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03 はい!喜んで!結婚します!

 


 その日、私は魔法省を訪れていた。

 完成した魔法具の申請をするためだ。通された一室で、出されたお茶を飲んでいるとノックと共に担当者が入ってきた。


「おまたせしました」


 挨拶をしようと立ち上がった私は、担当者を見て驚いた。

 そこには壁の花仲間のスノープリンスがいたのだから。


「はじめまして……ではないですね。レイン・リスターと申します」

「フリエル魔法研究所のセレン・フォーウッドです、よろしくお願いします」


 彼は舞踏会で見た時と同じ柔らかい笑顔を私に向けた。私は自分の笑顔は呪いだと思われていることを思い出したので、お辞儀だけした。


「今日は新しい魔法具の申請でしたね。それでは書類を頂戴してもよろしいですか?」


「はい」


 舞踏会での出来事に触れられるかと思ったが、すんなり本題に入ってくれたことに安堵し、私は書類を取り出して申請する魔法具の説明を始めた。



 ・・


「フォーウッドさんはこんな饒舌な方だったのですね」


 申請が終わり、仕事の話が一段落ついたところで彼は言った。

 舞踏会で一言も口をきかない私しか見ていない彼にとってその感想はごく自然なものだった。登録する魔法具の性能についてはペラペラと喋るのに、舞踏会では挨拶すらろくにできないのだから。


「仕事だと思うと話せるのですが、華やかな場は苦手で……」


「たくさんの方とお話しなくてはいけないですしね、私も同じく苦手です。まあいつも隣にいらっしゃるからお気づきでしょうけど」


 茶目っ気たっぷりに話す彼を見ると、人と話すのが苦手だというのはとても信じられなかった。


「それではどうして毎回参加されるのですか?」


 私は珍しく他人に質問をした。壁の花仲間としてどうしても気になったのだ。


「恐らく貴女と同じ理由ではないでしょうか?親からの圧というやつですよ」

「同じですね」

「お互い大変ですね」


 彼はお茶を一口飲んでため息を付いた。どこの貴族も結婚というのは避けては通れない道らしい。


「しかし貴女には嫌われているのかと思っていましたので安心しました。お話されるのが苦手なだけだったんですね」

「……申し訳ありません」


 きっと他の令息たちにもそう思われていることだろう。自分の態度の悪さが嫌になる。心では話してみたいと思っていても、感情が表に出ないのであれば拒絶と同じだ。


「ああ、ごめんなさい。責めてるわけではないんです。貴女が隣にいる時に話しかけていいものか悩んでいただけで」


 彼はふわりと笑ってくれる。新雪のように柔らかい表情だ。同じ雪でも私とはまるで違う。


「これからお会いしたら話しかけてもいいですか?もちろん無理はしなくていいですから」


 私は頷いて、下手くそな笑顔を作った。



 ・・


 今夜の舞踏会はいつもとは違った。


 リリーに引きずられて何人かの令息と挨拶をしたのだ。といってもリリーの隣で頷くだけの情けない姿ではあったが。


 私を見てあからさまに嫌そうな顔をした令息もいたが、社交的なリリーが固まっている私に代わって「姉は引っ込み思案なだけなのです」と説明すると、私を見る目が変わるのを感じた。一言添えるだけで呪いの雪女から、恥ずかしがり屋にイメージを変えてくれるのだから言葉とは偉大なものである。


