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13 魔法が運ぶ緊急事態

 


 ガタガタと揺れて私の移動が始まった。扉を開く音がかすかに聞こえて、木箱に入り込む風が冷たい。どうやら物置から外に出たらしい。


 数十秒揺れが続いて、止まる。


「待たせたな、これを積んだらすぐに出る」


 副所長の声が聞こえる。どうやら馬車に積まれてどこかに運ばれるのだろう。ここから離れたらまずい。そもそも今どこにいるのか検討はつかないけれど、王都から離れれば離れるほど助けてもらえる確率は減る。


 少しでも時間を稼がないと。私は箱に体当たりしてみる。


「セレンたん、どうしたんだい?僕と一緒にいける喜びで震えちゃったかな?でも暴れないでね、危ないだろう?」


 子供に言い聞かせるような副所長の声が聞こえる。


 抵抗虚しく、私の身体は箱ごとふわりと宙に浮かぶ。副所長は魔力が高い。浮遊魔法で運ばれたのだろう。すぐに私は着地した。馬車の中に積まれたのかもしれない。




「すみません」


 少し遠くから、涼やかな声が聞こえる。この声は。


「……どなたですか?」

「先日ご挨拶させていただいたセレンの夫のレイン・リスターですよ」

「ああ、セレンさんのご主人ですか。どうされましたか?」


 さらっとしたレインの声と、動揺を隠しきれていない副所長の声が聞こえる。


「妻を返して貰いに来たんですよ」

「仰っている意味がわかりませんね。申し訳ありませんが、今から予定がありまして」

「どちらにお出かけに?」

「貴方に言う必要がありますか?急いでいますので」

「必要ありますよ。私の妻がこちらにいると思うのですが」

「だから知りませんよ、何を勘違いされているのか……」

「いえ、ここにいるはずなんです」

 レインは鋭い声で断言した。


 木箱の隙間から、青い一筋の光が真っ直ぐ私に伸びてきた。それは私の白衣のポケットに繫がって行く。


「なんだこれは」

「私の妻は優秀でして。今開発中の商品らしいです。こうやって誘拐された時に使えるアイテムでして」


 所長から預かった卵にGPSのような機能をつけられないか、と最近一人で試していたのがうまくいったのだ!片方の卵からもう片方まで光が導いてくれる設計にしてみたのだ。

 成功に密かに喜びながら二人の会話をじっと聞いていると、木箱の蓋は開けられた。開けてくれたのは、カーティスだ……!


「協力者は信頼できる者にしなくてはいけませんよ。待機していた馬車の従者、金を握らせたらすぐに役目を放棄しましたよ」


 レインが副所長と話している間にカーティスが私を木箱から抱き上げ、ロープを切ってくれて、マスクを外してくれた。まだ少し痺れているが立てそうだ。そしてポケットから私は青い卵を取り出した。


 私が卵をぎゅっとにぎると一直線に光が伸びて、それは三メートル先にいるレインに繫がっていく。レインの手には白い卵が握られている。レインの方を向いていた副所長は青い顔で振り返って私を睨む。

 私はその目線には気づかないふりをして、副所長の奥にいるレインを見るとレインは頷いて微笑んでくれた。

 レインはきっと来てくれると信じていたけれど実際に顔を見ると安堵で力が抜ける。


 そしてレインの後ろから、すぐに体格のいい二人の男性がやってきて副所長の腕を取った。痩せた両腕は簡単に拘束される。


「離せ……!」


「すぐに騎士団も到着します。言い訳があればその後で聞きましょう」



 私はカーティスに支えられながら馬車を降りた。

 そしてレインのもとに向かったが、あと数歩というところで、背後で爆発したような音と共に激しい風がその場に吹き荒れた。



「……グッ」

「ガッ……」



 護衛で雇っている二人がそれぞれ別の方向に吹き飛ばされて建物にぶつかり倒れてそのまま動かない。二人が元いた場所にいた副所長が一人立っていて、細い両手を大きく開いて真っすぐ伸ばしている。


