――は、相変わらずそんなふしぎな空気に似合わない厳格な顔つきで、だがその手には例のパンの半切れが握られていた。
「よし」ガレオンは低く言った。「この“パン地図”は、古い巡礼路の一部を示しておる。風車の丘――まずはそこだ。杭が三本立つ古い井戸のそばだと書いてある」
グリスは、まだパンの油で指がぺたぺたするのを気にしながらも、胸が跳ねるのを感じた。仲間の手がかり――第一歩だ。
ガレオンは、役人としての権力を使って、——と言っても形式的な「一時外出許可」を出す。
牢屋の規則を捻じ曲げるのに必要なのは権力ではなく、ガレオンの「パンを残せ」という一声で、門番一同の機嫌がよくなるということだった。つまり、朝ごはんのパンを残さないと偉い人が怒る。それだけで門番は機嫌を直し、うやうやしく鍵を外す。ああ、世の中はパンでできている。
(説明:ここでの“外出許可”は正式な釈放ではない。ガレオンが手配した“監視付きの外出”で、護衛の門番が二名、同行する。表向きは取り調べ継続の名目だが、実質は地図の示す場所までの“調査同行”である。これは彼が事情を把握した上で、事を見極めたいと思ったための配慮でもある。)
シロ=モッフは出発前に、パンの端っこを指さして小声で言う。
「グリス、移動中はパンを守るんだぞ。放っておくと食われる」
「わかってるよ、相棒。パンは……パンは我らの命綱だ」
グリスが真顔で言うと、門番が小さく笑う。全員、妙に気持ちのよい連帯感を覚えた。
この世界の一部地域には、かつて“パン職人の秘術”が伝えられていた。生地の切り込み方、焼き色の付け方、成形の際の押し具合――これら微細な作業が焦げ目という“文字”を作る。焼きあがった後、複数のパンを並べて初めて一つの図形や文章を成す「分割地図」の技法だ。
古い取引や逃亡経路、隠し場所などを伝えるために、目立たず情報を流す手段として用いられたのである。パン屋のおばばの一族は、その数少ない伝承の継承者だった。
道中はコメディの連続であった。
護衛の門番たちは、移動中もパンの香りに誘われて度々立ち止まり、ガレオンが「残せ」と小声で釘を刺すたびに慌てて手を引っ込める。ガレオンは何事もなかったかのようにパンの一角をかじり、満足そうに表情を崩す。護衛たちはそれを見て一瞬で信仰心にも似た尊敬を抱く。これが「偉い人がパンを食べるだけで町の秩序が回る」という魔法だ。
グリスは内心で「こんなことで済んでいいのか」と呆れつつも、パンの地図に導かれて歩を進めた。モッフは風に合わせて小さく歌う:
「パンよ、パンよ、真実の道示せ――モフの鼻は正義の味方!」
呼吸が合うと、齧られかけのパンでも十分に励みになった。
丘に向かう道は思ったより短く、やがて風車の白い羽根が空に黒い影を作り始める。パン地図の示す場所は、風車の根元の、朽ちかけた柵と三つの杭のある“古い井戸”のそばだった。そこに着いた一行は、パンの焦げ目を指差しながら位置を確認する。
「――ここだ」おばばが言う。手慣れた指で草むらをかき分けると、そこに小さな布切れが、ひっかかっていた。淡いクリーム色のリボン。端には銀色の小さな星形の刺繍が縫い付けてある。
グリスの体が、ふっと静止する。記憶は失われているはずだが、胸の奥を何かが引っ張る。
「それ……リーアの家紋だ」ガレオンが淡々と言った。誰もがその言葉の重みに黙る。おばばは目を細め、小さな手でリボンをそっと拾い上げる。
(リーアは“名門リーア家”の令嬢で、家紋は小さな星の刺繍を用いることで知られている。日常的に使う小物にも同じ紋様が入れられており、外見的な特徴として識別しやすい。※詳しくは過去のエピソードを参照してみてね!)
