学び舎の光栄
1939年 第二次世界大戦が勃発していた時、偶然アメリカ兵が道端に倒れていた死体を見つける。アメリカ兵は死んでいることを確認するために死体に近づいたがそ反応は無くアメリカ兵が立ち去ろうとした時、後ろからこめかみを食いちぎられる食人事件が起きた。
それがバイオハザードの始まりだった。人類達は絶滅の危機に追いやられていた。人々は、その恐ろしい化け物達を「コラプション corruption」と読んだ。人類は高度な化学文明をきづくことによってコラプションの侵入を防ぐことに成功した。バーチャル型の壁を作ったのだ。その後人類は平和に暮らすことが出来ていた。
あの時までは
第1話 生かされた意味
茶色い地面の上を颯爽と駆け抜けていく少年がいた
その少年こそがこの物語の主人公.日山 泰輝だ。天パな黒髪に綺麗なブルーグリーンのくりくりとした目。肌は色白で体格は少し細身だった。
(あー、遅くなっちゃったなぁ…捺怒ってるかなぁ…?)
捺その子は日山の幼なじみの少女だ。とても活発な明るい子でいつも日山を引っ張ってくれる頼れる存在の子だ。日山はどうやら、集合時間に遅れたようで汗を垂らしながら全力で走っていた。
(あ!いた!!)
日山は行きなれた公園に駆け込む、そして手を大きくあげて捺を呼ぶ。
「ごめん!!捺!!遅くなっちゃった!!」
そう日山が言うと捺は呆れた顔をしながら日山を見た。日山は申し訳なさそうな顔をしていた。その顔を見た捺が苦笑いしながら日山に言った。
「別にいいよ、今日もどうせおばさんの手伝いしてたんでしょ?」
そう聞かれた日山はバレたかと言わんばかりに苦笑いしながら頭をかいた。捺は呆れた笑みを浮かべつつもその顔は穏やかだった。日山はそんな捺の優しい笑みが好きだった。
「うん、今日は買い物の手伝いに行ってたんだ。すぐ終わると思ったから大丈夫かなぁ〜って思ってたんだけど…やっぱり遅れちゃった…ごめんね、捺」
そう言ってもう一度謝る日山の頭をポンっとひと叩きして捺は滑り台の上に昇った。そして、空に指をさしてこう言った。
「今日は!桃山を登ろう!!」
その言葉を聞いた日山は口を開けてポカーンとしていた。そんな顔をしている日山を置いて、捺はこれからの予定を話し始めた。
「いい!たいちゃん!今日は桃山を制覇するの!最近私達は運動不足だと思うのよ!最近、コラプションを見たって人がおおくてまともに外出させてくれ無かったでしょ?」
そう日山に訴えかける目は、とてもきらきらとして輝いていた。日山は少し苦笑いしながら答える。
「まぁ、そうだけど…危ないよ…?今本当に見たって人多いし…いつ警報なるかも分からないよ?」
そう日山が弱々しく言うと捺は滑り台から飛び降りて、日山の方にズカズカとやってきて言った。
「たっちゃんはどうしてそんなに弱々しいの?!男の子でしょ?!もっとシャキッとしないとダメじゃん?」
そう言われた日山は口をとんがらせた。捺はにひひと笑った。日山は何も言い返すことが出来なかった。確かに、日山は他の同世代の男の子達より気が弱く、自分の意見を上手く伝えることが出来ない性格だ。なにより、日山は周りと見た目が違うということでいじめられているという事実もあり。「誰かに意見を言う」ということがあまり得意では無いのだ。それを、知っている捺はそれを治そうともしてくれているが、こういう風にいい感じに使われることも多々あるのだ。
「さぁ!つべこべ言わず行こうや!じゃないと日暮れてしまうで!」
そう言って捺は日山の手を引っ張った。日山は自然と前に進まされた。
「え?!ちょっと?!待ってよ!!捺!!捺ってば!!」
そんな日山の声は捺の耳には全く届いていないようで日山は強制的に連れていかれることとなる。
日山達は桃山の山頂に来ていた。桃山は日山たちの地域1の大きさを誇る山だ。登山家の中ではとても有名で初心者でも登りやすい山ということもあり多くの人たちが登っている。景色もとても綺麗で、山頂では日山達が住んでいる街が一望できる。そして、登山の途中では綺麗な滝や鍾乳洞も見ることが出来る。
