2.
この町は百貨店と、駅前広場と、国道まで続く大通りとで出来ている。細長い町で、横幅はあまりない。大通り沿いのビルの内、残っている所ならどこに住んでもいいことになっている。店を出すのも自由だ。だから駅前広場に続く大通りの一部を商店街と呼んでいた。土地も建物もすべてが中央のもので、大家だとか家賃だとかそんなものは存在しない。させていたら人は生きていけない。
中央にどこに住むとか引っ越したとか店を開店させたとか辞めたとか引っ越したとかの連絡は必要だけれど、今は部屋より人の方が少ないから町は問題なく回っている。あるビルは肉屋だし八百屋だし、別のビルはコーヒー屋だ。大体同じ店が同じ場所に出ている。数少ない飲食店は駅前広場と百貨店に交代で店を出している。その取り決めを中央に報告しているのかとか売り上げの報告をしているのかとかをわたしは知らない。
わたしのねぐらは国道に近い。
それぞれの職域によって住む場所が違うのだ。わたしは町の外に出るから、外が近い方が便利というだけ。一つのビルに一つのチームが暮らしている。その方が待ち合わせに便利なのだ。わざわざ他のビルまで起こしに行くのは面倒で、ただ隣の部屋のドアを叩けばいいだけなのはありがたい。
私と同じ部隊ではないけれど、元々兄弟で、今は別のチームに所属しているもんだから、引っ越して来る来ないで揉めていた連中もそういえばいたな。家族は近くに住みたいというのも分からなくはないが、近くではあると思うんだ。
本人たちの問題なので、チームリーダーも口を挟めなかったけれど、そういえばあれはどうなったのか。興味もないから大変だな、で終わらせた結果である。チームを移動することに、難色を示す者もいれば示さない者もいる。わたしは示さない方だ。だって相性っていうのはどうしたってあるのだ。気に食わない、という勘は割と大事だ。命にかかわってくるのだし。
メンテナンスがされなくなって久しいビル群を通り抜けて、わたし達のチームがねぐらとしているビルの、自分の部屋に入る。コーヒーの入った水筒を、部屋に備え付けのテーブルに置いた。まずは貰って来たレギオンの説明書の解読だ。ベッドに座って、さてどこから手を着けるか。
表紙でもいいし真ん中を開いてもいいし。まあそれは性格か。
「言語解読」
特に開かず表紙をスキャンする。メカニックが所持している機械なら言語が何かとかまで表示されるのだろうけれど、私にはそれは必要ないからインストールしていない。読めればいいんだ。
しばらくの間、わたしはただ待った。やることなどなにもない。解読が終わるまでは暇だけれど、解読中の表紙から目をそらすことは出来ない。瞬きはしてもいい。
ピーッ!
解読完了の電子音が響いたので再度瞬きをする。一回。二回。そうすると、網膜にインストールされた解読ソフトが読めるようにしてくれていた。
タイトルは「取扱説明書」。何か細長い図が書かれていて、あとは型番か。英数字が記載されている。
表紙を開けば注意事項。安全にお使いいただくために、警告、警告、注意。見開き一面に細かく書いてある。読むのは後だ。今読んでも意味がさっぱり分からないのは分かり切っているから。
次のページも注意事項だった。マジか。どれだけ注意事項あるんだ。というかそれだけクレームが多かったのか。
それからマニュアルの紹介。昔はクラウド上にもマニュアルが置いてあったらしい。URLも記載されているけれどまあ多分生きてないよね。そもそもわたしに接続する権限が多分ないので試す気も起きない。クラウドにアクセスることが出来るのは中央の役人と、それから地方にいるけれど権限を持っている役人だけだったはずだ。確か授業でそう習った気がするけれど、役人になる予定がなかったので聞き流しているから正しくはない。
隣のページは目次。ページをめくったら次のページも目次だった。結構細かく書いてあるみたいだ。
さらに隣のページは各部の名称。表紙に書いてあった細長いのがレギオンで、レギオンというのは商品名らしい。パーツ名というべきか。
「んー」
これは恐らくこのレギオンなるパーツを入手したから、マーケットで使用してみせるよ、ということなのだろう。そのパーツを自分が持っているかリセットしてしまったので自信がない。
というかメモを残しておけ自分。自分宛てに。
とりあえず貰って来た小冊子、取扱説明書を片手に、階段を下りる。メカニックのドックは地下にあるから、そこへと向かう。
「アベーレ、今いい?」
開けっ放しのドアをノックして、顔だけのぞき込む。座ってコーヒー休憩取っている時ならともかく、何か作業をしていたら危ないから。だから全員にドアをノックして声をかけてから入って来いと通達が出されている。特に問題はないので、それを実行している。
「んー?」
遠くから返事が聞こえた。どうやら近くにいないらしい。
「アベーレ! ファウストだよ! 今いい?」
大きな声で問いかける。
聞こえていなかった可能性があるからだ。
