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れぎおん  作者: 稲葉 鈴
1/8

1.

新連載です。

書き上がっていますので、サクサクと更新していこうと思います。


隔日朝の10時更新です。

 駅前広場の一等地にある七階建ての百貨店。その入り口にある二段か三段の階段を一歩でひょいと登った。

 ガラス戸を押して入ればそこは広場になっている。特に建物の中央は三階までの吹き抜けで、昔は噴水があったらしい。といっても円形の縁のようなものはない。朽ちてしまったのかと思ったけれど、元々そういったものはないタイプの噴水だそうだ。コンシェルジュに教えてもらった。今はその広場に近隣の人の作った野菜だとか、近くの村に昔住んでいた人の作った野菜だとか、軽食やコーヒーなんかの露店が並んでいた。

 意味から言えば屋内だから正確には露店ではないのだろうけれど、契約店舗ではなくござとかビニールシートなんかを敷いて店にしているのだから露店でいいだろう。

 広場以外は店舗前のシャッターが下りているか、シャッターは開いているものの店内に家具が置いてあるわけでもなく、ただ空いた場所に古びた箱が積み上がっているかで閑散としている。人がいるところには何となく客もいて賑わっていた。

 わたしは馴染のコーヒー屋に行って水筒に詰めてもらった。それをちびちび舐めながら露店を冷やかす。

 露店は主に生鮮食品だから冷やかすだけだ。二階に上ったら缶詰を買おう。豆が食べたい。

 二階は吹き抜けを取り囲むように通路があって、いくつものシャッターが閉まっている。老人たちに聞いた話では、昔はあのシャッターが全部開いていて、きらびやかな店が並んでいたそうだ。全部の場所に。もっとも老人たちも、聞いた話だそうだけれど。

 その閉まっている店舗の内いくつかは開いているけど箱が積んである。新しい箱の所には店員がいて中央から配給される缶詰やらバーの交換会が行われていた。ナッツ味のものが交換に出ていないかいつも探す。アーモンドとクルミはたまに出ているけれどカシューナッツやピスタチオなんて存在すら見ない。運良くゲットしたら自分で食べるのか、それとも実在しないのか。昔の図鑑で見たものを、あると信じているパターンもそこそこありそうだとは思っている。合ったら交換したいし、皆に自慢するけれど。

 今日は運よくヘーゼルナッツを交換できた。レーズン苦手だからとてもありがたい。それから豆の缶詰をいくつか購入する。豆はここではないどこかで量産で着ているらしく安価だ。とても助かる。

 大分前に買ったから、もう大分くたびれてしまっている斜めがけの鞄に詰め込んで、上を目指す。仕事では使わず、こうやってたまの休日に買い物に来たときに使うだけだから、多分まだ持つだろう。

 目的地は六階だけれど、それ以外のフロアも覗いていく。だって楽しいじゃないか。たまの事だし。

 三階も二階と同じような造りになっている。噴水広場を見下ろすように通路があって、その通路上に店が広がっている。三階はいくつかのシャッターが開いていて、契約店舗がまだ生きている。

 綺麗に整えられたマネキンが、店内に入ると接客してくれるのだ。売り物だってまだある。崩壊以前は誰でも日常的に購入できる値段だったのだろうけれど今では何年も貯めて買うものだ。ディスプレイを参照するだけなら金はかからないから、定期的に見る。自分の貯金残高と照らし合わせて計画を練るのだ。それだけでも十分に楽しい。

 四階も店の種類としては同じだ。残っているフロアマップによるなら三階はカジュアルな婦人服と雑貨。四階は紳士服。カジュアルなものからスーツまであるようだ。男女問わず靴もここ。店はまだ生きている。スーツなんかは購入者も少なくなっているだろうが、靴はここで買うしかない。近隣唯一生きている店だ。

わたしはスーツを持っていないけれど、リーダーは中央に呼ばれたときに慌てて買っていたっけ。チームの顔として呼ばれているから、個人資金じゃなくてチームの資金から出している。誰も特に文句はなかったけれど、まあ急ぎだったから、なんか適当なのだったことだけは女性陣がブーイングを入れていた。いいじゃないか、ちゃんとできたんなら。