「うわぁ!凄い!!」
そこから見える景色は噂通り絶景だった。山々の間から見える日山達の街。その先に広がる青々とした海。どこを見ても絶景だった。そんな日山の輝いた顔を見ていた捺はとても優しく微笑んでいた。捺にとって、日山は兄弟のような存在なのだ。捺は片親のようで兄弟もいない。だからこそ、日山の存在がとても大切な存在だったのだ。
「でしょぉ!来て正解だったでしょ!」
そう言われた日山は輝いた顔で捺の方を見て嬉しそうに笑いながら言った。
「うん!!連れてきてくれてありがとう捺!!」
そう言われた捺は得意げに微笑んだ。日山もまた明るく優しい微笑みを返した。
そして、日山達はそんな綺麗な景色を見ながら語った。そして、気づけば帰る時間になっていた。日山達は山をおりいつもの見なれた公園に帰ってきていた。
「あぁ〜!楽しかったぁ!」
そういいながら背伸びをする日山と捺、日山は捺を見た。捺は少し寂しそうな顔をしていた。日山はそんな捺の顔を見て心が締め付けられる思いになった。捺はいつも、帰る時に寂しそうな顔をする。捺の母親は捺を育てるために夜遅くまで多くの仕事をかけ持ちしていた。そのせいか母親は捺がねいった頃に帰ってくることが多いらしい。前、母親が帰ってくるまで起きていると母親が悲しそうな顔をしてしまったことがあったらしい。その時から捺は母親に迷惑をかけまいと先に寝るようになったらしい。夜ご飯も1人で食べることが多い。たまに日山の家に呼んで夜ご飯を一緒に食べることもあるが、捺のお母さんがそれをとても嫌がってしまうため日山も呼びにくいというのが正直な気持ちだった。日山は公園の時計を見た、帰る時間はとっくにすぎていた。少しの沈黙の後、先に口を開いたのは捺だった。
「今日はありがとうね!すっごい楽しかった!」
そう笑顔で言う捺の笑顔の裏には寂しさが隠れていた。日山はそれを見逃さなかった。日山が、口を開こうとした時。サイレンが鳴った。
ウォォォォォン
日山達の動きが一瞬にして止まった。そして、体の中の汗が一気に吹き出ると同時に体の熱が一気に冷めるのを感じた。
「え…?嘘でしょ…?」
このサイレンはコラプシションがバーチャルの壁を突き破り侵入してきた時になる警報音だった。
「コラプションが……コラプションが来たんだ……!」
一瞬自体が把握できなかった二人だったが、周りの走る音と警察、消防の避難を呼びかける声で現実に引き返される。そして、捺が日山の腕を掴んだ。
「にげるよ!!」
そう言うと捺は日山の腕を引っ張り走り出した。日山は何がなんだがまだ完全に理解できていないのか足がおぼつかない様子だった。そんな日山に捺が呼びかける。
「何ボートしとるんじゃ!!しっかりせられ!!」
その呼び掛けに日山はハッと我に返される。その瞬間周りの音と光景が目に飛び込んでくる。避難を呼びかける特殊部隊員、警察、消防、特命救急員、あらゆる声が耳に入ってきてその場の緊張感、絶望感を視覚、聴覚、嗅覚、あらゆる感覚で伝えてきた。
(なんで、なんで…)
日山は捺を見る。捺はただまっすぐ前を見て走っていた。だが、確実に走る速度は落ちていた。その時だった、叫び声が聞こえた。
「きゃあああァァァ!!」
その叫び声に思わず捺は立ち止まってしまった。そこに拡がっていた光景は女の人がコラプシションに首の肉を食いちぎられていた。その光景を見た二人は顔が青ざめて日山はその場に腰を抜かしてしまった。
「痛い!!痛いいい!!」
女の人が叫び、痛がっている姿を二人はただ呆然と見ているしかなかった。その時だった、ごきっと生々しい音がした後に女の人の叫び声が聞こえなくなった。日山と捺は女の人が息絶えたのだと察知した。頭ではわかっている。ここから逃げなければならないことも。だが、体が動いてくれないのだ。
(逃げなきゃ…!逃げなきゃ…!)
