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第七章 羅喉と継辰

昔々、本当に遠い昔。舒明天皇9年2月(637年)、都の空を巨大な星が雷のような轟音を立てて東から西へ流れました。人々は「流星の音だ」「地雷だ」「これは天狗である。天狗の吠える声が雷に似ているだけだ」と言ったけれども、どれも違いました。

しかし流星というのは、この中で最も正しい表現かもしれません。

流れていく流星の様な物体は、遂に、墜落しました。

……それは巨大で光沢があり、円盤の様な、蓋をした丼の様な形の……機械と言うべき物だったのです。


**********************


初めに理解した事は、自分達が、自分が、生まれ損なった事だった。

声を上げた。誰かに助けてもらいたかった。だが、いくら声を張り上げても、いつまでも、誰も来ない。

うまく動けない。助けて欲しい。誰も来ない。

冷たい。中にいた時とは違う、冷たい水が降ってきた。


しとしと、しとしと

しとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしと

しとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしとしと


冷たい水は、止まった。誰も来なかった。きっと、自分が外から来たからだ。住む世界が違うから、誰も気付かない。仕方がないから、自分で動く事にした。

這って、這いずり回って、透明な円盤の中に入り込んだ。その向こうに広がる世界の地面の下に、生き物の身体を見つけた。中には誰もいない。

この身体に入れば、気付いてもらえるかもしれない。

身体に入ると、身体の情報が分かってきた。これは、人間というらしい。

人間に成れば、気付いてもらえるだろうか。そうであれば、人間に成ろう。

重くて動きづらい身体を引き摺り、人間を探した。もっとこの身体への理解を深めたかった。

歩いていると、様々な色の体毛や瞳が自分の目に入り込んだ。いた、見つけた。人間達が暮らしている場所を。「こんにちは」と声を交わしている。それが挨拶なのだろうか?まだおぼつかない足取りで近付き、自分も「こんにちは」と言った。


「死体が蘇ったぞ!」


「近付くな!あれは人間じゃない!」


何故か人間達は、口々に自分に嫌悪と恐怖を向けた。言葉が、通じていない?ただ話をしたいだけだった。教えて欲しい事があるだけだった。しかし、人間達は理解してはくれない。ただひたすらに、自分を「化け物」だと呼び続け、拒絶した。どうしたら、受け入れてもらえるだろうか?あの手この手を考えて実行するが、やはり拒絶される。

拒絶される度、不快な気持ちが溜まっていった。


ある日、怪我の手当てをしてもらっている人間を見かけた。そうだ、怪我をすれば優しくしてもらえる、この不快な気持ちも消える筈だ。

そう思い、顔に深い傷を作った。血液が流れ出る。が、駄目だった。また拒絶された。何故だ?その人間より、深い傷なのに。理解出来ない。


不快だ、不愉快だ、何故自分は、このような目に合わなければならないのか。何故同じ形をしている筈なのに、拒絶されるのか。不愉快で、仕方がない、自分を受け入れない人間共が憎い…。

………気が付くと、目の前に人間は、一人もいなくなっていた。


自分は、人間には成れなかった。

…ならば「化け物」になろう。人間共の言った通りに。


そうして、今度は化け物との交流を図った。しかし、またしても…


「マビトの村を襲った人間もどきだ!」


「近寄るな化け物!」


化け物からも、拒絶された。化け物というのは、彼らと同類という事ではないのか?自分の疑問に応えてくれる者は、誰一人居なかった。


………気が付くと、色とりどりの世界は、真っ暗で殺風景な場所に変わっていた。僅かな残骸だけが、辺りに転がっていた。


自分は、化け物にも成れなかった。自分はこのまま何者にもなれないのか?自分は…自分は……。


否、違う、そうじゃない。「我ら」は完全な存在なのだ。人間、化け物…「劣等種」共には、我らの素晴らしさが理解出来ないのだ。そうに決まっている……ああ、不快だ。不愉快だ。もういないのに、何故完璧な我らを愚弄し続けるのか。完璧である筈なのに、何故不快な気持ちが消えないのか。不愉快だ、憎い、憎い、憎い、憎い………。


どれほどの年月が経っただろう。そんなものいちいち数えてはいない、我らを蝕み続ける不快感を払う事で精一杯だ。我らは、唯一無二、世界で最も、優れた存在……。


………気が付くと、また色とりどりの世界にいた。あの円盤の外に出てしまった。木のざわめく音、風の感覚、動物の声……全てが我らを拒絶しているような気がした。頭の中が空っぽになり、何も考えられなくなった。無心で歩き続ける、歩いて、歩いて、歩いて……見つけた。人間共と、化け物共が笑いあっている村を。