リボンには薄く、赤い染みが付いていた。たいした量ではないが、戦闘や混乱があったことを示すには十分だった。近くには、剣が引きずられた跡のような引っかき傷と、何本かの足跡が土に残っている。足跡は二つの方向に分かれて消えていた――一方は町の方向へ、もう一方は森の方向へ。
グリスはそのリボンを握りしめた。拳の中の布片は小さいが、心に灯る火は大きかった。
「リーアがここを通ったのは確かだ」モッフが小さな声で言う。
「そして――まだ誰かが近くにいるかもしれない」ガレオンが付け加える。
風車の丘の風は冷たく、リボンはそっと震える。道の分岐は、仲間を捜すための二つの“選択肢”を意味していた。町へ戻れば何か手がかりを得られるかもしれない。森へ向かえば危険が増すが直接的な接触のチャンスがある。
グリスは胸の中で、静かに誓った。
「どっちにしても行く。何があっても、俺は仲間のもとへ行く」
その言葉は、かつて仲間と交わした約束の残響のように柔らかく、しかし確かに強かった。
ガレオンはひとつため息をついてから、手袋を直す。
「ここからは注意だ。護衛は外す。君たちが仲間を見つけるための“実地調査”だ」
一方で、パン屋のおばばはにっこり笑うと、もう一つ小さな丸いパンをそっと差し出した。
「これ、持って行きなさい。夜になると役に立つぞ」
グリスはそのパンを受け取り、ポケットにそっとしまった。
このパンは単なる食料ではない。おばばが作る「合図のパン」には、暗号解読を助ける“焦げ目のパターン”と、小さな魔除けの餡が入っている。後の場面で、これが仲間との合流や追跡の鍵になる可能性が高い――が、今はまだ誰もそれを知らない。
一行は、町方面へ向かう者と、森へ続く道を進む者で短く議論した後、まずは町の方へ向かうことに決めた。そこにリーアの痕跡が残りつつ、同時に町で得られる情報(通報、目撃談、兵の動き)を先に潰す必要がある、とガレオンは判断したのだ。
グリスはリボンを胸に当て、モッフと肩を並べた。風車の羽根が空を切る音が、どこか遠くの太鼓のように聞こえた。
「よし。行くぞ。何度でも、何度でも――」
グリスの声に、モッフが元気よく応える。
「行くぞー! パンとともに!」
――こうして、第一の手がかり(リーアのリボン)は発見された。「町での聞き込み」と「もう一方の道(森)で起こった事象の断片」が交差し、物語はさらに真剣かつおかしな展開へと傾いていく。
第11話「市場での聞き込みコント――証言はパンの耳にあり」へつづく!
PS:補足メモ(物語世界の説明まとめ)
パン暗号:複数のパンの「焦げ目」を合わせることで地図や文が読める古い手法。密偵や隠者が使っていた伝承。見た目はただの食べ物だが、情報伝達手段としては非常に巧妙。
パン屋のおばば:伝承を守る家系の継承者。外見はお茶目だが、彼女の“冗談めいた言動”の裏には深い知識と守るべきものがある。今回のパンは単なる物理的手がかり以上の意味を持っているのかも?
大法官ガレオン:表向きは厳格な偉い人だが、パンに弱い。今回は表沙汰になりにくい情報を掴み、グリスを“協力者”に仕立てることで、物事を静かに動かそうとしている策士でもある。
リーアのリボン:名門家の紋様。物理的な手がかりとして最も確かな証拠。記憶がリセットされている当人にとっても、本能的に「重要だ」と訴えかける力がある。
どうも、お世話様でございます!
焼豚の神でございます。
最後までお読みいただきありがとうございます。('◇')ゞ
物語が現在、狡猾と狡猾が交差しています!
今後も加速度的に物語が進行していきます!
それでは、引き続き物語をお楽しみください!('ω')ノ
これもひとえに読者の皆様のおかげです!
◆グリスの「モフ度」と能力関連設定◆
グリスの能力:「クロニクルベアラー(物語を綴る者)」
→ 他者の記憶・感情・空間の“物語構造”を感知し、世界を“読み解く”力。
→ 使えば使うほど“内側の温度(感情)”が昂ぶり、モフ度が上昇する。
モフ度
- 0~19%:平常
- 20~29%:末端ふわ化
- 30~49%:耳/尻尾ふわ化
- 50%以上:ぬいぐるみ化進行、人格への影響(語尾に“ぷぅ”など)
- 75%以上:上半身下半身がぬいぐるみ化急行、人格への影響(発声が可愛くなるなど)
- 100%:完全ぬいぐるみ化(意識あり)=“魂を綴る最後の綴り”
良ければ、感想・ブクマ・お気に入り、おかわり自由でお待ちしてます!
また、良かったら筆者に別作品である『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』通称:【ナナクラ】も是非、この機会に知って頂けますと幸いです!
それでは、また次話でお会いしましょう~~~(^^♪