そう必死に自分に言い聞かせるが足が動いてくれない。足はずっと震えていて、まともに立てる状況ではなかった。そんな、日山の姿をて状況が危機的状況にあることも捺は分かっていたが、捺も足が動かなかった。
「なんとかせにぁ!なんでよ!!なんで動かんのんよ!!」
そう言いながら自分の足を叩いている捺を見て、日山は自分の足を動かそうと必死に手で足を動かそうとするが足は力が入らず直ぐ力を失ってしまった。その時だった、捺の悲鳴が聞こえた。
「うわぁあぁ!!」
日山が横を見ると捺がコラプシションに襲われていた。
「捺!!」
そう叫んだ矢先、捺の腕にコラプシションが噛み付いた。その瞬間血が吹き出した。
「痛いぃぃ!!」
そう、捺は絶叫した。その光景を日山は見ていることしか出来なかった。そして、捺の腕は食いちぎられてしまった。血飛沫が上がりあっという間に食いちぎられた。日山はもう絶望することしか出来ずただただ地面に尻もちを着いていることしか出来なかった。目の前で親友の幼なじみが食いちぎられていくというのに何もすることが出来なかった。目の前には次々と体のパーツがちぎれていく、絶叫しながら痛がる捺の姿だった。
「たっちゃん!!助けて!!」
そう叫ぶ捺の顔はひどく歪んでいた。痛みが伝わってくる、どんどん血の海が拡がっていく。そして、捺の声は聞こえなくなっていった。日山は、何も出来なかった。ただ泣くことしか出来なかった、食いちぎられていく親友の姿を見ることしか出来なかった。その時だった。大きな音ともに不意に地面から体が浮いた。
「男の子を救出!女の子がいますが…もう…」
そう男の声が頭の上から降ってきた。そして、そう男が言った瞬間銃声が頭の中を反響しながら響き渡った。そして、その瞬間に脳の活動が一瞬にして戻った。さっきの光景、自分が何をしたか。その瞬間日山は心の底から自分に対する嫌悪感と不甲斐なさ、悔しさ、悲しさ、が込み上げた。
「うわぁぁぁぁ!!」
そう日山は叫んだ。日山を抱えている男は何も言わなかった。ただ、どこかを目指して走っていた。日山は泣くことしかできなかった、ただただ叫びながら泣き続けた。男の人は終始無言だった。男の人はあえて何も言わなかったのだろう。
「僕のせいだ…僕のせいだ…僕のせいで…捺が…捺が死んだんだ…!なんで…!僕のせいだ!」
そう言い続ける日山に男の人が初めて口を開いた。
「自分を責めるな。お前が女の子の分まで生きるんだよ。そうしなきゃあの子が報われないだろ」
そう、男の人は言うと日山を下ろした。気づけばそこは避難所に着いていた。日山は担架に下ろされていた。日山は男の人を見る。
「お前はまだ子供だ。力もない、あの場で何も出来なくて当然だったんだ。お前が生き残った意味はただ1つ。あの女の子の分まで生きることだ。それが君にできるただひとつの事だよ。」
そう言うと男の人は日山の頭を撫でて、立ち上がった。そして、看護師らしき人に日山の容態のようなものを伝えていた。日山はさっき男の人に言われた言葉の意味が理解することができなかった。日山はただただ涙を流し続けることしか出来なかった。何も考えられない、目は空いている、見えているはずなのに目の前は真っ暗だ。頭の中ではずっと捺の叫び声とあの光景が繰り返し、繰り返し再生される。
「僕、この光見えるかな?」
看護師が日山の目に光を当てるが日山の目はその光を追おうとしない。一点をただ見つめているだけだった。そして、一言呟いた。
「僕のせいだ」