「……!」


 そうだ、副所長は魔力が高い。体格のいい二人は強い風にいとも簡単に叩きつけられてしまったのだ。


「……ふふ、さあセレンたん来るんだ!」


 副所長は笑顔で私に向かって手を伸ばす。すぐ近くにいたカーティスが私を庇うように前に立ったが、簡単に彼の身体は浮き上がり護衛と同じように建物に叩きつけられた。


「カーティス!」


 カーティスはすぐに立ち上がってこちらに向かってこようとするが


「セレンたん!僕のもとへ!」


 副所長がもう一度私に向かって手を伸ばすと、彼の手の動きに合わせて私の身体が一メートルほど宙に浮く。副所長が自分の方へ引っ張る仕草をすると、私の身体は強い風で彼の元に運ばれそうになる。暴風でカーティスも私の元には戻ってこれない。


 私にだって魔力はある。逆方向に身体よ動け!と浮遊魔法を発動して彼の力と反発させるが、副所長の魔力のほうが強い。


「セレン!」


 風が吹き荒れる中、なんとか私のもとまで来たレインが私に手を差し出した。――手袋も何もしていない。


「私のことは気にしなくていいから!手を取って!セレン!」


 私の戸惑いに気づいたレインは叫んだ。

 覚悟を決めて力を振り絞ってレインに近づき、右手でしっかりレインの手を取る。レインは私の右手を両手で掴み力を込めて引き寄せた。そしてそのまま私をしっかり抱きしめてくれたから、私の足はようやく地上に降り立つ。


「セレン、風を相手に押し返そう!」


 副所長は必死な形相で綱引きをするように、私を手繰り寄せようとしている。私は副所長に手のひらを向けた。レインも同じボーズを取り、副所長に向けて二人で大きな風を吹かせた。

 副所長自身が起こしていた風に、私たちの放った風も合わさり竜巻になり、勢いを落とすことなく副所長にぶつかった。


「わっ……!」


 竜巻が副所長に命中するとその場には大きな砂煙が立ち、土や小さな石が降ってくる。


「セレン!」


 私を抱きしめたまま、レインが覆いかぶさるように土から守ってくれる。


「セレン、大丈夫?痛くない?」

「私は大丈夫よ!でもレインは……!?」

「うん、平気だよ。かすり傷にもなってないよ」

「違うわよ、私を抱きしめたりしてアレルギーは!?」

「緊急事態だからそんなこと気にしてられないよ」


 レインは私に笑顔を作ってくれるが、すぐに後ろを向き副所長のいた場所に目を向けた。私もレインの肩越しに見ると、砂煙の向こうにうっすらと見える副所長の影は倒れて動く気配はない。


「そうだ、カーティスは……!?」


 レインと私が立ち上がると「ここにいます、無事ですよ!」とカーティスの声が聞こえた。


 砂煙が薄まってくるとカーティスと護衛の二人の姿も確認出来た。皆怪我はしているが動けるようだ。

 護衛の二人がすぐに副所長の元に行き、気絶している彼の手をロープで巻いていく。


「相手が魔力があることに気づけず油断しておりました、申し訳ありません」

「魔力を封じるロープで結びましたからこれで大丈夫です」


 二人は申し訳なさそうな顔をして私たちに謝罪をした。


「彼の狙いはセレンだから私とセレンは先に帰るよ。今は気を失っているけど、目を覚ませばまた抵抗する恐れもある」


 レインは私をまだ左腕に抱いたまま言った。


「君たちは騎士団が到着するまでここで彼を見張っていて。二人は怪我もしているから……カーティス、二人の治療をしてくれる?――カーティスの怪我は問題なさそうだね」


「ええ、少し擦ったくらいです。ではお二人は急いでお帰りください」


 カーティスも笑顔を作ってくれる。その顔はあちこち血が滲んでいるが、大きなケガはないらしい。


 副所長がうめき声を上げている。魔力を封じているとはいえ目覚めたら厄介なことに変わりはない。


「セレン、行こう」


 レインは私の手を取って走り出した。


「ねえ、レイン!こんなに私に触って大丈夫なの!?」


 走りながら私は質問する。


「緊急事態だから!それにきっと……大丈夫だよ!とにかく今は帰ろう!」


 さっき砂の風から私の頭を守ってくれた手の甲は擦り傷がたくさんだ。その手がしっかり私を握ってくれている。私はとにかく走るしかなかった。

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