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05 始まった結婚生活と、

 


 こうして私たちの結婚は決まった。


 両親は私が結婚すると伝えると、腰を抜かした。そして相手がリスター侯爵だと知ると泣いて喜んだ。私が連れてくるとしても魔法研究所の同僚で貴族はありえないと思っていたらしい。

 お祖父様は「そうか」とだけ呟いた。愛のない結婚だということに気づいたのかもしれない。

 けれどリスター侯爵の「大切にする」という言葉に嘘はないと思う。お祖父様を悲しませることにはならないと思いたい。




「セレン嬢、体面上は普通の夫婦のようにしたいのですがいいでしょうか?」


 結婚が決まってから私たちは事務的に新生活や挙式の準備を進めていた。仕事のように淡々とやるべきことを、やるべき日までに。

 この日も私の部屋に必要なものを買い揃えていた時に、彼が提案していた。


「普通の夫婦ですか」

「ええ、私は母や親族にアピールしなくてはならないのです。ですから、これから私のことはレインと呼んでいただけますか?私もセレンと呼びますし、そうですね……話し方もこれでは仕事と同じですので、フランクに話しましょうか」


 難しい注文だが、彼の言うことはもっともなので私は素直にうなずいた。



 そんなふうに全てのことがサクサクと決まっていき、あっという間に挙式も終えた。小さな教会でほとんど親族だけの小さな挙式だ。


 その日、初めての夜を迎えたわけだが――もちろん、甘い夜になるわけもなく。

 私たちは結婚式という大仕事を終えると、お互い自室で疲れを癒やし早々に眠った。


 そして、私は悪夢を見た。長い長い悪夢を。

 一生の愛を誓った人に裏切られていたこと。信頼できる友人に見下されていたこと。夫に触れてもらえなくなったこと。レスられ不倫サレた二年の苦しみは重かった。



「なるほど……」


 全てを思い出し整理すると、思わず言葉が出た。

 私が誰かを愛することが怖い理由がわかったからだ。

 前世の冬子の傷が人と親しくなることを拒絶していたのだろう。関わらなければ裏切られることもないのだから。


 しかし完全に全てを思い出して人を拒絶していた原因がわかってしまえば、今までほどは怖くない。冬子は裏切られて絶望して、人を信じたくないと思った。でも、冬子を裏切った夫と友人と決別した夜、希望も持っていたのだから。


「セレンには恐怖だけが残ってしまったのね」


 冬子はまた自分の好きな仕事をしよう、自分のために生きてみようと思ったし、いつかはまた恋がしたいとも思った。

 あんな夫と友人のことを今のセレンが引きずる必要はない。あの二人のせいで恋ができないなんてもったいない!今のセレンなら舞踏会でも話すことができそうだ。


 しかし、思い出したのが遅かった!もうレインと結婚してしまっている。よりによって私を愛することもなく、愛すことを許してくれない人と。


 ――前世でも今世でも、私は素敵な恋愛ができない運命なのかもしれない。




「そういえば私はどの世界に転生したのかしら?」


 運命のことは一旦置いておくとして疑問がわいてきた。

 小説や漫画の定番である異世界転生モノ。私もそうなのだろうか。


「うーん、どう考えてもセレンは悪役令嬢よね……?」


 鏡を見てつぶやく。セレンは美人だけど、切れ長のその瞳は何も映さず冷たい。ニコリともせず常に無表情なセレンがヒロインだとは思えない。漫画であっても乙女ゲームであっても、ヒロインは表情がくるくる変わる無邪気で可愛い人が定番だ。

 ブリザード令嬢、口を開いたら最後呪われるかも。セレンについているあだ名を考えるとどう考えてもヒロインではなく悪役令嬢だ。


 悪役令嬢が出てくるお話は好きでわりと読んでいたけれど、セレン・フォーウッドが登場するものは全く思い出せなかった。セレンは名前さえないモブだったかもしれない。けれどレイン・リスターという名前にもスノープリンスにも聞き覚えはなかった。


 しかし私が悪役令嬢ならば、このレインとの結婚も頷ける。きっとこれからヒロインが現れて彼は真実の愛を見つけるのだろう。だから私を愛さない『設定』なのだ。



 ・・



 今世でも恋が出来ないことにはがっかりしたけど、私には仕事がある!

 前世の冬子の「自分の好きな仕事がしたい」という願いは叶えられている。この貴族社会の中でそれだけはありがたいことだ。


 そう思いながら私は記録帳に『風魔法30 失敗』と記した。次は35注入してみよう。



 私の職場はフリエル魔法研究所。主に魔法具の研究・開発をする機関だ。五年前に出来た機関で職員は三十人程度。


『この世界は魔力を持つ人ばかりではない、だからこの国の誰でも魔法を扱えるようにしたい』という所長の夢が掲げられている。


 その通り、魔法具とは魔力を持たない人でも魔法が使える便利アイテムだ。

 アイテムの核に魔力を込めておくことで、魔法が発動する。

 現世の記憶を思い出すと、電化製品が割と近いのではないだろうか。

 今まさに私はドライヤーのようなものを開発しているのだから。


 私は開発チームで魔力計算を担当している。

 魔法具は原動力となる核に魔力を込めることで、使用時に魔法が発動する。ベースアイテムにどれくらいの量の魔力を注入すればスムーズに動くのか実験・計算するのが主な仕事だ。


