オフ会
「真知子ちゃーん!よかった来てくれて!」
オフ会当日、美園の住むマンションの前に集合した真知子は、美園の足元を見て驚く。5〜6泊分の荷物が入りそうな大型のスーツケースが、4つ。
「美園、どうしたのその荷物?」
「ぜーんぶ今年新作のドレス!あ、真知子ちゃんは撮影したから知ってるか」
「うん、覚え切れないくらいたくさんあったことだけ知ってる」
「うえーん、真知子ちゃんが今日は菩薩じゃない」
「菩薩引っ張りすぎだよ・・・」
2人で荷物を分けて駅まで歩く。電車に乗ってしまえば楽だ。
「ドレスは圧縮してつめてるの。会場についたらすぐに開ければ大丈夫」
「圧縮してるのにスーツケース4個分かあ。美園、気合入ってるね」
「うん、今日はね、試着もOKにするの!いろんな人に着てもらいたいんだ!」
その言葉を聞いて、真知子は少し胸の奥がチクッとした。思わず俯いてしまった真知子を見て、美園は明るい声で言う。
「あのウエディングドレス、売らない事にしたの」
「えっ!」
反射で美園を見ると、「えへへ」と笑っている。
「あんなに素敵なのに?」
「うん。だってあのドレス、真知子ちゃんのこと好きみたいだったから」
「・・・私がドレスを好きなんじゃなくて、ドレスが私を好き・・・?」
「そおよ。真知子ちゃんが着たらね、ドレスがすっごく輝いて見えたの。しっくりきた、っていうのかなあ」
言いながら美園はずいっと真知子の顔を覗き込む。
「だからね、真知子ちゃん。婚活も一緒よ?」
「え」
「いろんな人に会って、『しっくりくる人』とか、『お互いを輝かせてくれる人』を探しなね?」
「美園・・・・・・・・近いよ」
電車の中で、2人はお腹が痛くなるまで笑った。
オフ会は、おしゃれな貸しスペースをワンフロア借りて行われた。
会場に着くと、すでに何人かフロアにいて展示の準備をしている。
「おはようございまーす」
美園が声をかけると、
「おはようございます!」
「おはよう。すごい荷物だね」
「おはよーう」
と、銘々声を掛け合う。
真知子は美園を手伝って、レンタルしたマネキンにドレスを着せたり、簡易試着室を組み立てたりした。
「あ、おはようございます」
後ろから声をかけられ、振り向くと「シバさん」が立っていた。
「先日はどうも・・・」
「いえこちらこそ・・・」
「なによお、ふたりとも。しゃちほこばっちゃって。今日は無礼講よお?」
「美園、お酒の席じゃあるまいし」
真知子のツッコミに美園はケラケラ笑って、
「真知子ちゃん手伝いありがと!開始時間までそのへん見て回ってね」
と、真知子の背中を押す。
なんとはなしに、シバさんと歩き出す。
「あのう、よかったら、俺の作品見てもらえませんか」
シバさんは持参したカバンを軽くたたいた。
「私?美園じゃなくて・・・?」
「はい」
「私、アクセサリーには詳しくなくて・・・」
「いえ、俺、真知子さんの意見が聞きたいんです」
よくわからずに、シバさんの展示スペースまで来ると、並べ始めたアクセサリーを見て息をのんだ。
シルバーが美しいアクセサリーは、よく磨かれ、細かい装飾が施され、金属とは思えない優しい光を放っていた。おそらく、作品の一点一点が、すでに存在する物語をイメージして作られている。真知子は目にした瞬間思い当たった。
「これ・・・・船田洋平先生の・・・」
「『大地と空の果て』をイメージしました」
「このピアスははあれですね、藤堂美華先生の」
「『鯨の歌う夏』」
「このネックレスは、南薫子先生の」
「『愛は滴る蜜のように』」
「私、あの場面が好き。優香が朝美の代わりに俊彦を殴って」
「わかります。煙草に火をつけようとして、手が震えて何度もライターつけ直すところ」
「優香、本当は煙草なんか吸わないくせに」
「俺、優香の気持ちわかる気がします。勇気が出るような気がするんですよ、煙草持ってるだけで」
「あの作品、世間では『ただの泥沼の恋愛小説』って酷評でしたけど、私は違うと思う。登場人物それぞれに、きちんと『透き通った愛の形』があったような気がするから」
真知子は呟いて、ふと、シバさんに見つめられていることに気づく。
「あっ、ごめんなさい!これは私のただの勝手な考えなんで、シバさんは気にしないで」
「いいえ・・・・」
シバさんはそこで言葉を切ると、
「ありがとうございます。俺、真知子さんのお話聞けてよかったです」
「え?」
「俺、自分の作品に何か足りないって思っていたんです。真知子さんと話すと、それがわかる気がする」
「はあ・・・」
「また、お話したいです。いいですか?」
「ええ、はあ、いいですよ」
真知子はよくわからないまま、特に何も考えずに承諾した。