それを聞いた看護師さんは日山に優しく毛布をかけてその場を去っていった。日山は同じ言葉を何度も、何度も、繰り返していた。看護師が食料を置いて言ってくれたが食欲なんて出る訳もなくただ、ただ、一人で呟いていた。日山の頭の中には最悪なことを想像していた。おばさんが死んでしまっているのではないか、この町はもうダメなのではないか、僕は死んでしまうのではないか。最悪な考えが頭の中を滑走する。想像が膨らんでいくにつれてさっきの記憶が鮮明に思い出される。その瞬間、涙が溢れ出て、吐き気が襲ってくる。
「ごめんなさい…僕のせいだ…ごめんなさい…」
その時だった、聞き覚えのある会いたかった人の声がした。その瞬間、日山はその声のする方をむく。
「おばさん……?」
そして、さっきまでずっと動かなかった体がようやく動いた。縄から開放されたような感覚に襲われた。そして、日山は声がした方に走っていく。そこに居たのは、叔母だった。
「おばさん!!!」
日山はおばさんに飛びついた。おばさんは日山を抱きしめた。日山もおばさんのことを抱きしめた。おばさんの体は震えていた、さっきまで感じることのなかった人の温もりが一気に体全体に拡がっていく。それと同時に、また記憶がフラッシュバックしていく。
「あぁ、泰輝!!良かったぁ!無事で本当に…!」
叔母は日山を抱きしめて泣いていた。日山も叔母を抱きしめてただ震えていた。その様子を見ていた助けてくれた男はただ優しく微笑んでいた。看護師もほっとしたような顔をしていた。叔母は日山の頬を両手でそっと触った。夏だと言うのに冷えきったその頬は何があったかを鮮明に語っているようだった。
「おばさん…捺が…捺が……」
そう日山が震える声で訴えると叔母は日山を優しく抱きしめた。日山は叔母の服を強く握りしめて震える声で言った。
「捺を…助けられなかった…僕、何も出来なかったんだ…見殺しにしちゃったんだ…!」
そう訴える日山の目からはまた大粒の涙がこぼれおちた。ただ、震える日山を叔母は優しく抱きしめることしか出来なかった。
「ごめんなさい…ごめんなさい…!」
そして、あの壮絶な日から3ヶ月が立った。日山達は復旧作業と弔いの儀式におわれていた。
「たっちゃ〜ん!準備できた〜?」
そう玄関から声をかけるのは叔母の日山 遥葉だ。その奥から暗く、重い顔をして出てきたのは日山だった。日山はあれから夜も眠ることが出来ずただただ暗い毎日を送っていた。そんな日山を叔母は悲しそうな顔で見ていた。とても明るく、穏やかな笑顔で笑っていた日山がそこには完全にいなくなっていたからだ。
「たっちゃん、本当に大丈夫?別に…私だけで行っても大丈夫なのよ…?無理しなくていいのよ…?」
そう、訴えかける叔母を日山は見た。その日山の目は暗闇に落ちていた。虚ろな目とまだ10歳にも満たないというのに目の下には大きなくまができていた。叔母はそんな日山の姿を見るのがとても辛かったが叔母にはどうすることも出来ないのだ。下手に言葉をかけてしまえばもっと日山を傷つけてしまうかもしれない、二度と立ち直れなくなってしまうかもしれない。そう思うと声がかけられなくなるのが事実だった。その逆もまたあるのはあるがここはそっとしておくことが大事だと叔母は考えたのだ。
「行かなきゃ…謝らなきゃ…」
そう呟いた日山は、靴を履き始めた。叔母はそんな光景にそっと目を閉じるように玄関のドアに手をかけた。
「そう…じゃあ、私は外で待っておくわね、靴が履けたら来てね。」
そう言うと、叔母はそっと玄関をあけ出ていってしまった。日山は一人靴を履きながら一点を見つめていた。その一点を見つめる目は何かを考えているようにも思えた。そして、日山は戸を開けた。太陽の日差しが日山の目を襲った。その光はあの日のことを思い出させるようだった。あの日もとても暑い日だった、空は澄み切っていてとても綺麗だった。日山はそんな思い出に蓋をするように目を伏せた。