 何人かと顔を合わせて疲れ切った私はいつも定位置でリリーと休憩していた。


「今日は挨拶できたから次の舞踏会ではダンスに挑戦してみましょう」

「えっ、ダンス……」

「お姉様?結婚相手を見つけるんでしょう?」


 知らない男性とダンスをするなんて……!想像するだけで滅入りそうだ。


 しばらくリリーと話していると、いつもと同じようにスノープリンスが現れた。


「こんばんは、セレン嬢」

「……こんばんは」


 一度仕事で会話したことで頭が職場の人判定をしたらしく、普通に挨拶を返すことは出来た。


「隣のご令嬢も、はじめまして」

「はじめまして、リスター侯爵。セレンの妹のリリーと申します」


 レイン様は優しい笑顔を向けて、リリーも可憐な笑顔を見せた。挨拶とはこうあるべきである。

 彼は私たちに会釈をするとすぐに会場の方に目線を戻した。舞踏会で話すのは苦手だと先日話したから、気を遣ってくれたのかもしれない。



「ちょっとお姉様!いつのまにレイン様とお知り合いになったの?しかもちゃんとご挨拶出来てるじゃない!」


 私のドレスをぐいと引っ張ってリリーは耳元で小声で興奮している。


「職場で知り合ったのよ」

「まあ!それはもう運命よ!お姉様、レイン様にしましょう!ダンスを申し込んでみたら?」

「落ち着いてリリー」


 私たちが小声でやりあっていると、目の前に一人の男性が現れた。


「今いいですか?もう少しお話がしたくて」


 先程挨拶をしたうちの一人で、私のことを気にしてくれたらしい。代理人のようになっているリリーが受け答えをしてくれる。


「フォーウッド領はここから遠いでしょう?お疲れでなかったですか?」


「今日はフォーウッド領からは来ていないのです。私の夫のベイカー家は近いですし、姉も今はフォーウッド領には住んでいないんです」


「おや、どうして?」


「姉は魔法研究所で働いていまして、今は家族と離れて住んでいるのです」


 リリーは私のことを褒めるように言ってくれたが、彼はそう思わなかったらしい。すぐに眉をひそめた。


「フォーウッド家といったら十分に資産があるでしょう。なぜ働いているのですか?」


「何故と言われても、お姉様は頭がよくて魔法の才能があるからですけれど……」


 リリーは令嬢としての教養を身につけているけど、私という貴族としては変わった姉を見て育っている。学ぶ女性も働く女性も変だとは思っていない。


「なるほど……」


 彼は私をじろりと見てから言った。


「それで二十歳まで残っていたのですね」


 嫌味を言われたことに気づいた私が見上げると、彼と目が合った。


「の、呪わないでくれよ!……では失礼する」


 私の顔になぜか怯えて捨て台詞を吐いて去ってしまった。



「なんて失礼な人なのかしら。あんな男、こちらから願い下げだわ。夜会はレベルが低い男もいるから嫌なのよね」


 私の代理人は、私の感情の代理までしてくれるらしい。代わりに怒ってくれるリリーに私の胸も軽くなった。


「でもあの方の言う通りでもあるわ」


 私はポツリと言葉を漏らした。

 今までろくに貴族令息たちと会話もできなかったから気付けなかったが、そもそも私の価値は低い。この社会では二十歳は行き遅れ感は否めないし、働く女性など門前払いかもしれない、身分が高ければ高いほど。


「結婚は難しそうね」


「諦めないで!そんな男ばかりじゃないと思うわ。……でも確かに今日の参加者では難しいかもしれないわね」


 リリーは周りを見渡して言った。今日は上位貴族が多い。私が受け入れられることはなさそうだ。


「結婚したら仕事を辞めないといけないのかしら」


 私の呟きにリリーもすぐには答えられず困っている。仕事をしている女性を選んでくれる方がいたとしても、続けてもいいと言ってくれる人は果たしているのだろうか。


「お父様はわからないけれどお祖父様なら貴族じゃなくてもいいと言って下さるかもね。一度相談してみたら?」


 リリーの慰めは、そんな人はいない、とも聞こえる。


「とりあえず今日はもう帰る?お姉様疲れたでしょう?作戦を練り直しましょう」

「ええ、ありがとう」


 何人かと会話――頷いていただけだが――をしたから、私の気力はほとんどなかった。早く一人部屋にこもって暗い部屋で魔法具でも眺めたい。



 出口に向かおうとして、ドレスの裾を踏んづけてしまったようだ。


「あ、」


 転んでしまう――と思ったが、人間の身体とは不思議なもので、自分の意思と関係なく反射的に動くらしい。私は反射的に掴んだ、目の前にある彼の腕を。


 一メートル先にいたレイン・リスター侯爵の腕は、ちょうどピッタリのところにあったのだ。


 腕を掴んだことにより、私は転ばなくて済んだのだが


「す、すみません!」


 体勢を整えて上を向くと、リスター侯爵は見たこともない顔をしていた。顔面蒼白で、まるで私のことをオバケか何かのような目で見ている。

 彼は噂など気にする人ではないと思っていたが、彼も私を呪いの雪女だと思ったのだろうか?


 恐ろしい表情は一瞬のことで、次の瞬間には彼は不思議な顔をして自分の腕を確認し始めた。袖をめくってまでしっかり確認している。


「あの、リスター侯爵……申し訳ありません……」


 私が謝罪をすると、彼はようやく我に返ったようだ。腕から目線を私に戻して言った。


「セレン嬢。貴方の結婚相手、私というのはどうでしょうか?」


「えっ?」


「はい!喜んで!結婚します!」


 突然の言葉に驚いている私の隣で、代理人がキラキラした瞳で答えていた。

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