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01 セレン・ フォーウッドとしての二十年間

 


 新婚生活初日、休暇を与えられた私は何もすることがなかったから今の状況を落ち着いて整理することにした。悪夢から前世を全て思い出して混乱している部分も大きい。



 まず、今の私はセレン・リスター。

 昨日結婚式を挙げたばかりの二十歳。昨日ここに移り住んだばかりだから、部屋に見覚えがないのも当然だ。


 そして、昨日までの私はセレン・フォーウッド。辺境伯家の次女。


 それから、前世の私は香坂冬子。享年たぶん二十七歳。


 不倫とレスに悩むこと以外はごく普通の専業主婦だった。夫と友人に裏切られて、二人と決別したその夜にたぶん死んだのだと思う。悪夢の最後、私は強い光に照らされた。きっとあれはトラックのライトだ。


 大好きな夫と友人が不倫していた。私を嘲笑いながら、見下しながら。

 冬子の深い悲しみと心の傷は、セレン・フォーウッドにも強い影を残していた。

 前世のことは昨日まで忘れていたのだけど、人は醜く恐ろしくて誰も信頼はできない、ということだけは強く残っていた。


 物心ついた時から既に人を信じられないと思っていた私は全く可愛げのない子供だった。

 親に連れられて参加したお茶会は誰とも話せず、親や兄弟にさえも笑顔を見せず。誰とも打ち解けずニコリともしない子供は気味悪かったに違いない。整った顔立ちも相まって本当に人形のようだと言われていた。


 でも、そんな私が今までそれなりに楽しく生きてこれたのは変わり者と言われるお祖父様のおかげだ。



 ジェイコブ・フォーウッド――お祖父様もあまり人と関わらず自室で一人で過ごす人だった。といってもお祖父様は人が嫌いなのではなく魔法具オタクなだけなのだが。


 この世界は誰もが魔法を使えるわけではないけれど、魔法も存在している。

 お祖父様は経営のほとんどを私の父に譲ってからは、全国各地から魔法具を集めてみたり、将来有望な魔法研究者に投資をすることを日々の楽しみにしていた。


 私は幼少期ほとんどをお祖父様と過ごした。誰とも馴染めない私をお祖父様は部屋に招き入れてくれた。

 お祖父様は気まぐれに魔法について熱く語ってくれたし、お祖父様のコレクションを好きに触らせてくれた。魔法具は優れた物から子供だましのガラクタのような物まであって、それらを皆等しく愛して大切にしていた。



「楽しいと思えないなら笑わなくたっていい」


 お祖父様は私にそう言った。お祖父様の前では、頑張って笑顔を作らなくていいどころか喋らなくたってよかった。お祖父様は私がいてもいなくても自分の好きなことをしていたし、私に何かを求めることはなかった。魔法書と魔法具だらけのお祖父さまの部屋は私の心の基地のだった。



・・



 両親は私を愛してくれてはいたが、どう育てたらいいのかは正直わからないようで。


 私が十五歳になり王都で学校に通いたいと言った時、すんなり許可をくれた。


 この時代は貴族の女性はあまり活躍が認められていない。貴族の女性のゴールは結婚で、学校に通う人は少なかった。

 だから私も貴族令嬢として姉妹と共に家庭教師から一般教養を学んだ。姉は既に嫁いでいったし、妹も婚約者が決まっている。だけど、どんな素敵な令息と引き合わせてもらっても能面のように固まっている私に婚約者は決まることはついになかった。


 決められた時間以外をお祖父様の部屋で過ごしているうちに、魔法を学んでみたくなった。お祖父様の魔法書を読んでこっそり試してみたところ、魔力も持っていることにも気づいた。

 それに一番喜んだのはお祖父様だ。王都の学校に通ってみてはどうかと提案してくれたのもお祖父様だった。


 このままこの家にいても、誰とも喋らない、笑わない私には結婚相手は見つからないと思ったのかもしれないし、私が初めて物をねだったことに感動さえ覚えたらしい両親は私の王都行きを許してくれた。