そして、弔いの場に着いた。弔いの場には多くの人達が集まっていた。日山と同じく友人を亡くしたもの、家族を亡くしたもの、ペットを亡くしたもの、場の空気は当然重苦しく、悲しい。日山と叔母はそんな中から捺の遺影を探していた。この弔いの場はあえて遺骨は置かず遺影だけを置き、弔いの場としている。その理由はただひとつ。コラプションに食べられた人たちの遺体がないからである。全ての弔いが平等になるようにと政府が定めた規定である。たとえ遺体があったとしても遺骨として持ってはいけないという規定になっている。それに物議を醸す人たちも一定多数いるが触れてはいけないという暗黙の了解があるだ講義を起こすことは皆しない。日山と叔母は捺の遺影を見つけた。その遺影に映る捺は、とても幸せそうな笑顔で笑っていた。その笑顔は吸い込まれそうな程に美しくて切ない。日山はまた目から涙がこぼれた。散々泣きはらしたはずの涙が止まらなく出てくる。叔母はそんな日山をそっとまたあの時のように優しく抱きしめた。
「捺ちゃんがつないだ命。私達が必ず繋なごう、たっちゃん、諦めてはダメ前を向きましょう。」
叔母はそう日山に優しく言った。それを聞いた日山は叔母の腕をギュッと抱きしめた。そして、声にならないほどに泣いた。その涙を最後だと決めて。日山は泣き疲れて椅子に座っていた。叔母は友人や恩師の弔いに行っていた。遠くでは泣く人や、特殊部隊員に「なぜ、救ってくれなかったんだ!」「返してくれ!!」と罵声を浴びせる人など色んな人達の声が聞こえてきていた。日山は、そんな色々な声に今度は目を背けることなく向き合っていた。現実は残酷だと。
(逃げない、今度は逃げずに戦うんだ。何もしないなんて嫌だ。)
そう心に決めた日山の目にはハイライトがちゃんと戻り、綺麗なブルーグリーンの目になっていた。その目には意志の強さがみてとれた。その時だった、1人の男に声をかけられる。
「あの、」
日山は声の方をむく、そこに立っていたのは日山をあの日担いで避難所に連れていってくれた特殊部隊員の男性だった。日山はその場に立ち上がった。
「あ!あの時は、ありがとうございました。何もお礼言えずにごめんなさい!」
そう深深と頭を下げる日山を見て、男性は少し驚いた顔をしていたが、すぐに優しい顔つきになった。
(しっかりした子だな。親の躾がよっぽどしっかりしているんだろうな。)
「いや、いいんだよ。顔上げて。俺は君が無事だっただけでそれだけでいいよ。少し、やつれているように見えるけど大丈夫かい?」
そう優しく男性に聞かれた日山は少し戸惑った後に答えた。
「はい。大丈夫です。」
そう答える日山の顔は少し安心したようにも見えた。男性は微笑んで日山の頭をそっと撫でた。日山は、少し照れくさくてはにかんだ笑顔で笑った。男性も少し恥ずかしかったのかすぐに手を離した。そして、日山を椅子に座らせた。
「…あの時は、女の子を助けてあげられなくてすまなかった。俺がもっと早く来ていれば助かったかもしれない。本当にすまなかった。」
男性はそう言うと日山に向かって頭を深深と下げた。日山はその行動に戸惑ったが、男性の拳が震えていることに気がついた。そう、男性もまた救えなかったことを悔やんでいるのだ。日山だけではないのだ、救えなかったことに対しての悔しさや苦しさは皆一緒なのだ。
(そうだ、僕だけじゃないんだ…苦しいのはみんな一緒なんだ…)
「いいんです。お兄さんは何も悪くないです。僕があの時、捺を助ける勇気がなかったのがいけなかったんです。助けようと思えば助けられたんです。だから、顔を上げてください。もう謝らないでください。だって…」
そう言われた男性は顔を上げた。男性は驚いた顔をしていた。なぜなら、日山は優しく微笑んでいたのだ。
「辛いのはみんな一緒なんだと今気づいたんです。だから、お兄さんも救えなかったことを悔やまないで。お兄さんが言ってくれたように亡くなった人達の分まで全力で生きなきゃいけないんだ。だから、前を向いていこうお兄さん。」
