自分を信じる
にぎやかなオフ会が終盤を迎え、真知子は再び美園を手伝ってドレスコーナーを片付ける。
「いやー、今日は大盛況だった!ごめんね真知子ちゃん、ほとんどほったらかしになっちゃって。楽しめた?」
「うん、ハンドメイドの作品、たくさん見られて楽しかったよ。それでね美園・・・」
真知子はシバさんとの約束を美園に打ち明けた。
「シバさんの作品のモデル?」
「う、うん」
美園は「ううむ」と、漫画みたいに考え込む。
「モデルになることは大丈夫だと思うんだけどねえ・・・真知子ちゃん、無理してない?気持ち的に」
「う、」
美園に指摘されて、真知子は唇をかむ。真知子は社交的ではない。知り合って間もない人と打ち解けられない。口下手だし、そんな自分に自信もない。
やっぱりモデルなんて、分不相応かな。と思ったが、美園を見ると「いひひ」と笑っている。そして踵を返すと、同じく自分のコーナーを片付けているシバさんの所へ走っていった。何やら相談しあう二人。最後にはお互いハンドメイド作家用の名刺を交換し、美園はまた走って戻ってきた。
「次の土曜日、撮影しようかって」
「えっ⁈」
展開の速さに真知子はついていけない。
「私も真知子ちゃんと一緒に来て良いって」
「あ、本当?」
「あと、着る服は私の作品の中からシバさんのアクセサリーと合うものを選んで、スタジオ借りて、あとは・・・」
「あの、私は何をすれば・・・?」
「真知子ちゃん?真知子ちゃんはね、えっとね、当日に備えて前の日にぐっすり寝るだけよ」
「・・・ようするに、いつもの美園の作品の撮影と同じでいいのね」
真知子が突っ込むと、美園はニコーっと笑った。
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まったく、美園にはかなわない。
真知子の自信のなさ、腰の重さ、けれども挑戦したい、別の世界に踏み出してみたいという内側に秘めた思いまで、すべて見透かして、真知子をフォローしつつ前へ押し出してくれる。そして、自分の悩みや苦しさ、他人の悪口は決して口にしない。
心配されてばかりの真知子だが、真知子だって美園が少し心配だ。
あのちゃらけた態度の下に、「いひひ」とふざけて笑う顔の奥に、どれだけの苦しみや悲しみを抱えているのだろう。
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撮影会は、洋館の一室を模したレンタルスタジオで行われた。
「すみません、俺のほうでも友人に撮影係を頼んでるんですけど、あいつの乗った電車が遅れてるみたいです」
シバさんはスマホを確認して申し訳なさそうに言う。
「そいじゃ、真知子ちゃん先に着替えちゃおっか」
「うん」
美園と連れ立って、更衣室へ向かう。美園が一緒で本当によかった。
「今日のドレスはねえ、このモスグリーンのやつと・・・」
「何着ぐらい撮影するの?」
真知子の問いに、美園はドレスを広げながら答える。
「今回はね、ドレスはあまり変更しないで、アクセサリーを多めに撮る感じかな」
「ドレス何回も着なおすの疲れるもんねえ」と言いながら真知子にドレスをてきぱき着せる。真知子も慣れたもので、美園と息を合わせてドレスをささっと着た。
次はメイクだ。美園は真知子からしたら巨大すぎるメイクボックスを開けて、下地やらファンデーションやらを出していく。
「真知子ちゃんってホントに肌がきめ細かいよねえ・・・きっと日頃の行いがいいのよねえ」
「行いは肌とは関係ないでしょ」
美園の的外れな発言に真知子は吹き出す。
「いつも通り、あんまり奇抜なメイクはしないで行くね。薄め薄め、っと・・・。」
薄めなのに何故巨大なメイクボックスが必要なのか真知子にはいまいち分からない。
「美園、私、自信がない」
真知子はポロリと言葉を漏らした。
「本当は怖くて仕方がないの。私なんかが、って思うの。私はモデルに向いてないんじゃないかって」
「真知子ちゃん」
美園の真剣な声に、真知子は視線を上げる。
「あたしが、『真知子ちゃん大丈夫よ』って言っても、意味ないから本当のこと言うね?」
「?うん・・・」
「真知子ちゃん、シバさんに「モデルになって」って言われたんでしょ?」
「うん」
「なんでだと思う?」
言われて真知子は考えた。思い当たるけれど、答えにくい。恥ずかしいから。
けれど、言わなければ。真剣な美園に応えなければ。
「私が、・・・シバさんの作品を輝かせるから」
「そうでしょう?だから自分を信じて?シバさんは真知子ちゃんそのもの以上は求めてないのよ」
「・・・そっか」
「それに、何事も勢いは大事」
美園はメイクブラシを握りしめて、宙に向かって「とりゃー!!」と謎の気合いを入れる。
「ほら、真知子ちゃんも!」
「え、」
「とりゃー!」
「と、とりゃー?!」
さっきの真剣さはどこへ行ったのだろう。