第93話 反逆の吸血娘と王殺者
ストラシアがワラキアに到着しようとする直前、セイはカイルと共に乗降口の前に立っていた。そしてローナに念話を掛ける。
「ローナ、ワラキアに着いたら、一番大きな屋敷の前を通れ。その時、少しスピードを緩め、高度を下げてくれ。
俺とカイルで直接飛び降りる」
普段はあまりしない危険な行為だが、一刻を争う今の状況ではそれが最善である事を、ローナはすぐに理解した。
「は、はい。分かりましたわ。乗降口の解放はご自分達でお願いしますわ」
「ああ」
数分すると、到着したのか急に高度を下げ始めた。
「到着だな」
セイは乗降口を開き、カイルと共に跳び出した。セイはカイルの手を掴み、背に翼を生やした。
「あそこだな」
セイとカイルの視線の先には、一際目立った大きな屋敷が建っていた。
2人がそこに着陸すると、魔族が二列に並んだ。まるで屋敷の入り口までの道を作っているようだった。しかしその魔族のほとんどはやせ細っていたり、痣があったりと、正常とは思えない状態だった。その点からも、ドスタレトの残忍さが垣間見えた。
すると屋敷から一人の吸血鬼の少女が歩いてきた。身なりを整えた健康そうな少女だ。そして震えた声でセイ達を出迎えた。
「……!」
カイルは警戒して剣に手を掛けたが、セイはそれを止めた。
「わ、わたしは……偉大、なる……ドスタレト、領主……の、む、娘……ライラ……と、も、申します……
どう、ぞ……父上が、お待ちです……」
「警戒しながらついていこう。すぐに剣は抜けるように」
セイは視線でカイルに伝え、着いていくことにした。大きな前庭を通り、扉を抜ける。少し歩くと、大広間に出た。そこにはドスタレトの肖像画や、その先代と思われる吸血鬼の肖像画が壁に掛けられていた。
「お久しぶりですね! セイさん! そして隣の……ご友人」
その奥に立っていたのはドスタレトだった。セイとカイルは少しでも早くドスタレトの腹に剣を突き刺したくてたまらなかったが、その娘が目の前にいる状況では、正義なのか悪なのか判断がついていない者の前で、その親を殺すわけにはいかなかった。
「なぜ、都市次元の牢から逃げ出した!」
「なぜ。と訊かれましても……魔王様の計画が、もうすぐで実現しようとしている光景を、目の当たりにしたいと思うのは魔族のさがですよ!
そうですね……このめでたい時には、お二人にも楽しんでいただきたいものです。ちょうどいい時間ですし、食事にいたしましょうか」
そう言ってドスタレトは、自身の血で長いテーブルを形成した。執事を呼び、食事の時間ですと伝えた。
「どうぞ、お掛けになってください」
しかし2人は座らない。
「お前の血でできたテーブルと椅子なんて俺達が使うわけないだろ。お前ならテーブルから棘を出すことも簡単だろう」
ドスタレトは思い出したようににっこりした。
「ああ。そうでしたね。たしかにこれはあなた達からしたら危険な物でしたか。なら……テーブルを持ってきなさい。賓客をお待たせしないように」
ドスタレトは執事やメイドに冷たく指示を出した。執事やメイドの恰好をした魔族たちは震えながらその指示に従った。三分もしないうちに大きく長いテーブルと椅子、料理が用意された。
「食べ終わったら合図する。その時、思い切り飛び掛かれ」
セイは、席に座るとカイルに小声で指示を出した。カイルは小さく頷き、同じく席についた。その様子を見ていたドスタレトは首を傾げた。
「お二方、食べないのですか? ああ。毒が心配なんですね?
安心してください。ライラ」
ドスタレトはライラに声をかけ、2人の料理を一口だけ食べ、それに毒が入っていないことを証明した。
(まぁいいだろう。どっちにしろ俺に毒は効かないし)
料理は思いのほか悪くなかった。人間の料理と大して違わなかったが、強いていうなら肉と血の匂いが強いくらいだった。そして二人が食べ終わろうとした時、ライラがセイの袖を引っ張った。
「あ、あの……ちょっと、話し、たいことがあって……あっ! 父上……の指示じゃ、ないので、秘密で……お、お願いします」
『この吸血鬼の娘からは敵意が感じられません』
(システムも反応していない……ならいいだろう。もしこいつが俺を襲うなら返り討ちにすることも容易い)
セイはカイルにこの事を伝えると、また頷き、短時間から計画を遅めることを許した。セイとライラが庭に出ると、ライラは話を始めた。
「た、単刀直入に……あ、あの……私……魔王様、いや……魔王、に、反逆……しようとしてるんです……
できれば、父上も……殺したい。と……」
(システム。これは?)
『嘘ではありません。魔族には珍しい誠実さがみられます』
「……ならいいだろう。俺達は君のサポートに入る」
「……! お願い……します!」
セイはカイルに念話を繋いだ。
「3メートル跳べ!」
そう言って、セイは[明光の一刀]を発動させた。屋敷の下半分が消え去った。上半分も、落ちた衝撃で崩壊していった。しかしドスタレトは依然立っている。ほぼ無傷で。咄嗟にカイルが懐に入り込み、斬撃を浴びせた。
「急に仕掛けてきましたが……まだ弱いですね。残念です」
ドスタレトはスライム状の血で斬撃を防いでいた。その時、ドスタレトは、ライラがセイの隣に立っている事に気付いた。
「ちょうどいいですね! ライラ! その人間をころーー」
しかしライラはドスタレトに手を伸ばした。
「もう……限界、です……父上……」
ライラは息を整えて、スキルを発動した。
「[逃意埋め尽くす血池]」
ライラの足元から真っ赤な血の池が形成され、ドスタレトを巻き込んだ。
「ライラ……!? 何を……」
血の池から無数の手が伸び、ドスタレトの身体を掴んだ。流石のドスタレトでも、脱出は困難なようだ。
「はぁ……[貫魂の刺獄]!」
ライラが、自身の血を刃としてしっかりと手に持ち、ドスタレトに走り出した。
血の雨を浴びながら。
「見たことあるスキル……! まずい!」
身体は動かせないドスタレトだが、その時、不敵な笑みを浮かべた。
血の雨粒から無数の棘が飛び出した。その棘は、セイとカイルが近づくことを防ぎ、ライラが刃を持った、右腕を貫いた。その刃が、ドスタレトの心臓にとどくまで、10センチメートルだった。
「くっ……!」
ライラがとどめを刺し損ねた悔しさと、右腕の痛みに同時に襲われたその瞬間……
ある少年が上から舞い降り、大鎌でドスタレトの腹を貫いた。しかしその傷から、血は流れなかった。
「ジジッ! ジジジッ!」
ドスタレトは、セイが人間を消す時と同じような、まるで存在がバグであったかのように消え去った。
赤いローブを羽織った黒髪の少年は、振り返り、セイを見つめた。
「やっと見つけた。セイ・アインシトル。邪魔者は消した。やっと話ができる」




