第九章 龍星成る巫
その日は、朝だというのに空は真っ黒で、星が一つだけ浮かんでいた。
羅喉様は夢で見た通り巨大な鬼の姿に変わり……雄叫びを上げた。
それを合図に、「合戦」は始まった。結兎の家の座敷わらし、はちはちとこいこいは、毬を駆使した抜群のコンビネーションを見せて羅喉様の注意を反らす。
「ああ…わやじゃ…!わや…わ………わ……………!………………っ悪 い 子 は い ね が あ あ あ あ あ あ! ! ! ! !」
豪参郎は恐怖の余り何かのスイッチが入ったらしく、外面を被っていた時さながらの動きを見せる。
翔烏は、真っ直ぐに羅喉様の元に向かった。真っ赤な火炎を放射する。対する羅喉様は、真っ青な火炎を口から吐き出した。二つの炎がつばぜり合う。
「我らが、この我らが遊んでやると言っている!本気で楽しませろ!」
「…吹っ掛けたのは…っ…私…でしょおおおおおお!!!」
炎のつばぜり合いは、翔烏が優勢だ。この機を逃すまいと、妖怪達が不意打ちを仕掛ける。
その時、羅喉様の脊髄が伸びた。不意打ちは失敗した。が、
「うおおおおおおおおお!!!!!」
炎のつばぜり合いに、勝った。羅喉様にダメージを与えられた。しかし、ダメージを与えられたにも関わらず、羅喉様は動揺しない。それどころか、
「……ク…ククッ……クハハハハハハ!!」
笑っている、笑っている羅喉様は初めて見た。完全にこの合戦を遊びだと思っているらしい。
「楽しい…楽しいぞ…!それでこそ遊び甲斐がある…!……良い事…教えてやろうか……?我らは……生まれ直す…!真に自由な存在になるのだ……!!」
生まれ直す…!?一体どういう事だ…!?
「もうじき生まれる……来てみろ……彼方まで……!」
羅喉様が顔を向けた先に、空にただ一つ浮かぶ星があった。…まさか…アレが…!?
考える間もなく、巨大な鬼の姿をした羅喉様が…大量に現れた。
「…オイオイ…こりゃあ悪夢だぜェ……。」
心見がぼやく。あの星に…羅喉様がいる。完全に罠だ。しかし、この状況を打破するには、相手の土俵に踏み込むしか無い!
「皆!あの星に羅喉様の本体がいる!聞いたんだ!行ってくる!!」
ケイトに跨がり、あの星目掛けて飛ぶ。宇宙空間でも、魔法で何とかなるはずだ。羅喉様の目的は、「私」と遊ぶ事なのだから。
宇宙空間に、突入した。思った通り、大丈夫だった。そして…「星」の正体も分かった。
蓋をした丼の様な形の…夢で見たそのままの形をした、UFOだった。
「祝福しろ…、我らは漸く『生誕』する…。」
何処からか、羅喉様の声が響いた。
瞬間、UFOの中から溢れ出し、呑み込んで現れたのは…。
黒色の身体に青色の隈取りがあり、円形の模様が刻まれた大きな赤い目を顔と顎の下に一対、小さな目を二対、額に縦に開く大きな一つ目、頭部に青色の四本角が生えている。口は三叉に開き、青い口内に雄しべの様な触手と蛇の様な舌がある。両手は腕や手首が存在せず宙に浮いている。昆虫の足の様な肋骨を持ち、背中には無数の泡と触手が蠢き、先端に光沢のある青色の菱形の物体が付いた百足の様な下半身を持つ有機物と機械が混ざった様な不気味な竜の姿だった。
恐ろしく巨大でおぞましい姿…しかし、ここで尻込みする訳にはいかない。皆を…この星を…守らねばならない!
第二の戦が、再び羅喉様の雄叫びによって始まった。
二人の攻防は続く。攻防の末、どうやら羅喉様の興奮は最高潮に達したらしい……。地球を覆い隠さんばかりの巨大な弾を作り、それを圧縮して放ってきた!その先には地球がある!