「おーうファウストか。こっちこっち」
「どっちだよ」
アベーレが呼んでくれたので、広いドックの中へと足を進める。入り口付近には荷物はなくて歩きやすいが、奥へ進むにつれて色々とあって歩きづらい。いや、道のようなものはあるので、そこから逸脱しなければ危なくはないのだが。
まあその道部分にもたまにねじが転がっていたりするから、気を抜いてはいけない。
とりあえず中央にある道を奥へと進む。
ここはわたしたちのチームが丸っと借りているビルで、地上五階、地下一階の作りになっている。
地下一階は三分の二ほどがアベーレのドック。何かあったらみんなここへ行く。アベーレに聞けば大体何とかなる。残りの三分の一は駐車場だ。地下一階は元々駐車場で、そこに仲間の何人かは車なんかを置いている。持っている者はとても少ない。あると便利だけれど、維持が大変なのだ。
地上一階はエントランス、それから食堂。フェルディナンダさんを引き込めたのはとても素晴らしいことで、リーダーのバルドヴィーノはこれからしばらくリーダーでいるだろう。それくらい食堂があって、食堂が機能していることは素晴らしい。
そうだ後で買ってきた豆缶をフェルディナンダさんに渡しに行こう。きっと有効活用してくれるはずだ。バーは外に出た時に食べることが出来るけれど、缶詰はあまり外で食べるには適さない。
他のチームは、食堂がないところが普通で、そのためだけにうちのチームに入りたがる奴もいるそうだ。選定が難しいとバルドヴィーノが嘆いていたけれど、彼には頑張ってもらいたい。フェルディナンダさんを呼びこんだのはバルドヴィーノなんだから、彼女に付随する面倒ごとも彼の仕事だ。わたし達のリーダーでもあるのだし。
チームメイトが増えれば仕事がうまく回るわけでもない。そういう人材もいるけれど、そういう人材は少ない。だからバルドヴィーノは悩んでいるし、そういう人は食堂一つでやっては来ない。
二階にはリーダーであるバルドヴィーノのオフィスがある。色々と中央とやり取りが発生したりするから、リーダー格にだけはオフィスを設けてある。自室に書類を持って帰って無くされる方が困るから。
それからバルドヴィーノの自室と、サブリーダーであるジェルソミーナのオフィスと自室も二階。後は各分隊のリーダーのオフィスもここにある。どちらかというとオフィスではなく会議室。三つほどの会議室に、分隊長の名前の書かれた棚とホワイトボードがあって、そこに用事や予定や探索の日程が書かれている。自分の参加している分隊の予定もここで見れるから大体皆出かけたら部屋に戻る途中で二階に上がって会議室を覗いていく。
余裕があればバルドヴィーノの部屋も覗いて、仕事をちゃんとしてるかどうか確認する。
定期的に覗いてやらないとあいつすぐさぼるからな。まあ覗くとこれ幸いと話し込んで、仕事をさぼったりもするので、要注意なんだけれど。ジェルソミーナが大変になるだけなので、極力みんな顔を出すだけで話は早めに切り上げるようにしている。息抜き自体に文句は言われないが、長引くとこっちまで言われるので。
部屋は以前からあったものをそのまま使っている。部屋にはプレートをかける場所もあって、使い勝手が悪くない。いくつかの家具は、私が入る前の話だけれど、作って貰ったものもあると聞いた。半面、売り払ったものもあるそうだ。わたしがこのチームに入った時には、すでにこのビルを拠点としていたから、その辺りの事は話に聞いただけで詳しくないのだけれど。
このビルに、中央の役人を呼ぶことはない。こっちから出向く形だ。だから、そういう応接室、みたいなものはいらないのだという。そりゃそうだ。こんな地方に来てる暇なんてないだろう。
三階以上が通常の居住区だ。
地下一階の住人であるアベーレは、地下一階のドックに居住スペースを持っている。スペースだ。ドック内のいくつもの場所に寝袋や食料を持ち込んで、そこで夜を明かすことも少なくない。四階にある自室に帰ることもあるそうだけれど、まあ遠いし仕方があるまい。シャワーを浴びたい時だけ、自室に戻ると以前聞いたことがある。
地下の入り口はいくつかあるけれど封鎖されていて、A階段と記載されている階段の近くにあるドアからしか入室しないようにと通達が出されている。B階段近くのドアの鍵はかけられているし、その前に荷物が置いてあるから、ドアを開けたところで入れない。駐車場を使う連中はC階段を使う。そこを使えば屋内から駐車場に向かえるけれど、駐車場にしか行けないから私なんかは知っているけれど使わない。駐車場に行く人間以外は使うな、と通達も出ている。盗難も警戒しているのだろう。車、伝手があれば高く売れるらしいから。
アベーレが作ったのだろう、地下一階の中央通りを歩いていくと、大体半分ほど来たところでアベーレが中央通りにまで出てくれていて、待っていた。水を飲んでいるから、ついでに休憩を取っているのだろう。
