第八章 百鬼夜行
昔々、途方もない昔から、この星には「この世」と「あの世」という物がありました。
あの世は死んだ者が行く場所で、そこで妖怪に生まれ変わり、妖怪としての生涯を終えた時、この世で別の生命へと生まれ変わるのです。
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心見に連れてこられた場所は、どこかの部屋の鏡の前だった。
「ここは空洋市の稲荷神社の中だァ、鬼鳴市の隣町だなァ。」
隣町、一体ここで何をするつもりなのだろうか?
「この鏡な、あの世に繋がってんだよォ。辰灯神社の本殿の鏡もそうだなァ。」
あの世への、入り口!?辰灯神社にも同じ様なものがあったのは初耳だ。
おそらく羅喉様の記憶で見た「円盤」が、その鏡だったのだろう。
「『鬼鳴市のあの世』は壊されちまったからな…鬼鳴様になァ。」
「心見、『鬼鳴市のあの世』ってどういう事?」
「あの世もなァ、国や地域ごとに別れてんだよ。さ、とっとと鏡に飛び込むぞ!」
心見に言われるがまま、翔烏も鏡に飛び込んだ。
目に映った光景に、息を呑んだ。飛び込んだ先には、大きな虹がかかった黄色い空が広がっていた。
美しい光景に思わず呆けていると、
「おい!ポアッとしてる場合じゃねェ!行くぞ!」
ボフッ、と視界が煙に包まれた。そうだ、呆けている場合ではなかった。
今度は、何処かの渡り廊下が目の前に広がった。
「ここで、何をするの?」
「言ったろォ?俺顔広いって。あの世のトップに話をつけんだよ。」
あの世のトップ…一体どんな人なのだろうか?
「人じゃねェ、神様だ!それも、イザナミだぞォ!」
イザナミ…聞いた事がある!イザナミノミコト…黄泉の国を支配しているという神様だ。
「ま、正確には126代目のイザナミ、だけどな。選挙で選んでっからさ。」
翔烏はあの世にも選挙がある事に驚いたと同時に、イザナミノミコトそのものに会えない事に少しがっかりした。
歩いている内に、扉にたどり着いた。心見が扉を開け、
「おーい一分ー!いるかァー!?」
と声を張り上げた。すると、小人の姿をした者が甲高い声で、
「だから!今の我はイザナミだと言っておろう!!」
と返した。この小さな神様が、イザナミ…イメージと違っていて、翔烏はまた少しがっかりした。
「ん?心見。そこなおなごは誰ぞ?」
「なんだよ知らねェのかァ?このお方こそ禍煙をちぎっては投げちぎっては投げる!猛る陽の龍巫様!辰灯 翔烏だ!!」
「し、知っておるそのぐらい!ちょっと確認しただけだ!それで何故我を訪ねて来た?我も暇ではないのだぞ。外交とかで…。」
あの世にも外交が存在するのか、選挙といい外交といい…翔烏はなんだかあの世が生々しく思えてきた。
「いやさ、ちょっと7日後にこの世で合戦すっからよ、妖怪材が欲しくてよ。」
「合戦?どういう事だ?」
「あ、えっと…羅喉群憤餓主を倒すのに、人手…妖怪手が足りないんです。力を貸して貰えませんか?」
心見の発言の後に翔烏が続いた後、イザナミの顔が、凍った様に固まってしまった。すると次の瞬間、
「なんだとおおおおおおおおお!!!?!??」
「お前…まさか忘れたのかァ?鬼鳴様の復活……。こないだ俺が直々に伝えただろォ……。」
心見が眉間にしわを寄せながら聞いた。
「言っただろう我は忙しいと!あの羅喉群憤餓主が!?鬼鳴市のあの世を破壊した!?あっ、ああ!どうしよう!どうしよう!どうする!どうする!どうにか!どうにかしなければならん!!どうにかするのだ!!!我は、イザナミだぞ!!!!!」
「あーあ……こんな奴がイザナミで大丈夫かァ…?あの世。」
呆れ気味に、心見は呟いた。
「……ふーっ…。その話は真か?」
イザナミは一通り騒いで落ち着きを取り戻した。
「本当です。お願いします!世界が…この星が懸かってるんです!どうか力を貸してください!」
「………よし、龍巫の言う事であれば真であろう。そこな覚は冗談ばかり嘯くからな。」
「おいおいそれこそ冗談だぜ。俺はホントの事しか言わねェよ。」
「龍巫よ、お主の願いを聞き入れよう。7日後、鬼鳴市に強者を送る。」
「おい!俺は無視かよ!」
横で心見がいきり立っているが、ひとまず良かった、と翔烏は思った。
「……そうですか、上手くいったのですね。」
「だいたい心見のおかげではあるけどねー。」
あの世から帰ってきた翔烏は、すばるの家に泊まっていた。
すると、コツ、コツと窓を叩く音がした。…こやけがいる。窓を開けると、入ってきた。黄色い瞳を、すばると翔烏に向ける。
「ごきげんよう、辰灯 翔烏。…そしてお久しぶりです、すばる。」
一瞬、誰が喋ったのか分からなかった。…今のは、こやけが喋ったのか?
「こやけ…?」
「長らくそう呼ばれて来ました。しかしワタクシの真の名は、『辰灯 凰景』。」
辰灯 凰景、翔烏のひいおばあさんで、すばるの母の名前だった。
「…薄々、そうではないかと思っていました…。」
すばるが、唇を震わせながら言った。目には涙が浮かんでいる。
「何故ワタシを置いて逝ってしまったのですか!!」
「返す言葉もありません。全てはワタクシの弱さが招いた事……。ワタクシは、心を読む能力に長けていました。…ワタクシは、鬼鳴様の過去も、気持ちも、全て見ました。その重さに……ワタクシは耐えられなかった。」
周囲に、重い沈黙が漂った。
「しかし、ワタクシは辰灯 翔烏、貴方に伝えなければならなかった。ワタクシが見たものを全て。だからこそ、妖怪となって舞い戻ったのです。」
「何故翔烏なのですか!」
「その答えは…辰灯 綺羅、貴方のおばあさんにあります。彼女は占いに長けていた、予知していたのです……羅喉群憤餓主を倒す術が辰灯 翔烏と……ワタクシである事を。ワタクシが見たものを伝える事で、未来は切り開かれると。」
翔烏は、言葉が出なかった。自分が、未来を切り開く…羅喉様の過去を知る事で。羅喉様の過去…確かに見た。おぞましく、そして悲しい…。
「私、確かに知ったよ。でも、それでどうしたら良いの?」
「……そこまでは予知していませんでした。ですが、ワタクシの母上の予知は絶対です。」
綺羅さんへの信頼を感じた。
「……すばる…。今まで寂しい想いをさせて、申し訳ありませんでした。」
「…………。」
すばるは、凰景に似た、黄色い瞳を伏せて考え込んだ。
「……ワタシは、ずっとその言葉を聞きたかったのかもしれません…。」
涙が溢れた顔に、笑顔が浮かんだ。翔烏にとって、初めて見る顔だった。
「…それでは、また会いましょう。翔烏、すばる。」
「あ~さ~!!」
凰景は、こやけは、朝焼けの向こうに飛び去っていった。
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そして、7日が経った。
翔烏に恩義を感じている者、代々の辰灯家との付き合いがある者、知り合いに呼ばれて来た者等様々な妖怪が集まりさながら百鬼夜行状態で、翔烏は最後尾にいる。
最終決戦の火蓋が、切って落とされようとしている。