そう言われた男性は目頭が熱くなるのを感じた。だが、それをグッとこらえて、頷き前を向いた。日山は、優しく、優しく微笑んでくれた。
(クソォ…参ったなあ…子供に諭されて泣きそうになりなんて情けない男だな俺は…)
男性は、そう心の中で苦笑いした。日山は男性を椅子に座らせた。そして日山は、少し間を置いて口を開いた。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
男性は日山を見る。
「ん?なんだい?」
「お兄ちゃんさんは、光栄学園に行ったんですか?」
その質問に男性は少し不思議そうな顔をした後、何かを察したかのような顔をした。
「そうだよ。俺は、光栄学園の卒業生。」
光栄学園とは、日本政府が管理する学園。この学園に在籍する生徒達はコラプションと戦うために訓練される生徒である。学科は多くあり、医学科、看護科、特殊科、工学科、そして、中学からの繰り上がりで学習成績、体力成績共に優秀だったものが入学できるエリートの中のエリートコース特進科である。特進科は所属組織が多く毎年多くの卒業生があらゆる部署へと飛んでいく。捜査一課、公安、特殊部隊、レスキュー隊、空挺団など色々なエリート部署へと飛ばされていく。
「あの、その学園にはどうやったら入れますか?」
そう聞かれた男性は目を丸くしていた。だが、そう問いかけてきた日山の目はとても輝いていた。答えを求めるその視線には静かに燃え上がる炎が見えた。
「……光栄学園は基本的に一般の高校と同じように受験すれば入ることができるよ。けど、一つだけ他の科とは比べ物にならない科があるんだよ。それが特進科、その科は中学の成績が全て良くないと入れないんだよ。学校からの推薦だってあるぐらいだからな。」
それを聞いた日山は目を点にしていた。あまりにも日山が今まで過ごしてきた世界と違う話をされたからだ。男性は少し苦笑いし日山に問いかけた。
「光栄学園に入りたいのか?君、まだ小学生だろ?」
そう聞かれた日山は男性から目を離した。男性は日山のことを真っ直ぐと見つめていた。どうして、男性に光栄学園のことを聞いたのかを知りたかったからだ。男性は日山に興味津々という感じだった。
「なんで、コラプションがこの世界に生まれてきたのかを突き止めたいのと、コラプションを全部倒してこの世界を平和にして、もう誰も悲しまない世界にしたいからです。」
そう答えると、日山は逸らした目をまた男性に向けた。その目は、さっきとは非にならないぐらい熱い目をしていた。青く綺麗な目の奥に燃えたぎる赤い炎が見えた。男性はその日山の表情を見て少し驚いていた。男性は、少し考えたあと口を開いた。
「入学したいと言うなら俺は止めないし、君の希望を尊重するよ。けどね、もっと辛いことが沢山待ってる。それでも、君は耐えるという約束ができるか?」
その質問に一瞬日山は戸惑いを見せたがまた、日山は力強く頷いた。男性はそんな日山を見て優しく頷いた。そして、男性は日山になにかの可能性を見いだした。
(この子ならば、何かを変えてくれるかもしれないな。)
そう期待してしまった己を憎みながらも男性はその可能性にかけて見たいという思いを優先するように日山の肩を優しく掴んだ。そして、真剣な顔をして言った。
「本当にその目標を叶えたいなら。特進科に行くんだを特進科に入学すればきっと君の夢は叶う。簡単な道のりではないけど、君ならきっと乗り越える力だあるはずだ。」
日山はその言葉を聞いた時、決意が完全に固まった。日山は大きく頷いた。男性も日山の肩を力強く叩いた。
男性は立ち上がった。そして、もう一度日山の方を見た。
