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第一話 一軍メンバー

 俺にとってアニメや漫画は、生きるための燃料のようなものだった。

 中学卒業までに集めた作品は数知れず。

 高校入学と同時に始まった一人暮らし用の部屋の中には、そんな俺の人生ともいえる結晶が積み上がっていた。


(……早く帰りてぇ)


 高校に進学してから、一週間ほどが経った。

 帰りのホームルームを終えた一年A組は、放課後だというのにやたらと活気がある。

 みんな、友達グループを形成するために必死なのだ。

 こうしている間にも、彼らは絆を深め、よりよい高校生活を送ろうとしている。


 それに対してこの俺、永井健太郎(ながいけんたろう)は、一人黙々と帰り支度を済ませていた。

 理由はもちろん、どこのグループにも馴染めなかったから。

 というか、馴染もうともしなかったから、か。

 人付き合いはあまり好きじゃない。

 他人に気を遣うくらいなら、流行りの漫画のストーリーについて詳しく考察したかった。 


(今日は漫画の新刊と……昨日の夜中に見たアニメの録画を見返して……)


 今日も今日とてオタクは忙しい。

 時間がもったいないし、さっさと帰ろう。

 スクールバックを肩にかけ、席を立とうとした――――その時だった。


「ねぇー、近くのカラオケってどこが一番安いの?」


「駅前のビッグマイクじゃね? フリーで入ればだいぶ安かったと思う」


「ふーん……じゃあ今日はそこでいっか」


 俺の後ろの席から、そんな会話が聞こえてきた。

 声だけで、今の会話が誰のものか分かる。

 このクラスですでに中心を勝ち取った、一軍グループの連中だ。


「最近カラオケ欲高まってたんだよねぇ~」


 どこか甘えたような声色でしゃべるこの女は、桃木春流(ももきはるる)

 この高校が制服髪色自由であるのをいいことに、髪色を真っピンクにしている陽属性のギャルだ。

 

「分かる。馬鹿みたいに歌いたくなる時ってあるよな」


 桃木の言葉にそう返したのは、鬼島浩一(きじまこういち)

 中学の頃からボクシングジムに通っていると噂のバチクソイケメンスポーツマンで、近寄り難さナンバーワンの男である。

 ――――まあ、あくまで俺視点の話だが。


 そしてもう一人。

 一軍メンバーの中には、桃木と鬼島の他に一番の中心人物といえる女がいる。


「ねぇねぇ、月乃もそこでいい?」


「ん……? まあ、別にどこでも」


 月乃と呼ばれた少女の声は、今日も今日とで気だるげだ。


 雪河月乃(ゆきかわつきの)


 彼女は一軍のリーダー的存在で、グループが取る行動の最終決定権を持っている。

 何故それだけの権力を持っているのか、それは彼女が高校生離れした美貌の持ち主だからに他ならない。

 強調された大きな胸に、細く締まった腰回り。

 短めのスカートから伸びる足と、艶やかな銀髪。

 加えて純白の肌と、透き通った青い目――――それらはまるで、二次元のキャラのようだった。


 聞こえてきた会話から得た情報だが、どうやら雪河はハーフであり、それでいて帰国子女らしい。

 家も金持ちだとかなんとか。

 こうも住む世界が違いすぎると、もはやどうでもよくなる。

 俺は雪河に対し、画面の向こうで活躍するスターたちと同じような印象を抱いていた。


「よーし! じゃあ場所はビッグマイクで決まり!」


 どうやら話はまとまったらしい。

 なんとなく最後まで話を聞いてしまった俺は、気を取り直して席を立つ。

 

 彼らのことが羨ましくないと言えば、それは嘘になる。

 人間、つるむ相手がいる方がいいに決まっているからだ。

 一人は気楽だが、どうにもこうにも、生きることには向いてないらしい。


「えっと、君も行く? 確か永井だったよね、名前」


「……へ?」


 突然桃木から声をかけられ、俺の口から変な声が漏れる。


「へ? だって、おもろ」


 何がおもろいのか分からないが、とりあえず桃木は笑っている。

 ひとまず俺は今、一軍グループの遊びに誘われているらしい。

 グループの面々の視線が、俺に向けられている。

 しかし、中には「どうしてこいつに声をかけたんだ?」という視線もあり、全員が全員歓迎ムードではないことは明らかだった。

 その視線で冷静になれた俺は、一拍呼吸を置いて、浮つきそうになった心を静める。


「ごめん、この後用事が――――」


「あ、てかクラスみんなで行けばよくない? 親睦会って感じでさ。あたしってば頭いいー」


「……」


 話聞けよというツッコミができるほど、俺と桃木の距離は近くなかった。

 彼女がクラスみんなと口にした瞬間、教室中の人間の肩がぴくッと反応する。


「みんな行くっしょ?」


 改めて桃木が教室中に問いかけると、彼らの周りにクラスメイトたちがぞろぞろと集まってくる。

 一軍メンバーの側にいた俺は、その集合に取り込まれて動けなくなってしまった。

 教室から出るには、まずクラスメイトたちをかき分けていかなければならない。


「俺たちも行っていいの⁉」


「えー! 私たちも行きたーい!」


「オッケー、えっと……三十人くらいか。予約できっかなー? まあ一旦電話してみんね」


 そう言って、桃木はスマホから電話をかけてしまう。

 まいった、もう全員で行く流れが出来上がってしまっているらしい。

 よくもまあこんな大人数でカラオケに行こうと思うもんだ。

 思わず感心したくなる。


(……みんな一軍メンバーに取り入ろうと必死なんだな)


 彼らを一軍と呼んでいるのは俺の勝手だが、俺以外のクラスメイトも彼らがカースト上位であることは理解している。

 ビジュアル、発言権、何においても彼らを上回る者はいない。

 誰もが一軍に入ることを夢見ていることだろう。

 少なくとも桃木の呼びかけで集まってきた者たちの目は、少しでも彼らに近づこうと必死だった。

 

「あ、でかい部屋予約できたわ。じゃあこのまま駅前向かうって感じでー」


 クラスメイトたちは荷物を持ち、ぞろぞろと教室を出ていく。

 とても断れるような雰囲気ではない。

 基本一人で過ごすのはいいのだが、腫物のような扱いを受けるのは、俺としても避けたかった。


「……ねぇ、永井」


「え?」


 クラスメイト達についていこうとしたその時、背後から声をかけられ、俺は振り返る。

 そこには、一軍メンバーのリーダー、雪河月乃が立っていた。

 あまりにも予想外の出来事に、俺はフリーズしてしまう。


「あんたさ、本当は行きたくなかったりしない?」


「……へ?」


「別に、そうじゃないならいいけど……なんかそんな気がしただけ」


 俺の目を覗き込みながら、雪河はそう言った。

 なんと返すのが正解なのだろう。

 こういう時、もっと自分が気の利いた返しをできる人間であればよかったのに。


「ハル……あ、桃木のことね。あの子結構強引なところあるから、嫌なら言わないとダメだよ」


 雪河が、俺に気を使ってくれている。

 一見冷たい印象ばかり受ける彼女だが、思ったよりも優しい一面があるのかもしれない。


「……大丈夫、嫌ではないから」


「そう? ならいいけど」


 一瞬首を傾げた雪河は、そのまま皆について教室を出ていく。

 確かにさっきまでの俺は、この誘いを断ろうと考えていた。

 しかし、今の雪河の意外な一面を見て、俺は少なからず彼女に興味を抱いている。

 お近づきになりたいなんておこがましいことは考えていない。

 ただ彼女のおかげで、たった一日くらいなら、普段と違うことをしてみようと思えただけだ。 


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