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第二話 国王の死

「私は……、私は……殿下ではないのです……」


 ルミエールには意味が分からなかった。

 最初は断りの言葉かと思ったが、そう考えるには無理がある。

 真意を測りかねたルミエールが困惑の表情を浮かべていると、彼女の疑問を解くようにソレイユが言葉を続けた。


「私は殿下の影武者、オンブルといいます。本当はこのような正体の告白などありえない。でも、ルミエール様は相当なご覚悟の元にお話しされました。そして、貴女が好いてくださった殿下は、二カ月前から入れ替わった私のようです。だから本当のことを打ち明けました」


「え……? 影、武者……?」

「驚かれるのも無理はありません。ですが、これは本当のこと」


「私が好きになった殿下は、殿下じゃなかったの?」

「はい。貴女が好いてくださったのが、殿下ではなく私の方なのだと分かりました。そして私は、貴女にとても心惹かれています。だから殿下としてではなく、平民のオンブルとしてお話をしたかった。第一王子ではなくてガッカリされましたか?」


「よかった……」

「よかった?」


「だってオンブル様……」

「いえ、私はただの平民です。どうかオンブルと呼び捨てにしてください」


「オンブル……さん、貴方に婚約者はいないのですよね?」

「本当の私は影武者という自由の無い平民。婚約者など居ようはずもありません」


「よかった。この想いを殺さずにすみます」

「……。私は殿下の影武者。殿下の歩む生涯をトレースすることしかできません。それはつまり、殿下の生きる環境を変えられないということ。殿下の婚約者との関係も、上手くいっているように振る舞わなければなりません」


「それでも貴方は私にその真実を教えてくれました。貴方は……オンブルさんは心まで拘束されていません。オンブルさん、私の想いは届きませんか?」

「名を……オンブルの名を呼ばれてこんなに嬉しいのは初めてです。ルミエール様、私も貴女を好きです。だから、私の正体を打ち明けました。貴女の口からなら真実が広まっても悔いはないから」


「広めるはずがありません。だって貴方が罰せられるでしょう!?」

「ええ、単なる罰では済まないでしょう。でも、それよりもこの状況の方がまずいのです。誰かが目撃すれば、ルミエール様が婚約者のいる殿下と密会しているように見えます。もし知れ渡ったら貴女の将来に影響します。だからもう会わない方がいい」


「そ、そんな……。折角想いを伝えることができたのに……。あの、ここならば……、この裏庭で昼休みのひと時だけでもお会いできませんか?」

「それすらも危険でしょう。二人していつも姿が見えなかったら、探す輩が出るかもしれません」


 それを聞いたルミエールは激しく落ち込んだ。

 実らない恋、初めはそう思っていた。

 だから、悲恋でも平気だと思っていた。


 でも、好きな人に恋心を受けて止めてもらえた。

 それだけでなく、驚くことに彼は自分を好いてくれていた。

 処罰を受けても構わないと覚悟して、正体まで明かしてくれた。

 彼女にはそのオンブルの気持ちが嬉しくて、お互いを想い合えることが幸せで世界が輝いて見えた。

 それなのに、大好きなその人にはもう会えないのだ。


 残酷だった。

 決められたレールを歩む貴族令嬢の彼女が、一生に一度できるかどうかの恋愛。

 その恋が奇跡にも成就して両想いになるという最高の幸せ。

 その幸せを掴んだ瞬間に、自分から今すぐ手放さないといけないのだから。


 オンブルは下を向いて涙ぐむルミエールを悲しそうに見ていたが、小さく息を吐くと笑顔を作った。


「週に一回だけなら……きっと大丈夫です」


 その言葉を聞いたルミエールは、顔を上げオンブルを見つめてまばたきをした。


「お会い……できるのですか?」


 涙で瞳の潤んだ彼女は小さな声で慎重に聞き返す。


「毎週休み明け初日の昼なら大丈夫でしょう。きっと、皆忙しくて他人に構っている暇なんてないでしょうから」

「……嬉しい」


 こうして、第一王子の影武者で平民のオンブルと辺境伯の一人娘ルミエールは、互いに想いを通わせながらも誰にも明かせない秘密の恋を紡ぎ始めた。


◇◇◇


 そして十年の月日が流れ王子は国王になり、ルミエールの恋人オンブルは国王の影武者となった。

 学院を卒業した彼女は、貴族令嬢でありながらいくつもの婚約の申し出を断った。

 実るはずもない秘密の恋でありながら、決して諦めずに愛するオンブルだけを一途に見続けていた。


 今日はひと月に一度、二人が逢える日。

 ルミエールが愛しの彼にやっと逢えると街はずれの館へ到着すると、いつ来たのか先に到着したオンブルが応接室のソファに憔悴しきった様子で座っていた。


「ど、どうしたの!? 何かあったのですか!?」

「い、いえ、何でもないのです……」


 ルミエールが心配のあまりに慌てて問うが、オンブルは苦悩の表情でその答えを渋る。


「私は辺境伯の令嬢としての役割を放棄してまで、オンブルさんを選びました。私の覚悟と想いは、既に貴方と結婚したつもりなのです。もう私は貴方と異体同心でありたい。そして喜びも苦しみも全て分かち合いたい。だから、貴方の苦悩を教えてくださいませ」


 オンブルの心はルミエールの真っすぐな言葉に動かされたようで、苦悩に満ちた彼の目付きは、少しずつ優しく柔らかないつもの眼差しに戻っていく。

 それから彼は口元を引き締めた。

 かつて自分が影武者であると打ち明けたときのように、愛する彼女だからこそ、互いに求め合い支え合う関係だからこそ、悩みを共有する覚悟を決めたようだった。


「私は影武者でありながら陛下のお役に立てなかったのです……」

「どういうことなのです?」


「私の存在理由は陛下の代わりに死ぬこと。なのに! なのに私は……今ものうのうと生きている……」

「え、え!? どういう……。ま、まさか陛下に何かあったのですか!?」


 俯いたオンブルは一層悲壮感を漂わせると静かに語った。


「陛下は二週間前に……暗殺・・、されました」

「え……」


「外部と接触がある式事を私が全て代行したのに……王城へ忍び込んだ何者かが、自室で過ごす陛下を殺害したのです……」

「なんてこと……!」


 オンブルの衝撃の告白にルミエールは動揺して口を手で押さえるが、それではなぜ国王の死を自分が知らないのか疑問に思った。


「で、でも、私は陛下の崩御を知りませんでした。なぜ、その事実が公になっていないのです!?」


 国王ソレイユの暗殺は二週間前の出来事。

 それだけの時間があれば、情報に敏感な貴族の間では既に周知の事件であるはず。

 ルミエールの当然疑問に、オンブルがゆっくりと意味ありげに首を横に振った。


「それは、影武者である私が未だに生かされていることに関係するのです」


次回、『王妃の思惑』

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