 私は魔法を三年間学び、十八歳で卒業するとそのまま領地には帰らず、王都の魔法研究所に勤めた。

 お祖父様が投資している研究者のもとだから、コネのようなものだったが。


 現世を思い出さないまま「人を信じるな、裏切られる」と共に「仕事に生きるんだ、仕事は裏切らない」という強いメッセージがだけが残っていた私は仕事に打ち込んだ。

 上司も職場の皆も魔法オタク達だったので、私が女性であろうが貴族であろうが気にしなかったし、自分の研究が一番だったので職場環境もとても良かったのだ。


 そんなわけで、人間嫌い!恋愛なんてもってのほか!で、友人の一人もいなかったがそれなりな人生は送れてきたのだった。



・・



 私が二十歳になったばかりの頃、三つ下の妹がかねてからの婚約者と結婚し、両親は私を呼び出した。


「セレン、もう二十歳になったわけだしそろそろ結婚しないか?」

「結婚ですか……」


 むろんこの時はまだ前世の記憶は思い出していないのだが「結婚だけはもうこりごり!」という強い気持ちは残っていて、反射的に首を振った。

 両親は半分諦めた顔をしながらも「実はお祖父様が先日倒れたのよ」と切り出した。病気を患ったわけではないが、元気なお祖父様も老いには勝てないらしい。確かに少し老けたな、と思う場面は最近何度かあった。


「父上はいつもセレンを心配して、想っているんだ。安心させるためにも結婚相手を探すのはどうだろうか?」


「……」



 私はその日、久々にお祖父様の部屋を訪れた。お祖父様はいつものロッキングチェアに座って私のお土産の論文を読んでいた。私は部屋の隅に置いてある大きなクッションの上に座る、幼い頃からここが私の定位置だ。子供の頃から使っているお気に入りの深いブルーのクッションは、私が家を出た後もそのままにしてある。お祖父様の部屋はいつだって私に「ここにいてもいいんだよ」と言ってくれる。


「お祖父様、結婚した方がいいのかしら」

「したくないならしなくてもいい」

 お祖父様は論文から顔を上げずにすぐに答えた。


「あいつらに結婚しろと言われたんだろう。私のことを老いぼれジジイだと思っているらしい」


 そしてお祖父様は立ち上がって、棚に並んでいる魔法具を眺めた。その棚は私が制作に関わったものだけが置いてある。お祖父様の大事なコレクションの中でも、ひときわ丁寧に飾ってあるその棚を見ると胸がいっぱいになる。


「私はセレンが元気にしているならそれでいい。でも、いつかセレンが誰かのことを愛して、愛されてくれたらいいとも思っている」


 それは意外な言葉だった。お祖父様に結婚について問うたのは、半分相談で半分は肯定してほしかったのだと思う。きっとお祖父様は結婚せずに研究するだけでいいと言うと思ったのだ。


「セレンは何かに傷ついている、それを和らげてくれる相手がいればいいなとは願っているよ」


 気難しくて魔法以外のことについては多く語らないお祖父様がそんなことを願っていてくれていると思わなかった。お祖父様は私の元までやってきて屈むと、そっと私の瞳に指を近づけた。


 どうやら泣いていたらしい。物心ついてから泣いた覚えなどなかったから自分でも驚いた。


「お前の心が溶けて、涙をぬぐってくれる相手がきっといる」


 今私の心を溶かしてくれるのはお祖父様だけだ。

 私はお祖父様さえいればいいと思っていた。でも、お祖父様は永遠に一緒にいてくれるわけではない。

 どうしたって私よりずっと先にお祖父様は亡くなってしまうのだ。それにお祖父様も気づいているからこそこうやって、らしくない話をしてくれたのだろう。


 恋をするのはなぜかすごく怖かった。でも、お祖父様のために私は結婚相手を探してみようかと思い始めた。


 そして、初めての舞踏会で私は後の夫となるレイン・リスターと出会ったのだ。

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