「ありがとう、最後に名前だけ聞いてもいいかな?」
そう聞かれた日山は笑顔で答えた。
「日山 泰輝です!」
男性は優しく笑った。そして、そのまま背を向けて歩き出してしまった。
「待って!お兄さんの名前!」
男性は立ち止まることはなく歩き去ってしまった。日山はその場でぽつんと一人になってしまった。男性の背中はとても大きく、色々なものを背負っているのがわかった。日山はそんな背中を追いかけたいと心の底から思った。その時だった、叔母が戻ってきた。
「たっちゃん、ごめんね、待たせてちゃって。」
そう言われた日山は振り返ると叔母は少し驚いた顔をしていた。その顔はとてもやる気に満ち溢れた顔をしていた。さっきまでの暗く落ち込んだ顔の面影は一切なかった。そんな日山を見て驚いたのと同時に安心もした。叔母は日山の頭をそっと撫でた。日山は叔母のその行動を不思議そうに見ていた。
「どうしたの?」
日山がそう叔母に聞くと叔母は優しく微笑んだ。
「ううん、なんでもない。さぁ、帰ってご飯食べよ!」
そう言うと、叔母は日山の手を握って歩き出した。日山は未だ不思議そうにしていたが叔母の横顔を見た時、叔母もまた暗い顔は無くなっていた。日山もまた安心した。
そして、時は流れ。日山泰輝、15歳 光栄高等学園を無事に合格し入学することになった。光栄学園は寮制でそのために必要な荷物をまとめたキャリーケースとボストンバックを持って玄関に立っていた。最終確認のために大きな鏡の前で身だしなみを整えといると叔母が見送りのために玄関に来てくれた。
「おばさん」
叔母は少し寂しそうに微笑んだ。目の前にいるのは自分が守り、育ててきた息子。少し前までは小さかった息子が今は自分の身長も追い越し、一回りも二回りも大きくなっていた。顔つきもまだ幼さが残るものの大人っぽくなっていた。そう思うと自然と涙が頬を伝った。
「泣かないでよおばさん。必ず僕は帰ってくるから。」
日山がそういうと叔母は片手で涙を拭った。そして、日山の近くにより。もっと日山を間近で見た。綺麗な父親譲りのブルーグリーン目。目の形は母親譲りの綺麗な二重とまつ毛が長い目。日山の両親は日山が生まれて直ぐに亡くなってしまった。そのため、日山は写真でしか両親を見た事がないのだ。その両親に日に日に似ていく日山。それが何よりも喜ばしいことであり、そして、寂しくもあるのだ。
「約束よ。必ず生きて帰ってきて。」
そう言って叔母は日山の手を握って言った。その手は細く長い指、手の甲は骨が出ていて男らしい。日山は叔母の手をそっと握り返した。叔母の手は小さくて可愛らしい手、女性らしい手だった。指は家事を毎日してくれているから赤切れが少し目立つ。日山はそんな叔母の手で頭を撫でられるのが好きだった。そんなことを考えていると急に寂しさが心の底から襲ってきた。けれど、その思いは胸の奥にしまう。
「うん、必ず帰ってくるよ。叔母さんも必ず生きて待ってて。」
そう言って日山は叔母を抱きしめた。叔母はその瞬間涙が我慢できなくなり大粒の涙を零した。日山は肩を震わせて泣く叔母を優しくもう一度抱きしめて、腕を離した。
「じゃあ、行ってきます」
そう言って日山は荷物を持った。叔母も涙をハンカチで拭き取った。そして、優しく微笑んで言った。
「行ってらっしゃい」
日山は笑顔で頷き玄関の戸に手をかけて開けた。太陽の光が一気に差し込む。天気はあの日と同じ晴天だった。日山は深く深呼吸をして一歩を踏み出した。
初めまして!伊秩と申します!
ご愛読ありがとうございます!
1話目からなかなか重かったとは思いますが、これが大体の世界観だとわかっていただけると幸いです。これからも頑張って書いていきますので読んでいただけると嬉しいです!!
ちなみに、日山の出身は岡山県となっております。