 今はドライヤーのような物を作っているので、風魔法をどれくらい注入すればちょうどいい風が出てくるかを計算している。弱すぎても動かないし、強すぎれば壊れてしまう。

 製品にするのに丁度いい量を試していくのは、前世のウェブ広告の仕事に似ている。細かな文言や画像の差し替えがアクセス数や成約数に直結したように、細かな数値の違いで製品の出来が変わってくる。

 一見地味な仕事だけれど、私の大好きな仕事だった。


「フォーウッドさん、結婚したって本当ですか?」


 昼食を自席で取っていると、アントニー・デイビーズ副所長が声をかけてきた。メガネをしている痩せ型のこの男性は副所長であり開発チーム長でもある。


「はい。所長から伝わってなかったですか?」


「あなたが提出した書類の名前がリスターに代わっていて驚いたところですよ!先程所長に確認したばかりです」


「所長は挙式も参列してくださったのに」


 私が言うと副所長は目を丸くして驚いた。「あの人は全く!」とぼやいて怒っている。

 所長はお祖父様に似ていて、超がつくほどの魔法バカだ。基本的に魔法と魔法具のことしか考えていない。私が結婚したかしないかなんて、すぐに忘れたことだろう。

 王都は苦手なのと愛妻家のため、自身の領地に住んでいる。現代でいうリモートというやつだ。彼も一応貴族だが、そういった自由な考えがあるから女性の私を雇ってくれているのだろう。


「まさかフォーウッドさん、ここを辞めるんじゃ……」


 思い当たったように副所長は顔を青ざめる。彼は私が辺境伯令嬢だということを知っているから当然の反応だろう。


「いえ、辞めませんよ」

「結婚したのに……!?」

「ええ。ご安心ください」

「そ、そうですか。今フォーウッドさんに辞められると困りますからね」


 心配しなくても辞める予定はない。この世界は育休や産休などはもちろん整っていないけれど、どうせ子供を産むこともないのだ。ずっと働いていられる。



 ・・



 結婚してから一週間が経ったが、私の生活に特に大きな変化はなかった。

 私がレインの住んでいる館に移り住んだこと、共に朝食と夕食を取ることくらいだろうか。

 私たちは日中それぞれの仕事をしているし、夕食後はそれぞれの部屋で過ごすから夫婦というよりも同居人だった。


 レインと過ごすのは食事の時間だけだったが、予想と反して和やかで楽しい一時だった。

 仮面夫婦というともっと冷たい間柄を想像していたが、彼は私のことを友人のようには扱ってくれるらしい。よく喋りよく笑ってくれるので、私は初めて友人が出来た気がして嬉しかった。


「それじゃあおやすみ、セレン」

「おやすみ」


 食事を終えた私たちはそれぞれの部屋に戻ろうとしていた。部屋は隣り合っているので、部屋の前で別れようとしたのだが。


「わっ」


 突然、私のポケットがガタガタと震えはじめた。そしてポケットから強い風が吹き始め風はぐるぐると渦巻いて小さな竜巻を作っている。


「わああっ!」


 まずい!今日実験に使っていた魔石をポケットにいれたままにしてしまっていた!どんどん風は強くなり、ポケットから起こった風はロケットのように私を浮き上がらせて、廊下の天井に押し付けられた。


「セレン、大丈夫!?」


レインは無事なようだ。髪の毛が風でオールバックになっている以外は変わりなく、私を心配そうに見上げている。


「だ、大丈夫!解除魔法を!」


 私はポケットに手をあてて、解除を念じる。数秒立つとポケットから吹くボウボウという音は薄れて、私は風魔法から解き放たれた、のだが。


「レイン!離れて!!」

「うわわわっ」

「きゃあ!」


 突然放たれた私は思い切りレインの上に着地してしまった。

 レインはうつ伏せに倒れていて、私は彼の上にベタンとひっついてしまっている。私の顔、胸、足全てが彼の背中から足にかけてぴったりと。


「ご、ごめんなさい!」

「………」


 飛び上がるように彼の上から降りる。

 大変だ、思い切りレインをつぶしてしまった!顔!うつぶせだから顔を怪我していないだろうか!?


 レインが顔を強く床にぶつけていないか確認しようとして――


 ちゅ


 身体を起こしたレインの唇と私の唇が、結構勢いよくぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい!レイン、怪我は!?」


 レインは座って黙ったままだ、顔を見ると真っ青になって呆然としている。まるで魂でも抜かれたり、燃え尽きてしまったような雰囲気だ。

 どこか強くぶつけてしまったのだろうか!?

 不安になってレインの怪我を確認しようとすると、


「あ、」


 レインの美しい白い肌、顎の横あたりに蚊に刺されたような赤くてぷっくりとしたものが浮かび上がった。

 それはすぐに首にもできて、服から飛び出している腕や足にも広がる。


「レイン!レイン!?」


 レインは呆然としたまま呼びかけに反応しない。

 これは蕁麻疹……?こんなにたくさん一気にできるのはまずい。私が確認しているうちにレインの呼吸は荒くなりヒューヒューと聞こえる。

 アレルギー症状?アナフィラキシーショックか!?


「誰か!誰かきて!!!」


 私は大声で使用人を呼んだ。「特に回復魔法が使える人!!!いない!?」


 私は回復魔法は専攻外だ。だけど少しなら使える。大声で助けを呼びながら、彼に魔法をかけることにした。



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