 彼女たちに面と向かっては誰も言わなかったので、リーダーが誰か助けろとこっちを見ていた。助けなかったけれど。

 五階は子供服とおもちゃ。ここは大体閉まっている。昔はワンフロアも必要だったのかと思うと、豊かだったのだなと感じる。子供に金を使えるのは、悪い事じゃない。

 そうして目的地の六階。賑わっているのは布屋だろうか。そう思って寄っていくとやはりそうだった。中央から色々と入荷があったらしくて、人だかりが出来ている。そのほとんどはディスプレイで入荷品を確認している。今日の今日で買えるような生活をしている人はここにはいない。中央にいる。

 私も後ろからディスプレイを覗き込むけれど早々に立ち去ることにした。買えなくはないけれど、今は特に必要がない。入れ代わり立ち代わり、人がいるからと来ては後ろからディスプレイを覗いて去っていく。必要な人は最前列でディスプレイを操作している。後ろにいるのは野次馬だ。わたしも含めて。

 おそらくあの最前列を陣取って何か書きつけていたのは、服屋の人だろう。自分で仕立てられる人ならともかく、そうじゃない人も結構な数いる。そういった人向けの店は百貨店ではなく商店街にちゃんとあるのだ。

 わたしはどちらかというと、併設の中古屋の方によく行くけれど。新品なんて高くてよほど懐が豊かでも見るだけだ。同じ値段で、二着か三着買えるんだから。

 埃っぽい通路を歩いて、目指すのは書店。といっても新刊はここには来ない。そもそも出版されているのかも分からない。中央にはまだ印刷所なんかも残っているのだろうか。

 子供のころ学校で教科書を貰った記憶があるから、印刷所は残っているのだろうか。いやもしかしたら今手元に教科書が残っていないことを考えると、あれも中古品だったのかもしれない。子供の頃は、そんなこと考えもしなかったら、いまさら分からない事か。


「ファウスト」

「やあ、ガブリエッラ」


 名前を呼ばれたから振り返れば、そこには顔見知りがいた。このフロアのインフォメーションカウンターの担当。他のフロアにもインフォメーションカウンターの担当はいるけれど、わたしが会話をするのは大体彼女だけだ。


「もうすぐマーケットの時期だけど、覚えてる?」

「ああ、もうそんな季節か」

「覚えてる?」

「なにを?」


 ガブリエッラは一枚の紙を差し出してきた。紙はそれほど貴重品ではない。以前のように消耗品ではないが、入手自体は出来る。一枚あたりは小さいが。


「あれ、わたしの名前だね」


 字も自分のもので間違いない。しかし記憶にない。


「これ書いたのはいつ?」

「ここ」


 ガブリエッラは記載されている日付を教えてくれた。なるほど、これは記憶にない。


「この数日後にリセットかけたんだ。だから記憶にない。いくらだっけ?」


 鞄から財布を引っ張り出し、参加費を払う。応募したということはそれくらいの金を出してもいいと思ったのだろう。ただ問題は。


「成果はないよ。覚えていなかったからね」

「実技でも大丈夫よ」

「実技?」


 辞退をさせて貰おうと思ったらそんなことを言われた。なんだ、マーケットで取り扱う実技って。

 ガブリエッラは私の申込用紙の、一部をトントンと叩いた。取り扱い物について書いてあるところだ。うん、わたしの字だね。


 レギオン


 なんだそれ。


「確かこちらに」


 ガブリエッラがインフォメーションカウンターを出て、書架へと向かう。昔は専門のマネキンがいて、綺麗だったと爺と婆は言うけれどそんなもの見たこともない。雑然と棚に本が積み上げられているのが私たちの見慣れた本屋の姿だ。


「ああこれです。レギオンについて書いてあります」


 渡されたのは共用語ではない文字列の薄い本。専門書は薄くてクッソ高いか分厚くてクッソ高いのかが分からない。だからこれを買うだけの残高が果たしてあるのか。


「マーケットに参加していただくのであれば、そちらはお持ちください」

「じゃあありがたく」


 マーケットの会場は、普段締め切られている百貨店の七階。屋根があるのは半分だけで、あとは屋上になっているそうだ。開催日時と開催場所を聞いて、私は百貨店を後にした。

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