道は別に地面に線が書かれているとかではなく、ここには何も積み上がっていない、が正解だ。タイヤや工具、タイヤの切れ端や工具の切れ端、加工途中の骨や革、未加工の骨や角。入り口付近に積んであるのは納品するもので、奥に行けば行くほどアベーレが使っていいものになる。
「前にさ、リセットかけて貰ったじゃん」
「いつだっけ」
「九月十三日ころ」
提出されていた用紙の日程がそうだったから、きっとそうなのだろう。
その頃リセットをかけた記憶だけはある。日程はリセットの彼方だけど。
「えーちょっと待て。デスクに行こう。詳細な日程はそこじゃないとわからん」
「あいよ」
アベーレのデスクはA階段側のドアの近くにある。それほど広くはないけれど個室で、デスクと椅子と細い書架があるからそこにすべて突っ込んである。そこに置かないと分からなくなるから、というのはご愛敬だ。いや、場所をちゃんと決めて、そこに収納しているのだから問題は何もないのだ。大体そうしなくても分かるような奴はこんなところでこんな仕事をしていない。中央にいるだろう、多分。
来た道を二人で戻って、リセットに関するファイルを覗き込む。日付と人名、それから理由が色々と書いてある。
「えーとファウストファウスト。ああうん、九月十五日だね。理由は……ああ、新しくインストールしたレギオンを使うにあたって、雑音が多かったから軽量化のためか。レギオンどう?」
「それがさ、レギオンの記憶ないんだわ」
「マジか。そこまで軽量化したか」
アベーレはオフィスという名の小屋を出て、隣に建っている小屋の方へと入っていく。以前は中が繋がっていたのだけれど、現在はドアの前にラックが置かれていて通れなくなっている。別に盗難があったとかそういう理由で通れなくしているわけではない。物を置く場所が足りなくなって、ドアを封鎖したのだ。屋内だから中で通れなくても別に濡れたりはしないし、まあ大した距離でもない。毎日のように移動するなら邪魔かもしれないけれど、そこまで毎日ここに人が来るわけでもないようだ。
「へい座って」
処置室、と暫定的に呼ばれている小屋は、先ほどの小屋よりは広いが、元からあった小屋を使用していない分、どうにも安普請だ。今できる技術としては上位なのだけれど、やはり以前に滅んだ文明の方が上位で羨ましい。壁とかあからさまに素材違うもんな。
アベーレに促されて、外から拾ってきて、修繕を繰り返して使っている椅子に座る。病院にあったやつで、リクライニング機能がついており、処置を施すのにちょうどいいのだ。こいつを持ち帰ってきたときのアベーレの狂喜乱舞はすごかった。こちらとしても硬い木の椅子に座ってやるより楽なので、他にもいくつか持って帰ってきたかった。無かったから、修繕して使ってるんだけれど。
何本かのコードをちょいちょいちょいとわたしに接続して、アベーレは棚に設置されている機械を立ち上げる。わたしには分からないけれど、その画面を見ることでアベーレはわたしにインストールされている様々なことを把握できるのだという。
インストールしているわたしはよくわかっていないというのにね。
「んー。ああ、レギオンのファイル破損してる。だから記憶にないのか。いやそれにしても来なかったね」
「わたし宛にメモが残ってなくてね。今日百貨店に行ったら、マーケットに登録しててさ。取扱説明書貰えたから見てみたんだけどわけわからなくて」
「へー。ファウストが日記にも書いてないの珍しいね」
「珍しいよね」
喋っている間にも、アベーレは何かの処置をしてくれているようだ。多分、破損しているというレギオンのファイルの修復作業をしてくれているのだろう。
「で、その。レギオン? のパーツなんだけど」
「部屋に持って帰ったよ」
「ありがとう。探してみる」
部屋にあるのか。見た記憶ないから、ちゃんとしまい込んでるんだろうな。
「これ、装備の外付けパーツ扱いでいいのかな」
「いや、追加アタッチメント」
「追加なんだ」
「説明書持ってきてる? 見せて見せて」
アベーレに説明書を渡したら、最初の方をスルーしてぺらぺらとめくっていく。各部の名称、操作パネルの見方と使い方、なんか表、サーバーの設定、基本手順、お気に入り設定。スキャン、管理者用設定、お手入れ、困った時は(トラブル対処法)、操作パネルのメニュー一覧。
「あれ?」
どうやら目的のページを見つけることが出来なかったようで、アベーレは最初に戻ってめくり出した。
「あったあった、ここここ」
各部の名称のページに、まるでコラムのように追加方法が記載されている。根元部分にある凸凹をカチッとはめてやればなんとかなる様子。いやこれ、装備品もレギオンを装着することに作られていないと装着できないんじゃない? 大丈夫? 装着できなかったからしまい込んで日記にも書かなかったのかな。
「ならなかったらまた来てよ。何とかなってもまた来てほしいけど」
「分かった、どっちにしろ今日中にもう一回顔見せるよ」
「そうして」
雑然とした工房が好きです。
そして謎の脳科学系も好きです。