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母の呪いと帰る場所

作者: ジュンナ





久々に実家に帰った。


「この家もう売るから、あんたの部屋の荷物、全部片付けに来て」


と母から連絡が来たのだ。


そういえば自室の片付けをしないまま家を出てしまったし、母は自分のテリトリー以外の掃除はしない人だから呼びつけたのだろう。


離れて暮らしてから心配の連絡一つも寄越しやしなかったのに、都合の良い人だ。


まあ散らかしっぱなしで出て行った自分にも非があるし、無視すると余計面倒なことになりそうだから行ってやった。



生まれてからずっと過ごしたその部屋は、埃っぽくて荒れていた。

当時私は母との折り合いも悪く、八つ当たりにものに当たっていた。

なので部屋はゴミ屋敷だし、そこら中の壁に穴が空き、勉強机や棚は凹んでいる。


本当にあの時のままである。

見るたびにあの日々を思い出して頭が強制シャットアウトする。地獄だ。


…だから帰りたくなかったのに。


母は親とは思えないほど酷い人だったと今でも思う。


実家は母のご機嫌を取らないと生きていけない場所だった。


行動を間違えると、

母の気が済むまで怒鳴られ殴られる。

次の日自室をめちゃくちゃにされる。

下着を窓から投げ出されたり、大切にしていたものがボロボロになってゴミ箱から見つかったりする。

どれだけ泣き喚いても助けは来ない。


母の癇癪に耐えられず、父は出て行った。まあ父もDV男だったが。


でも、母も自分や家族のことで手一杯で、ギリギリで精神を保っていて、そんな母を思いやるどころか理想の母親像を押し付けて困らせていたのもまた事実なのだ。


私は…私はどうすれば良かったのだろうか。


1番荒れていた高校生の頃は、学校にも居場所がなくて、家に帰れば母から何をされるか分からない状態で、一体どうすれば良かったのか。


きっと、子供ながらに理解して家族を支えていかなければいけなかったんだと思う。

分かっている。


これは言い訳だけど、

学校もしんどくて恥をかく場所でしかなくて、相談できる人もいなくて、とにかく甘えたくて何かに縋りたかったあの時の私は、家族を助ける余裕は一切無かった。


あの時は、人生に何も希望がなかった。


誰にも見られない場所で1人になる時だけが、1人で泣いて早く死にたいと願うだけが、人生だった。


なんとかしがみついて単位ギリギリで高校を卒業した後、必死にお金を貯めて何も言わずに家を出た。


あの時は母への憎悪でいっぱいだった。

こんないい大人で自分の機嫌も取れない、子供に当たるようなろくでなし、早く死んでしまえと思っていた。


一人暮らしにも慣れ、段々と心に余裕が出来た頃、過去を振り返ることが出来た。


そして、目の前のものを片付けながら気づいた。


母は愛情を込めて私を育ててくれたんだ。

やりたいことは大体何でもやらせてくれてたし、惜しみなくお金をかけてくれていたんだ。


母のことは今でも許せないけど、たくさん愛を注いでくれたのもまた事実だ。




ただ感情のコントロールが出来ないだけで…………




いつだったか母が話していたのだが、

母自身も、幼少期虐待を受けていたそうだ。

彼女もまた、被害者でありかわいそうな人なのだ。



…いっそ彼女の全てが嫌いになれたら清々しいのに。


血が繋がっているからか、約18年も一緒にいたからか…

あんなに酷いことをされたのに。

永遠に消えない傷もつけられたのに。

殺したいほど憎んでいるのに。


私は母を愛していて穏やかに暮らしてほしいと思っている。


この矛盾を抱えていくのはしんどい。

でも結局私は、ずーっと母のことが好きなのだ。




…………





部屋の掃除が終わった。


今までの思い出は、全部捨てた。



幼稚園の頃に作った下手な折り紙、

駄々をこねて買ってもらったおもちゃ、

小学生の時の日記、

初めての家族旅行でのお土産、

中学、高校の卒業アルバム、

写真集…



散らかっていた部屋からはガラスの破片が消え、すっかりフローリングが見えるようになり、大きな家具以外、棚や勉強机の引き出しの中身も全部なくなった。


実家なんて二度と帰るとは思わなかったから、帰るつもりのなかったどうでもいい場所の荷物が消えただけ。



なのに、なんだ…

なんなんだこの気持ちは。



まるで私の存在ごとなかったことのようにされたみたいだ。



記憶には残っている。

きっと18歳まで私と関わった人たちの記憶のどこかにも私はいる。


なのに…。私のルーツが、私の育ってきた証が、全て消されたみたいだ。


近いうちにこの家は売られ、更地になるだろう。

そうしたら、本当に帰ってこれる場所はない。



私は1人で生きていかなければならない。



元々二度と帰るつもりはなかったから、今までと何も変わらない。


なのになぜ、こんなにも孤独を感じて心にぽっかり穴が空いたのだろう。


この日、私は何か大きなものを失った。



…結局私は、実家と母を心の拠り所にしていたのだ。

なんて浅はかなのだろうか。


どんなことをされても親は親であり、血の繋がっている数少ない肉親だ…


とんでもない呪いだ………

私はあの人を、到底嫌いになれそうにない。


荒れていた形跡が残っていても、そこは確かに愛を注いでもらった場所なのだ。


両親のことは今でも親とは思えないし、今後も余程のことがなければ会うことはないだろう。



でも、心の底から元気でいてほしいと思う。



実家を後にしたら、何事もなかったように、変わらない毎日を1人で生きていく。





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