「止めろおおおおおおお!!!!!」
翔烏はその弾をバリアで覆って羅喉様に押し返した!
しかし……駄目だった。手応えはあったが致命傷にはならず、更に攻撃を受け……遂に翔烏は力尽きた。
意識が朦朧とする最中、翔烏は思い付いた。
「龍巫と羅喉様の力が同じ物ならば、元は羅喉様の肉体であるケイトと融合する事でより力を引き出せるのでは?」
そう考えた瞬間、
「翔烏!使え!使え!」
ケイトの機械的な声が頭に響いた。
「ケイトは、それで良いの?」
「ケイトは器!注ぐ者そうあれがしと定めるなら!」
翔烏の想いに応える様に、ケイトが輝き始め、翔烏を包み込んだ…まるで、太陽の様な輝きだ。
輝きの中から、ケイトを大きくした様な龍が姿を現した。…翔烏だった。第三の戦が幕を開ける。
戦いの最中、両者は大気圏に突入。その姿は、まるで流星のようだった。
「負けるな!」
「頑張れ!」
「行けー!」
鬼鳴市の人と妖怪の念が、翔烏に流れ込んでいく。戦況は、確実に翔烏の方へ傾いていた。
動きの鈍った羅喉様の隙を付き、翔烏は唱えた。
「電光石火!!!」
…羅喉様の肉体は消滅し、元々の霊の姿に戻った。
落ちていく羅喉様を、翔烏はそっと手で受け止める。そして…自らの魔力を使い、二つ目のお祓い棒を作り出した。
「…ケイト、本当にこれで良いんだね?」
「良いよ!」
翔烏はふうっと息を吐いた。
「あんたにずっと借りてたものを返す。だから、もうぐずらないで。」
「あんたは自分が何をしたのか分かってない。誰かが分かるようにしないといけなかったのに。だから龍巫として、友達として、私がこれから教えるよ。だから、あんたはいらない子なんかじゃないよ。」
その言葉を聞いた羅喉様の目には、涙が浮かんでいた。瞳孔が開いている為、嬉し泣きだ。
翔烏は自身とケイトを分離させ、羅喉様と融合させた。
翔烏は、そこで意識を失った。全ての魔力を使い果たしたのだ。
しかし、ケイトと羅喉群憤餓主が融合した物……卵が、第二のお祓い棒で力を発揮して球状のバリアを作り出した。二人は共に鬼鳴市に帰還した。
翔烏達の戦いは終わった。
「もうすぐ、もうすぐですわ!」
「あっ!生まれた!可愛い!」
「おー、間違いなく尻尾に付いてんな、力を封じ込める輪っか。流石一分、やるときゃやるなァ」
「お誕生日おめでとう!あんたの名前は…『チケプ』だよ。」
かつて呪われた存在だったもの、チケプは、今日初めて祝福を受けた。
「…プケ」
感謝の意を示すかの様に、翔烏にすり寄る。姿は、どことなくケイトに似ていた。
「プケプケ!」
チケプの声だ、他の者は分からなかったようだが、翔烏には意味を理解出来た。
「うん…!全部教えるからね…!」
羅喉群憤餓主が犯した罪は、消える訳ではない。しかし、罪を意識して受け止め、前に進む事は出来る。
二人と仲間達は、これからも進んでいく。
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昔々、白い髪と赤い瞳を持った龍巫がいました。
羅喉群憤餓主はその龍巫を愛していました。愛するあまりに他の全てを滅ぼそうとしました。
龍巫は仲間達と共に羅喉群憤餓主と立ち向かいましたが、あと一歩のところで敵いません。
最早滅びるのを待つだけかと思われたその時、継辰が龍巫の祈りに応え、龍巫は白龍の姿になりました。龍巫は第二のお祓い棒を作り出し、羅喉群憤餓主を、生まれ変わらせました。
二人は本当の友達となり、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
(「続・龍巫草子」現代語訳)