追い出されると思った。早くここから離れなければ、また追い出されてしまうと思った。違う、違う違う違う、我らは完璧なのだ。特別で優れている…。


…二人の人間と、白い体毛の幼体が楽しそうに話しながら会話している姿が見えた。

あの家族は、前に滅ぼした人間共の生き残りか。

強い怒り、憎しみ、妬み、恨み……それらが膨れ上がるのと同じく、身体がみるみる大きくなっていく、角が生え、尻尾が生え、脊髄が浮き上がり、背中からは黒い泡が立った。……二人の親を食い殺した。白い幼体は、何が起こったか分かっていない様子だった。


幼体も殺してやろうと腕を振り上げた瞬間、化け物に邪魔された。何故どいつもこいつも我らの邪魔をするのか。叫び声を上げる。叫びは煙となって、辺りに散らばっていく。何もかも壊したい。食い尽くしたい。そうすれば、この猛烈な不快感も和らぐだろう。


家に身体を打ち付ける、地面に頭を叩き付ける、喉を掻きむしる、腕を食いちぎる。血は止めどなく流れていくが、そんな事はどうでも良い。劣等種共も、我らの敵ではない。皆、我らの視界から消えれば良い。我らは悪くない、我らの視界に入る劣等種共が悪い。


…なんだ、この気配は。我らと、同じ気配…?…あの白い幼体が…?飲んだのか……!?我らの血を……!?奪うのか…!我らの「器」を!我らの「器」に力を注ぎ楯突こうと言うのか!劣等種風情が!!奪うのか!!我らに何も与えなかった分際で!!!






何もかも、諦めなければならなかった。

否、諦める事が、最善だ。完璧な、我らに、最も、相応しい方法なのだ。

五月蝿い、目障りだ、笑っている、出来損ないの劣等種共が我らを笑っている。五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い。だが、ここにいれば、永遠に完璧なままだ。永遠に、完成された存在でいられる。だから、平気だ。

誰かここに入ってくるかもしれない。今の我らに、この円盤を破壊する力は無い。あの劣等種共のせいだ。だから、見張らなければならない。ここに誰かが入ってきたら、追い出してやる。ズタズタに、ぐちゃぐちゃにしてやる。追い出されるのは、我らではない。この完璧な『部屋』は、完全たる我らにこそ相応しいのだ。我らは、どこも傷付いていない。平気だ。

誰にも頼る必要は無い、守ってもらう必要も無い…何もかも…必要…無い………。







……これが、羅喉様の過去。

壮絶で、とても虚しい。そう思った。


……その時、過去の記憶の中の存在であるはずの羅喉様がこちらを、振り向いた。飛び出しそうな程見開いた目で、見つめている……。


瞬間、翔烏は仰向けで暗い部屋の天井と……羅喉様をみた。夢と同じ様な目付きで見つめている。


「見たのか。」


「見た。」


「見せられたのか。」


多分、と一瞬言いそうになった。駄目だ。この人は曖昧な言い方が好きじゃない。喉まで出てきた言葉を呑み込んで、言った。


「見せられた。」


そう言うとますます落ち着かない様子になった。歯を喰いしばり、執拗に前髪を触り、目はカメレオンの様にキョロキョロと動かし続けている。


「………鳥か。またしても、またしても……我らを愚弄するか………彼奴奴も我らからしょうちゃんを奪うつもりか………。」


「認めない、認めない。我らは、完全で、唯一無二……劣等種共より…遥か、に……。」


「…って事はさっき見た夢、ホントの話なんだね。」


「………認める、だが要らぬ記憶。完璧である我らの傷…酷くおぞましい物…必要無い…忘れろ、今直ぐに。」


「いいやそうはいかない。もしかして私がさっき見た物を理由にあんたと縁切ると思ってるの?あり得ないよ今更。御先祖様から続いてる長い縁だよ?」


羅喉様はそれを聞くと、眉間に考え込んでいる様なしわを寄せ、突然翔烏の手を引っ張った。


……翔烏の目の前に、夢で見た通りの真っ暗な世界が広がった。唯一違うのは…布団やお湯が張られたお風呂、冷蔵庫の様な大きな箱がある事だった。


「………ここが…我らの『部屋』…。あれらは……しょうちゃんに会って…から…作った…。」


「しょうちゃん……理解しただろう…?我らは……同一……なのだ…。」


同一…というのはつまり、龍巫の力と羅喉様の力が同じ、という事だろうか?


