第95話 目には目を
ヂーナミア軍の協力により、ほとんど蟲の援軍が来ない状況を作り出したうえで、神話会の一行は大きな空間に出た。
「うわっ……きも」
気持ち悪がったユナのその目線の先には、これでもかと敷き詰められた大量の蟲の卵だった。
「少なくとも一万はある……どうやらここは産卵場のようだな」
木田は迷いなく刀を抜いた。
「孵化していない今のうちに全て斬る」
木田が刀を振りかざしたその時、レヌベータは炎で蟲の卵をすべて焼いた。
「どうせ斬り漏らしがでる。さっさと全部燃やしちまおうぜ」
木田は刀を納めると、黙って奥へ進んだ。
「私たちも行こう」
その後は、小さな部屋がいくつかあったが、どこももぬけの殻だった。
「ここが最後か」
テヌドットは緊張した面持ちで剣に手を掛ける。目の前にあるのは、暗闇の部屋。しかしこれは、ただ暗いのではなく、あまりに広く光が奥まで届いていない証拠だった。
「あぁ! 魔王様! 貴方様の忠実なる【紺の月】ゾルトリッチ・ゲノスはッ!
非道な愚か者共の骸を必ず献上すると誓いましょう!!」
広い空間に、不気味な声が響いた。直後、闇攻撃魔法が神話会の一行に襲いかかる。
「[神話の守護者]!」
咄嗟にヲウルトが盾を召喚し防ぐと、テヌドットがアミリクスを大きく振った。光の刃が空間に広がり、ゾルトリッチの姿があらわになった。そこにいたのは、下半身と顔は蜘蛛、顔を除く上半身は人間の女の姿をした、化け物だった。
「魔王様……どうか……かの神を、この地に!」
狂ったように笑ったゾルトリッチは、数多の闇属性魔法を構築した。すると、ドウガルーノが突然走り出し、空間を支える柱を素手で折った。
「奴の魔法は俺が弾こう! 皆は止まらず進め!」
しかしその声と同時に、目にもとまらぬ速さで跳び出したテヌドットに誰もついていけなかった。テヌドットは直線状に存在する洞窟内の柱を斬り、蹴り飛ばすことで自身を加速させた。ゾルトリッチは咄嗟に攻撃魔法を発動するが、どんどん加速するテヌドットに当たる事はなかった。
「クソがッ!」
テヌドットはゾルトリッチの懐に猛スピードで滑り込み、左側の全ての脚を斬り落とした。勢いでテヌドットはゾルトリッチの背後へ滑り、ゾルトリッチが振り返った瞬間には、テヌドットは既に再び距離を詰め、ゾルトリッチの首を捉えていた。
「フンッ……距離を詰めれば勝てるとでも思ったか愚か者め!!」
ゾルトリッチはテヌドットを囲うように攻撃魔法を発動させる。土煙が舞う。テヌドットは無傷で土煙から飛び出し、後方へ少し下がった。
「……グフッ!」
ゾルトリッチは胸から腹に渡って斬撃を受けた様子だった。口と腹から血が噴きだす。致命傷程ではないが、重傷だ。
すかさずテヌドットはゾルトリッチの背後にまわり首を狙う。
「……遅い」
ギリギリで反応したゾルトリッチは怒り狂ったように叫んだ。
「傷一つつけただけで……図に乗るなよ下等生物!!!!!」
同時に見た事のないほど大量の魔法陣が生成された。怒り狂った[四天月]の、無差別攻撃だ。
それはテヌドットが剣を振るよりも早く発動した。洞窟中に放射状に発射された闇属性攻撃魔法が広がり、それは遥か遠くの他の神話会メンバーにも届いた。木田は咄嗟に刀に手をかけ、魔法を切り伏せる。ユナは水の膜で自分を守った。ヲウルトは盾を自分を囲うように配置した。
「目には目を……大量の魔法には大量の魔法!ってね!」
そこに現れたのは、ハルミンだった。光属性魔法が闇属性魔法を押し返すように空間に広がる。そして驚くべきスピードでゾルトリッチの間合いまで到達した。そして見事に、テヌドットに命中する可能性のあった魔法を全て撃ち抜いた。
「これ、かなりの貸しだからね!!」
「礼は……」
テヌドットの双剣が光り出す。[天地万象光滅斬]だ。
「ヂーナミアの平和でいいか?」
半分の脚を斬り落とされ、腹には大きい傷、そして首を斬られたゾルトリッチの意識は、打ち砕かれた闇属性に染まった魔力の塵と共に、散っていった。
(ヂーナミア軍の消耗も考えてゾルトリッチ戦は速戦即決でいったが、それはこちらも一定のリスクを考えた上での決断だった。だが神話会の消耗はほぼないと言ってもいい。これなら今後の戦闘でも、ただ眺めているだけというわけにはいかないな。
セイの方は順調だろうか……)
テヌドット達神話会は急いで魔王次元の簡易拠点に戻ることにした。
「私……ここには無断で来たけど、戦闘には加わって良かったのかい?」
「普通ならヂーナミアまで帰ってください。と言いたいところですが、今回は助かりました。拠点に戻ったら貴女の参戦を進言してみましょう」
同時刻、魔王城敷地内、魔王軍集会場。
「これより我々魔王軍は! この世の純粋なる悪を掌握せし御方、天を創りし我々の神!
魔王様の首を取らんとす愚か物共を! 殲滅する!!!」
「「「応!!!」」」
白い外套を纏った魔族が、金の剣を掲げ、魔王軍の兵士に怒鳴っていた。魔王軍はいよいよ進軍を開始する。しかし、その中では誰も、それを見ている敵がいるとは知らなかった。集会場を囲う巨大な壁、その上に立っていたのは、ラリバルトだった。
「……」
ラリバルトはただ、兵士を怒鳴る一人の魔族を睨んでいた。そして、剣を抜いた。壁を蹴って、兵士の行列に飛び込んだ。同時に剣を振るい、多くの魔族がその衝撃に巻き込まれた。
兵士は、突然の襲撃に驚きながらも、たった一人の敵に襲い掛かる。ラリバルトはすかさず[麗塵剣]を発動し、一般の兵士を全て地面に叩きつける。そしてラリバルトは一人の魔族に剣先を向ける。
「ここまで堕ちたか。二代目勇者」




