選ばれた者達
小さい頃、よく祖母ちゃんに聞かされた昔話がある。
数百年前、天空の女神シェラの導きにより人々は汚染された大地を捨て空に新天地を求めた。そして人は天空の陸地に都市を築き、命を紡ぎやがて国となった。些細ないざこざはあれど平和な時を過ごして二百年が経つ頃、時の王ガスティにより女神から新たな信託が下りたとの発表があった。その内容とは、三年に一度の間隔で信心深い者、及び長年にわたり徳を積んだ者をより女神に近い高みへ、天空のさらに先へ救い招いてくれると。人々は皆そこに至るために必死に祈り、善行に励むようになったがそれも当然だろう、その頃には女神シェラは伝承の中にしか存在しないという空気が薄っすらと流れていたらしいところに明確な救いと言ってもよいことが伝えられたのだから。そして初めての救いのとき、国内十二の都市から其々五十名ずつ女神に選ばれることとなった。選ばれた者たちはそれはそれは盛大に祝われ、国の中心である王都の教会本部へと向かっていく。そして各都市から王都の方角を眺めれば夜、天に昇る虹色の光が見えより高みに至ったのだと確信するのだ。選ばれた者の親族の一部は女神への口利きを頼むなど欲深い者もいたらしいがその者達は救いを得る前に死ぬか、救いに選ばれたとしても年を取り欲から解放されるまで時間がかかったらしい。そんなこんなで現在に至るまで女神さまの救いは続いているんだそうな。
さて、少し長くなったが何故この話を思い返したのかといえば、今しがた協会の職員によって銀箔の封筒を届けられたからだ。宛名には、《ロミ・プローネ》俺の祖母ちゃんの名前だ。中々救いに選ばれないわね~なんてぼやいていた祖母ちゃんにとってこれは紛れもなく朗報だ、それに今年は救いが始まって丁度三百周年の年なのである。ようやく実感が湧いてきたままにドタドタと廊下を走り抜け、部屋の扉を思い切り開ける。
「祖母ちゃん!ロミ祖母ちゃん!」
「あら、どうしたのヴォルグちゃん?いつも以上に元気ねえ」
扉の先では車椅子に座り編み物をしている祖母ちゃんがいた。もう八十を超えていることもあり肌に皺を刻んではいるが生気に満ち溢れた目をしている。少し白髪があるが綺麗な赤髪は俺にそっくり、というか俺が祖母ちゃんに似ているのか。
「これ、祖母ちゃん宛の封筒。絶対うれしい奴だから開けてみて」
あら、何かしら?なんて言いながら封筒を手にし差出人を確認したまま固まった祖母ちゃんが心配になり声をかけようとすると体が震えていることに気付く、そして。
「ィヨッシャァァアアアアアアアア‼遂に、遂に遂にキタゾオォオオオ‼」
絶句。いや、若い頃は男勝りで武闘派だったという話は聞いたことはあるが物心ついたころから知ってる祖母ちゃんからは想像もできなかったため子供相手へのホラだと思っていたがまさか本当だったとは。老体とは思えない声量でひとしきり吠え終わった祖母ちゃんは呼吸を整えるといつもの調子に戻って言う。
「あらやだ、年甲斐もなくはしゃいじゃったわ。しっかし人間長生きはするものねぇ。あ、ごめんなさいねヴォルグちゃんびっくりしたでしょ」
「び、びっくりはしたけど全然大丈夫だよ。それより中身まで確認しちゃおう」
その提案にそれもそうね、なんて返しながら封筒を開けて中の手紙を確認するとやはり内容は祖母ちゃんが救いの一人に選ばれたことについてだった。救いの儀式は4日後の夜であるため三日後の昼には王都に向けて出発する必要があるとのこと。期間が短いように感じないでもないが、前回も前々回もこんなもんだったなと納得する。明日は祖母ちゃん含むこの都市から選ばれた救われし者達を祝う宴を行い三日目に見送るのだ。
「やっと私もシェラ様のもとに行けるのねえ、旦那もママ側のご両親も随分と先に選ばれちゃって、ほんとにもう。ふふっ、待っていなさい!」
「父さんと母さんが帰ってきたら教えてあげないとね、俺今から街のみんなに伝えてくるよ!」
そういって家の外に向けて駆けだしたはいいが街では既に救いの儀式について話が広まっているようで宴の準備の話で盛り上がっている。それどころか『遂にプローネさんが選ばれたな坊主!』なんて言われてしまってはこちらとしても困惑である。話が早いなぁと思ったが号外が配られるのを思い出す。儀式への期間が短い以上、何もかもが時間との勝負なのだ。