「だったらどうして私にこだわるの?他にも辰灯の血を引いている人はいるじゃない。」


「……言ったはずだ…。しょうちゃんは……誰より色濃い者…。その瞳が…示している……。他は全て……紛い物………。」


つまり、自分は羅喉様の特徴を強く受け継いだ突然変異、という事になる。辰三さんは羅喉様の血を飲んで力を得たのだから、そういう事もあり得る…のだろう。多分。


「しょうちゃん…。我らと一つになれ。」


……今、なんて言った?


「一つになって……ここで…永遠に暮らそう………。」


……本当に今なんて言った!?


「一つに…ってどういう事!?それにここで…永遠には暮らせないよ!?いつか死ぬし!」


翔烏は慌てながらなんとか反論しようとするが、効果はあまり無いようだった。


「……生きるも…死ぬも……大して変わらぬ………。その…不便な身体から…解放……されるのだ……悪くない…だろう………断るつもりか…?この…我らの要求を……然らば……滅ぼす……この『星』を…。」


「なんで!?なんでそうなるの!?」


「……我らを受け入れぬしょうちゃんは要らぬ……。無論この部屋も……星ごと消し去る……我らには……その…力がある……。さて…、どうする……?」


どうする…って、これは殆ど脅迫じゃないか!自分が提案を受け入れなかったら、…鬼鳴市どころか地球が終わる!なんだかいきなりスケールが大きい話になってきたぞ……どうする…?どうすれば……!

…そうだ!


「羅喉様!…一緒に遊ばない?」


羅喉様は遊ぶのが好きだ、これに賭けるしかない…!


「……………何をして遊ぶ……?」


よし、食い付いていた!濁った瞳も心なしかいつもより輝いている気がする!


「羅喉様と、私『達』とで合戦するんだよ、私達が勝ったら羅喉様は今後地球を滅ぼさない、誰も傷付けないって約束して。羅喉様が勝ったらその…一つになれって要求…呑むよ。」


無茶な取り引きをしている事は分かっている。しかも、皆を巻き込む形で…。舌の根乾かぬうちに自分の発言に後悔し始めている。これで良かったのか?という不安が押し寄せてくる。


「………認める。……乗ってやろう……期限は7日後だ…。」


羅喉様がそう言うと、目の前がパッと自分の部屋に戻っていた。

…とにもかくにも、まずおばあに事情を説明しよう……。









「そんな無茶な約束をしたのですか!?」


やはり、こうなった。返す言葉も無い。


「まあまあ、相手は脅迫してきたんだよ?冷静さを欠くのも無理は無いねぇ」


「おじい……。」


「…期限は7日、確かにそう言ったのですね?」


すばるは、いつになく余裕の無い内心を抑え、翔烏に問う。


「…はい…そうです……。」


翔烏は罪悪感から、しおらしくなっていた。7日は流石に短すぎたか…?と考えていた。


「おっし、そういう事なら俺に任せろォ!」


またいつの間にか心見が紛れ込んでいた。


「湿っぽい顔すんな龍巫様ァ!俺が絶対7日以内に精鋭をかき集めるからよォ!俺顔広いんだぜェ?とりあえずすばる、俺の代わりに寅ヶ屋の旦那に声掛けといてくれェ。」


「…分かりました。よろしくお願いしますよ。」


「じゃ、そういう事だからもう行くわァ。」


「待って!私も連れていって!」


翔烏は食い気味に言った。


「翔烏ちゃん…。」


昴は、眉をハの字にしている。


「何か考えがあるんだねぇ?」


対称的に勇は落ち着いている。


「私、有名なんでしょ?妖怪の間で!だったら、人材…いや妖怪材を集める手伝いになると思う。地球が懸かってるんだからそれぐらいやらせて!」


元はと言えば、自分が辰灯神社に参拝した事から全てが始まった。けじめを付けたい。


「翔烏ちゃん…覚悟が足りていないのは、どうやらワタシの方だったようです…行ってきなさい。」


「おう!俺ァ全然かまわねェぜ!じゃ龍巫様ァ、しっかり捕まれよォ!」


心見の手を取った翔烏は、ボフン!と煙を立てて昴と勇の目の前から消えた。


「さぁて、達也君とエミーちゃんになんて伝えようねぇ。」


「納得してくれると思いますよ…きっと。」


鬼鳴市は、いつも通りの朝を迎えようとしていた。しかしそのいつも通りの日常は、火に侵食されようとしていた。






「あ~さ~!!」

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