第70話 遊楽次元
光を抜けた戦艦ストラシアは、星々の間、宇宙空間に出た。
『遊楽次元は、次元自体が小規模ながらも、次元全体が娯楽施設になっています。マスターの目的であるネーレック・フェルは、[遊楽次元フェルノートリゾート]を運営する民間会社、チルフェルの社長で、所有スキル等級はレベル2です』
「そいつのスキル等級とかどうでもいいから、居場所は?」
セイは、主要次元一の観光地で興奮するストラシアメンバーを見ながらシステムに問う。
(主要次元での大規模な観光地はここくらいだからな……海洋次元は逆に陸地が少なすぎるし、海賊や魚、サメ型モンスターの危険もある。海洋次元が観光に向いていないのは残念だな)
『対象、ネーレック・フェルの居場所を検索……
遊楽次元の第一星、フェルノートリアです。遊楽次元において最大の星です』
「じゃあそこに向か……ん?」
すると戦艦ストラシアを囲うように、無数の宇宙船が接近してきていることに気付いた。戦艦ストラシアに通信が入る。
「ジジッ……こちらはフェルノート治安維持局! 貴方たちには不正渡航の疑いがある!
すぐに武装を解き、投降せよ!」
それを聞いたローナはセイを操縦指令室に呼んだ。
「こちらに通信が……」
通信の音声を聞いたセイは、通信を用いて返答した。
(はぁ……めんどくさいな……テヌドット、あらかじめ連絡してくれてなかったのか?)
「こちらストラシア、チルフェルの社長ネーレックに用があって来た。神話会からの許可状もある。上のハッチを開けるから、そこから入ってきてくれ、そこで許可状の確認をしてもらって構わない」
そういってセイはシステムに指示を出した。
「ハッチを開けろ。全開でいい」
ストラシアを囲む最も大きな宇宙船の中、薄暗い操縦室
「この船から、上部のハッチを開けるから来い。とのことです。神話会から許可をもらっていると……
どうしますか、長官!」
「まぁいいだろう。いざとなったら弾圧の準備も整えておけ」
「はっ!」
セイは滑走路エリアに向かいながらシステムに尋ねる。
(戦艦ストラシアの上部には、数十メートルの飛行船や戦闘機が出入りできる大型のハッチがある。滑走路エリアは完全に外に開放される訳だが、宇宙空間でも大丈夫なのか?)
『戦艦ストラシア上部のハッチを解放します。なお、宇宙空間でも作動できるよう、空気を維持する膜は、ハッチ解放後も無効化されません』
(それならいっか……)
ハッチが開き、一番大きな宇宙船が降下してきた。
「ピー……ピー……」
ゆっくり扉が開き、武装した集団が二列に並び道を作る。セイはアリス、ミカと共に出迎えた。
「時間がないわけではないが、誤解は早めに解きたい。こちらへ」
銃や剣、槍を構える治安官の前に出た長官と呼ばれる男は、手で合図を出し武器を下ろさせた。
「警戒は解かずに同行させもらう。異議はないな?」
男は高圧的な態度で尋ねるが、セイは一切表情を変えることなく頷いた。
その後の話し合いは順調に進み、無事無実を証明したストラシアは治安局と別れ、行動を開始しようとしていた。
しかし話し合いの途中、セイはアリスに密かに目で合図を送っていた。その時何を伝えたか、それは治安官達が滑走路エリアに戻った時に分かる事になる。
「これは……どういう事か説明を求める」
長官と呼ばれる男は、宇宙船を見上げると振り返り、セイを問いただす様に尋ねる。
「なぜハッチを閉めた」
「俺はあいにく警戒心が強くてな」
セイは男にゆっくりと歩み寄る。
「会った人間のほとんどに[詳細鑑定]を使う癖がついてるんだ」
男は動揺したのか後ずさりした。
「流石の俺でも驚いたよ」
セイは[神葬]を抜き、男に向けた。
「久しぶりだな。セルト……いや、異名持ち、【悲哀】サラット」
(セルトという人間は存在しなかったんだ。ずっと、サラットが変装してストラシアに潜入してたんだ。それなら、海洋次元で姿を消したタイミングで、神話会本部にサラットが現れたことに説明がつく)
『対象の鑑定が偽装されている可能性があります。偽装を突破しますか?』
『サラット
種族、アンデッド
出身、メネイス次元
年齢、466
適正属性、闇
所有スキル、なし
疑似スキル、[操糸術][糸牢][鑑定偽装][愉悦心][命の行方][光属性耐性][赤涙の悲劇][終告の舞踏]
詳細を表示できません』
「いつの間に[鑑定偽装]を破るほどになるとはね……」
アリスは[妖刀:夜虚]を構えるが、サラットに会うのは初めて。相手がリベルの者であることは察していたが、詳しい状況は把握していなかった。しかしセイは小さな笑みを浮かべた。
「なあサラット、神話会本部で開けた天井の穴、弁償する気はないか?」
「ふふっ……あははははは! あの小僧はまだそんな事を気にしていたの?」
サラットは大きな声を出して笑うと同時に、涙を流した。血の涙を。
すると彼女の部下の一人がゆっくりと、サラットの元に歩き出した。
言葉では形容しがたい奇妙な光景に、セイを含むその場の誰も、動けずにいた。アリスは少し、いやかなり動揺しながら口を開いた。
「あれは……?」
アリスが指さしたのは、ゆっくり歩く部下の目だった。その目からは、サラットと同じ赤い血の涙がこぼれている。その瞬間、
「ボキボキッ! バキッ!」
部下の身体から痛ましい音が聞こえ、みるみる内に形を変えていく。サラットがそれを手に持つ時、それは醜い血だらけの槍となった。
「弁償はできないけど、死合になら付き合いましょう」
サラットは涙を流しながら笑みを浮かべ、槍を構えた。




