第64話 白蒼龍の夜空
「ポタ……ポタ……ポタ……」
マーシュの胸に空いた穴からは、血が滴り続けていた。
「マ、マーシュ!?」
「マーシュさん!?」
その場にいた全員が、突然の事に動揺していた。
アリスも同様だった。
(どういう事?! この船は全ての攻撃を無効化するはず!
でも今はそんな事を考えている場合じゃない!)
「わ、私はある程度なら医術を習得しています! 応急処置程度なら可能ですので、直ぐに治癒士を!」
慌てながらもブリヌダースは、持っていた救急セットを取り出すと、応急処置を始めた。
「今すぐ呼んできます!」
ミカは医務室へ走って行った。
『条件、[仲間の犠牲]を達成しました。マスターの強い感情により、[静夜を呼ぶ者]の最後の進化を行います』
アリスは、少しの涙を落とし、システムの通知を鬱陶しいと感じた。
しかし、アリスの変化は終わらなかった。システム音声が終わった時、直後に別の声が聞こえた。
「ふむ……予想よりも早かったのう…… 辛いかもしれぬが、そなたは最後の条件を満たした。ほれ、わしの新しい宿り主も到着したようじゃ。
そなたには、最後にわしの権能の一部を授けよう」
『神話級スキル[静夜を呼ぶ者]は、EX神話級スキル[<天創>白蒼龍の夜空]に進化しました。
■■■■■■■■■より、報酬が送られました。
■■■■級スキル[龍神化]を取得しました』
「なに……? よく聞こえないんだけど……」
アリスは、スキルが進化を遂げ、新たな力を得た事は分かっていたが、まだ完全には状況を飲み込めていなかった。それにシステムは続けて解説を行った。
『アチーブメント[第4の天創者]を獲得しました。報酬として、現在のマスターの武器を強化もしくはアーティファクト化します』
アリスの[夜裂]の黒い刃が突然、紫の炎を出した。
『[夜裂]は、[妖刀:夜虚]に強化されました。セットスキル[止水乱舞:上の段]、[止水乱舞:中の段]、[止水乱舞:下の段]を取得しました。
[妖刀:夜虚]の概要を表示します』
するとアリスの目の前にウィンドウが現れた。
『EX神話級[妖刀:夜虚]
攻撃力、縺薙l繧定ヲ九※繧区婿縺ク
耐久度、縺イ縺セ縺ェ繧薙〒縺吶°?
縺ィ繧翫≠縺医★縺九↑繧翫→縺ヲ繧ゅ▽繧医>』
「これは……?」
アリスはそれを見ても、新しい武器名の他に何も分からなかった。
その時、
「ヒーローは遅れてやって来るって言うが、遅れすぎたようだな」
セイがストラシアに合流したのだった。
「システム」
セイは自身のシステムを、マーシュを復活させるために呼んだ。
『対象は全次元に大きな影響を与えます。よって、直接生死を操作する事はできません』
「チッ……じゃあマーシュの時間を遅らせろ。マシにはなるはずだ」
セイは少し機嫌が悪くなった。
「アリス、これを割って休んでろ。あいつは俺が殺る」
セイは、木田から受け取った真珠のような宝石をアリスに投げ、[神葬]を抜いた。しかしアリスは立ち上がった。
「私も行きます。もう、セイ様より弱くはありません!」
そう言ってアリスは宝石を割った。すると、
「バチバチッ……!」
空間に亀裂が入り、その隙間から現れたのは木田真一郎だった。出てきた木田が無言で周囲を見渡し、マーシュを見ると、直ぐに状況を把握したようだった。木田は静かに、
「把握した。お前達は行け」
「「もちろん」です」
セイとアリスは同時に応え、それぞれ[神葬]と[妖刀:夜虚]を構えた。
「アリス、場所は分かってるんだろう? 案内は任せた」
アリスは、弾道を見た事で、敵の位置を大まかに把握していた。
2人は、ストラシアを飛び立った。
「[永氷の支配者]」
セイは氷翼を生やし、
「[龍神化]」
アリスは[龍神化]により浮遊した。
「「!?」」
2人がコゥティに近づき始めたその時、コゥティの背後に巨大な次元の穴のような物が開いた。
「さて……少し無理やりな方法で来ましたが、それで正解でしたね」
セイとアリスは突然、鋭く強い風によってバランスを崩した。同時に、穴から現れたのは、目を細く開いたスーツの男だった。その男が名乗る事はなかったが、セイとアリスはすぐにその正体を悟った。
「「【調停】……!」」
サイアンが不敵に微笑む。その瞬間、サイアンの背中から黒い触手のような物が無数に伸びた。
無数の触手は、そのほとんどがリベルの船の残骸へと向かっていた。
しかしバランスを崩したセイ達は、一瞬のその出来事を見守るしかない。
(なんだ……?)
すると、触手は凄まじい勢いのまま、辛うじて生きていたリベルメンバーのへと突き刺さった。あらゆる方向から悲鳴と断末魔が聞こえる。
「あの男、一体何を!?」
ブリヌダースは船から見守るしかなかった。
ボスが手下を皆殺しにしている光景を。
触手でリベルメンバーのほとんどのトドメを刺したサイアンは、不気味な笑みを浮かべ、愉しそうに笑っていた。
「古代の異名ッッ! [強欲]ォォ!」
そう叫んだサイアンは、EX神話級とも思えるような膨大な魔力を放った。
「俺様達の庭で何やってんだぁーーっ!!」
後方の軍艦を器用に避け、凄まじい速さで到着したのは、一隻の海賊船だった。それを見たアリスは驚愕した。
「え、ヌイト!?」
「俺様ら海賊の領域である海で、全生物の反逆者どもが好き勝手できると思うなよ!」
海賊船にたった一人で乗っていたのはスコット・ヌイトだった。
その頃、戦艦ストラシア船内では、治癒士がマーシュの元に到着した。
「到着しました! EX伝説級[自動治療]所有、ネムです!」
白衣を着た女性はマーシュとブリヌダース、木田の3人に駆け寄った。
ブリヌダースと木田は、すぐネムにマーシュを託した。
「……頼む」
「ッ! はいっ!」
ネムはマーシュの胸の穴に手をかざした。
「[自動治療]!……」
ネムの手から、見ているだけで気持ちが和らぐような緑の光が発せられた。が、しかしマーシュの穴には何の変化もなかった。
「な、なんで……!」
こみ上げる怒りを震えて抑えていた木田には、この攻撃に心当たりがあった。
「圧倒的な威力の銃撃、あらゆる物体を貫通する攻撃、治癒を無効化させる弾丸……俺は状況をほとんど把握したつもりでいたが、どうやら実際は想像を絶するほど深刻らしいな。
ネム、といったか。こうなれば、神話会の治癒士でも治癒は不可能だ」
ネムは、悔しそうな表情を浮かべ、戻っていった。
「……はい」
するとマーシュが細く目を開けた。




